第5話

 小汚いスラムにお似合いの小汚いガキが小汚い店でガチャガチャと食器を鳴らして飯を食う。


 マナーなど無いスラムの住人にすら目を向けられているガキは俺だった。


「久々に食うまともな飯は旨いな」


 水を飲み干し飯をかきこんで腹に貯める。


 魔力を使って消化系統を強制的にうごかして腹の奥まで流し込み、クソがしたくなったらトイレを借りる。


 飯がなくなったらまた頼んで食らいつく。


 それを繰り返していると栄養失調だった体に力が戻ってきた。


 俺は回復系統魔法が使えないからよくこうして怪我を直していた。


 これをやると2日ほど気分が悪くなるが、体を元気にするには一番手っ取り早い。


 それに今日は無理をしてよく動いたので少し筋肉もついている。


「おめぇ、どんだけ食うつもりだ?」


 店の主である厳つい男が声を掛けてきた。


 飯の代金は前払いで払っているから頼むことに文句は言われないがあまりの食いっぷりに驚いているらしい。


 引かれようと驚かれようと食える分は食わせてもらう。


「おかわり」


「悪いがもう品切れだ。店もとっくに閉めてる」


 それからしばらく何十人前か食べたところで店の料理が無くなった。


 材料はあるみたいだが仕込んでいた分が無くなったらしい。


「じゃあこれ、足りない分の代金、また来るから」


 それだけ言って金を置くと俺は店を出た。


 そして適当な人がいない場所を見つけて横になる。


 食って寝れば明日には体調が良くなっているはず。


 行動を起こすのはそれからのほうがいいだろう。


 アルバのような奴に会ったとき一人でも逃げられる程度の力が必要だ。


 瞼を閉じればすぐに睡魔に襲われる。


 不思議と長く感じた眠りの中で、俺は様々な夢を見た。

 

 

『……いいのか。俺もはもう、戦わなくて』

『はい。このような非道、第一皇女の名に置いて今後一切許しはしません』



『何やってんだ、こんなところで』

『……貴方は、あの時の。お恥ずかしい話帝位継承争いに負けまして。今では追われる身分なのです』



『もう一年間か』

『……そんなに経つのですね。貴方には苦労をお掛けします』

『気にする必要はない。俺はあの時の恩を返してるだけだ』



『あの、一つ提案なのですが』

『なんだ?』

『貴方に名前をお送りしたいのです』



『――レオン、私の最後をお願いできますか?』


「――今度こそ」


 自然と口から言葉が呟かれ、その寝言と共に俺は目を覚ました。


 体を起こすと穴だらけのねぐらに朝日が差し込んできている。


 ちょうど夜明けの時間だった。


「……疲れていたのか」


 気づかず頬を流れていた涙を拭い、俺は立ち上がって剣を握った。


 やらなきゃいけない事がありすぎる。


 涙を流して感傷に浸る事に時間を費やすわけにはいかない。


「まずは準備運動だ」


 引き抜いた剣を虚空に向けて何度も振るう。


 目を閉じれば仮想の敵が一人、二人、三人と増えていき、それらすべてを斬り伏せた。


 幼い体では全盛の時にはどうしても及ばない。


 だからこそ、その誤差を確かめる。


 どれくらい強いのか、はたまたどれくらい弱いのか、自分の力を正確に把握していく。 


 一時間ほどそうしていると、最後に現れたのはアルバの姿だった。


 全力で挑んだが数合いで斬られる。


 また仕切り直して挑んでもそう何度も切り結ぶことができない。


 アルバに挑むには力、速度、魔力の練度、そのすべてが低すぎた。


 最低でも後二年は経たなければ話にもならないだろう。


 勝てない。


 そう結論づけて目を開け、剣を納める。


 予定より長くなったが準備運動は十分だった。


 昨日食べた食事のおかげで体調がすこぶる良い。


 成長期だからか体への還元が早いようだ。


 ねぐらを出て朝日を睨み、これから先の目標を確かにする。


「――これから先の一番大きな壁アレン・ディランを手に入れる」


 第一皇子の私兵として戦場を駆け回り、その功績で第一皇子の帝位継承を大きく後押しした英雄。


 そして俺が死ぬ原因となった因縁の相手。


 これから何を努力しようとあいつを第一皇子に奪われては全てが無駄になってしまう。


 とにかく今のうちにアレンの力を手に入れたいが俺はあいつのファンじゃない。


 この頃あいつが同じ帝都のスラムにいるとは分かっていてもどこで何をしていたかまでは知らないのだ。


「……歩くか」


 昨日騎士たちと行動を共にして目立っている状態で歩き回りたくはないが背に腹は代えられない。


 裏市で襤褸のローブでも買って目を避けよう。


 そうと決まれば向かう先は金さえあれば大抵のものは手に入る裏市だ。


 金貨をちらつかせればローブの一枚や二枚すぐに手に入る。


 姫様との逃亡生活中は二人共ローブを手放さなかった。


 それでもしつこく追ってくる追跡者を斬り伏せて二人で共に旅をした。


 苦労と痛みの連続だったが、不思議と悪くはなかったな……。


「おい、坊主。さっきからじっと見てるが金はあんのか?」


 そう言われて我に返る。


 姫様との逃亡生活を思い出しているうちにいつの間にか目的の市まで辿り着いていたようだ。


「金はある」


 そう言って金貨をちらつかせると店主はにこやかに笑って上等なローブを出してきた。


 しかし俺はそれを断ってボロボロのローブを選ぶ。

 このスラムで上等なローブを着るなんて逆に目立って仕方ない。


 ギリギリ身を隠せる使い古されたローブの方がいい。


「銀貨8枚だ」


 どう考えてもぼったくりだが文句を言わずに支払った。


 足元を見られるのはわかっていたしどうしても必要なものだったからだ。


 昨日飯屋で払った金の余りから銀貨8枚を出してすぐにローブを身に纏う。


 これでかなり目立たなくなった筈だ。


「アレン、必ずすぐに見つけて見せる」

 

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異世界スラムの魔王伝 @himagari

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