第2話 餓鬼

「ねえ、怪物さがし、手伝って!」


 聞こえていないと思ったのか、謎の幼女がさっきより大きな声を出してきた。

 うるさいガキだ……。


「いや、あの、俺、知らない人に付いて行っちゃダメって叔父さんに言われてるので……」


 俺の返答に幼女は眉を吊り上げる。


「知らなくないでしょ! 子供だからって、甘く見ないで!」


 甘く見ないで! って……こいつ、めちゃめちゃイラついてるじゃん。

 唐突にキレるし、怖い。


 マジで野生動物だろ、誰か早急に保健所に通報してくれ。

 まだ現実逃避を続けたいが、そろそろ返事をしないと三度目の鳴き声が聞こえてきそうだ。


「なんで無視するの! 甘く見ないでって言ったでしょ!」


 ……ほらな。


「いや、甘く見てないから。真剣だよ? 寧ろ君の方が、最近の若者の無関心さを甘くみている」


「っ! 通報した人に! きょうみない! わけ! ないでしょ!」


 こいつ、今にも泣きだしそうだ。

 子供は情緒不安定だから困る。

 もっとサンショウウオみたいに、ぬぼーっと生きろ。


 というか、通報した?

 俺が? 幼女を? 普通は逆だろう。

 いや、別に通報されるような事はしてないけれども。

 しかし、これだけキレてるということは、本当に知り合いの可能性も……あ、思い出した。


「もしかして、二週間くらい前に自殺配信してた?」


 瞬間、ガキの表情がパッと明るくなる。


「そう! 良かった! ちゃんと興味あった!」


「おう! 興味津々だったわ! ありがとうな。じゃあ、また」


「うん!」


 こうして俺達は、話し合いと歩み寄りの大切さを学び、ニコニコと手を振りあいながら別々の帰路に就いた……とは、いかない。


 最近のガキも、そこまで馬鹿ではないらしい。

 俺はしばらくの間ガキから逃げ回る事になった。

 しかし、追いかけっこもそう長くは続かない。


 いかんせん体力が無かったのだ。


 いや、俺の体力の話ではない。

 勿論、俺も体力が多い方では無いが、それ以上にガキが酷かった。

 数分間走っただけで、ぶっ倒れやがったのだ。


 そのまま逃げようかとも思ったが、顔を知られている相手とは余り禍根は残したくない。

 俺はしかたなくガキを公園の日陰に運び、スポーツ飲料を飲ませた。


「んく、んく、はぁ。ありがとう、ジュースくれて」


「何を言っているんだ? 金は貰うぞ」


「え」


「いや、当然だろ。昔の偉い人も『奢られる事なかれ』とか言ってるぞ?」

 ……たぶん。知らんけど。


「それだったら、『おごれる人も久しからず』って言ってる人も、いるし!」


「へぇ、それはどういう意味なんだ?」


「え? あ、えーと……お、おごったら、ひさしぶりって言わないで良いくらい、気が合う友達ができるよ? みたいな?」


「ふっ」

 教養のないガキだ。


「馬鹿にしないで! たかしだって知らないでしょ!」


「俺は知ってますが?」

 お前と一緒にするな、俺は超絶インテリボーイなんだ。


 ……ん? こいつ、さっき俺の名前呼んだよな?


「おい、なんで俺の名前を知ってる」


「だれが、つうほうしたの? って聞いたら、おまわりさんが教えてくれた!」


 情報管理ガバガバかよ、ありえねぇ。

 でもまあ、バレた物は仕方が無い。

 大切なのは、これからどうするのかって事だ。


 人間関係というモノは上下関係からはじまる。

 そこの所を、大人としてしっかりとこのガキに教えてやろう。

 と言っても、俺も高校生という子供のカテゴリに属している訳だが。

 少なくとも小学生よりは大人だと言えるから、今回は良しとする。


「おい、ガキ。貴志じゃなくて、鏡島さんと呼べ」


「ガキじゃなくてファントムさまって呼んでくれたら、そう呼んであげる!」


 ガキはフフン! と鼻を鳴らし、生意気にも取引を持ち掛けてきた。


 このガキ! 大人に向かって交換条件だと?

 ちっ、今から現実でハンドルネームを名乗る事の痛々しさを自覚させてやる!


「おい、よくもまあ自殺配信してた時のハンドルネームをリアルで名乗ろうと思ったな。恥ずかしくないのか?」


「かっこいいでしょ? ファントムって、幽霊って意味なんだよ。これから自殺して幽霊になる私が、幽霊って自分のこと言ってるの!」


 思っていたより凝った皮肉がきいていた。

 見込み有るな、こいつ。


「予想外に良いネーミングセンスだな」


「そうでしょ、たかしにも名前もつけてあげる」


「ああ、頼む」


 ちょっとわくわくしてきた。

 良いよな、こういう二つ名って。

 ゲームでキャラの異名を決める為に、サイコロを延々と振っていた事を思い出す。

 数少ない俺の楽しい記憶の一つだ。


「……じゃあ、たかしの名前はコープスにする!」


「なんか間抜けな字面だな。どういう理由で名付けたんだ?」


「アニメのキャラからとった」


「……そうか」


 もっといい感じの皮肉が込められた名前になると思ってたのに、ちょっとショックだ。


 なんか萎えたな。こいつも、もう元気そうだから帰るか。


「じゃあな、ファントムちゃん。あんまり無理しないで帰れよ」


「まって、私も、わすれてたけど、本題わすれないでよ」


「本題? ああ、驕れる者も久しからずの意味か」


 俺の返事に、ファントムは両手を上げて癇癪を起す。


「ちがう! 怪物さがしのこと!」


「ああ、なんか最初に言ってたやつね。お断りします」


「なんでよ!」


「いや、知らない人に付いて行っちゃダメって叔父さんに言われてるし……」


「それ、さっきも聞いた!」


 ……あ、そう。


 貴重な休日を無駄にはしたくないが、このままでは埒が明かない。


「とりあえず話は聞いてやるよ。怪物探しってのは何をするんだ?」


 その後は、小学生特有のまとまっていない説明を長々と聞かされた。

 何故、俺は休日にガキのお守りをしているんだ?


 虚無感に襲われつつも、なんとか最後まで聞き終わる。


 こいつが言うには、俺達の住む千雄町に好きになった人間を食べる怪物がいるんだそうだ。そして、ガキはその怪物に喰われたいらしい。


 要するに、このガキは包丁よりもエキセントリックな自殺アイテムを発見したという訳だ。


 ……死にたいなんて、俺には理解できんな。

 まあ、本人が望んでいる以上、特に口出しするつもりは無いが。


「おい、一つ聞きたいことがある」


「なに?」


「そんな胡散臭い話、誰から聞いた? そいつとは縁を切ることをお勧めする」


「切れないよ」


「切れないなんてことはないだろ? どんな相手だって、本音で話し合えば縁は切れる」


「切れないよ、ネットで見たやつだもん」


 ……ああ、うん。確かにネットと縁は切れないね、帰りたい。


「おい、世界の真実を教えてやる。人間って生き物は、どこまでも無責任になれるんだよ。その情報も嘘偽りだ。帰ってお菓子でも食べてな」


 邪険に手で追い払う俺に、ファントムは尚も食い下がる。


「でも! 私! おんなじ人の書き込み読んで、魔法使えるようになったもん!」


「はあ? 魔法舐めんな。魔法使いになれるのは三十歳まで童貞だった奴だけなんだよ」


「でも、魔法使えるもん!」


「じゃあ見せてみろよ」


 すると、ガキが手のひらを上に向けて目をつむる。

 気迫だけは一人前だ。


【みょみ、ょみょ、みょみ】


「なんだ、その音は……」

 もっと、なんか、あるだろ。


 謎の音を出す魔法とか……子供騙しにしても、もう少し騙す気概を見せてほしい。

 何とも言えない、ぐんにょりとした気持ちに苛まれる。


「でた! ほら!」

 ガキは自信満々に、自分の手のひらを見せつけてくる。


「はあ?……えぇ」


 炎、出てるし。

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