幼女の自殺配信を通報した後、何故か俺はその幼女に絡まれている

ニドホグ

幽霊と怪物と卑屈

第1話 幽霊

「人類、滅びねえかな」


 ある夏の昼下がり、俺は気まぐれに人類滅亡を夢想するほど暇を持て余していた。


 勿論、暇に悩む事が最上級の贅沢だという事は、俺も自覚している。

 だが、考えてもみてほしい。

 漫然と日々を生きる人々は、暇とか人間関係とか、そんなしょうもない事に頭を悩ませるものだろう?


 つまり俺を贅沢者だと罵る事は、現代日本人の大多数を罵る事に他ならない。

 日本は今、俺の味方だ。これが国家権力か!


 と、調子に乗った所でそろそろ自虐パートに入ろう。

 増長を繰り返した者は、いつだって鼻っ柱を折られる運命なのだ。


 暇を持て余しているという事実から、この俺『鏡島 貴志』は、ありふれた悩みを抱える普通の男子高校生であると理解できる。

 正しく凡愚、有象無象の名を冠するに相応しい、没個性の極みだ。


「ミーン ミン ミン ミン ミン」


 蝉の声に、俺の思考は一時中断させられる。

 そのせいで、少し冷静になってしまった。


 ……おかしい。何故、俺は暇を持て余しただけで、自らを没個性の極みだと評しているんだ?

 そもそも心中で調子に乗ったから何だと言うのだ、自分に鼻っ柱を折られる筋合いは無い。


 さて、思考に一区切りついた事で、しょうもない事を考えるのにも飽きてしまった。


 俺は暇を潰す為に漫然とスマホを起動する。

 瞬間、暇によって暴走していた俺の思考は、急激にシンプルな思考回路へと切り替わった。


 スマホには、人の思考を空っぽにさせる力がある。

 坊主もスマホを弄りながら修行すれば、雑念が混じらなくて良いんじゃないか?

 実際、画面上で延々と指を滑らせ続ける俺は、機械か昆虫と同じくらいには邪念が無い。


 うーん……幸せ!

 バカ丸出しの動画タイトル群を眺めるこの時間は、動物園の猿を見ているようで大好きだ!


 相も変わらず善良からは程遠いな、俺。

 うん、大丈夫だ。この悪さでいい。

 そうやって自分に言い聞かせつつ、俺は動画の閲覧を続ける。


 卵が爆発するドッキリや、鼻から蕎麦を食うといった、しょうもない動画を無心で画面外に追いやっていると、ある動画が目に留まる。


 その動画は、シンプルで少しずれたセンスのイラストをサムネイルに設定していた。

 動画タイトルは『幽霊』で、アカウント名は『ファントム』か。

 嫌に幽霊を押してくる奴だ。


 サムネ選びのセンスや二字熟語の動画タイトルから、自分は有象無象とは違うんだという自意識が透けて見える。

 ここまで露骨に非凡アピールをされると、逆に下品だ。


 まあ、俺はこういうの好きなんですけどね。


 その動画を再生する。

 瞬間、真っ白なロリータファッションを着こなす、仮面の少女が画面に表示された。


 ……急に仮面をつけた人間を表示するな。驚かせやがって!

 くそっ! 汚ねえ部屋で動画録ってんじゃねえよ!


 ごちゃごちゃとした無駄に広い部屋には、高そうな寝具やぬいぐるみが散乱していて足の踏み場もない。


 液晶に映る少女を心の中で罵っていると、甲高い子供の声が俺の部屋に響いた。


「あ! 人来た! いらっしゃい!」


 ……また、びっくりした。

 この動画、ライブ配信だったのか。

 というか、何の配信かくらい書け。そんなんだから閲覧者が俺一人なんていう事態に陥るんだ。


 画面には、仮面の少女と散らかった部屋しか映っていない。


 ファントムと名乗る少女を、俺は画面越しに見つめ続ける。

 しかし、どれだけ待ってもファントムは一切しゃべろうとしなかった。


 本当に何の配信だ? 皆目見当もつかない。


 暇だし試しにコメントしてみるか。


『何の配信なんですか?』


 俺のコメントが流れた瞬間、さっきまで無言だったファントムが突然スイッチを入れられたかのように話し始める。


「ごっごめんなさい! きんちょうして! 話すの! わすれちゃってた!」


 ファントムは慌てて、わたわたと机の下を引っ掻き回す。


「あ! あったあった」


 ファントムはそう言うと、どーんっ! とカラフルな紙を画面に映す。

 その紙には子供特有の下手糞な文字で、『じさつはいしん!』と書かれている。


 じさつはいしん?

 ……えぇ、自殺配信なのかよ。


 少し驚いたが、昨今のインターネットでは他人の自殺なんて珍しくも無い。

 ネット掲示板には自殺スレが連日立って、SNSには死にたいという呟きが溢れている。


 他人の死なんて、最早ありふれたコンテンツの一つでしかない。

 まあ、だからといって俺がこいつの自殺を見守ってやる理由は無いが。

 そもそも俺は血を見るの苦手なんだ、吐きそうになる。


 ……いや、ポジティブに行こう。

 血が出ないタイプの自殺配信かもしれない。


『どういう自殺方法を選んだんですか?』


 俺のコメントに、ファントムは目を輝かせる。

 反応を貰える事が嬉しいのだろう。


「これ! 使うの!」


 ファントムが取り出したのは一般的な包丁だった。


 血が出るタイプの自殺じゃん……。

 よりにもよって、一番グロそうな自殺方法を選ぶな。

 俺が自殺配信の画面を閉じようとした瞬間、ファントムが心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「最後に、人に見てもらえて、良かった!」


 ……ブラウザバックしようと思ったのに、意味深な事を言って同情を誘うな!

 動画を閉じるに閉じられなくなった俺は、ファントムがいつ血を噴き出して死んでも良いように、出来る限りファントムから目を逸らす。


 その時、俺はある事に気が付いた。

 画面に映る窓の外に、俺の良く知る店の看板が見えているのだ。

 もしかして、近所の人?


 いや、見間違えの可能性もある。早とちりは良くない。

 画面を拡大して、窓に注視する……うわあ、俺の家映ってるし。

 人の家を自殺配信に登場させるな。


 更によく見ると、俺の家の他にも見覚えのある建物がいくつか映っている。

 そこで俺はようやく確信した。


 ……ファントムの自宅、近所のでかい家だ。


 通報しよ。

 通報した。


『通報しますた』


 このコメントを最後に、俺は自殺配信の画面を閉じた。


+++++


 あー! 休日最高!


 謎の自殺配信を見てから二週間後、俺は他人の落命を先延ばしにした事なんか忘れて、暇で平穏な休日を満喫していた。


 どこからともなく聞こえてくる蝉の求愛ボイスに、普段の俺なら心の殺虫剤を噴射している所だが、今の俺は気分が良い。


 今日、俺はアイスを三本も買っていた。

 夏は死ぬほど暑くて嫌いだが、コンビニアイスのバリエーションが増えるのは高評価だ。


 人類は自然のデメリットすら、発明によってメリットに変える事が出来る。

 まったく! おつむが足りず、地に這いつくばって夏の暑さに耐え忍ぶ事しか出来ない動物さん達が哀れでしかたがない! 


 気分よく歩いていると前方に幼女を発見した。


 はー! やだやだ。

 俺が前に居るというのに、人間は偉そうに二足歩行で立ってやがる。

 もっと動物さん達を見習って常に頭を垂れてろよ。


 そもそも、子供ってキャーキャー騒がしいし、どちらかというと動物だろ。

 マジで四足歩行してくれ、似合うと思うぞ。


 何故か幼女は、じっと俺を凝視していた、怖い。

 俺は俯き、幼女を刺激しないように注意しながら歩く。


 野生動物って行動が読めないから嫌なんだよな……。

 噛まれたら病気になりそう、本当に怖い。


 俺がいよいよ幼女の前を通り過ぎようかという時だった。


「ねえ、怪物さがし、手伝って」


 声かけられちゃった、どうしよう。怖い。

 くそぉ……唐突に何を言っているんだ、このガキは。

 もしかして、今の学校では知らない人に声をかけてはいけませんって習わないのか?

 いっちょ前にロリータファッションなんかキメやがってよ!

 その上こんな暑い中足止めするとか、アイス溶けちゃうだろ。


 なんかイライラしてきた! くそっ。


 相も変わらず糞みたいな思考を続ける俺は、これから始まる慢性的に胸糞の悪い夏の事など、微塵も予感していなかった。


 尤も、クソな日常がクソな夏に変化したから何なのだと、この時の俺は言うのだろうが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る