第4話

 コツ、コツと言う音を響かせ地下に降ると通路の両脇にいくつかの牢屋があったが、今は空っぽだった。


 おそらく姫様の身代金がたっぷり手に入ったから全員安値で売払でもしたのだろう。


 生きているものを商品として持っておくのは維持費がかかるからな。


 最奥の部屋まで来ると中央に大きな袋が置いてあった。人一人は入れそうな大きさだ。


 それを見つけた騎士達がその袋へと走り、中を確認して笑みをこぼした。


 どうやらお目当ての金貨だったらしい。


 俺の方はあちらから貰えるお金はないので周囲の物色を始めた。


 いくつか小さな袋が周囲に置かれていたのでそれらの中身を確認していく。


 タンスや机の引き出しに入れられていた貴金属、宝石等を回収し、大きな袋に纏めるとそれなりの量になった。


 最後の金庫を切断して漁っていたとき、中に一つだけ高価そうな入れ物に入った、面白い指輪を見つけた。


「千枚あったか?」


「あぁ、こっちは問題ない。そっちはどうだった?」


「この袋の中の物だけだ。一応確認するんだろ?」


 俺は担いで袋をおろして貴金属類を取り出していく。


「……なるほど。おそらく盗品の類だろうな。本来ならば押収すべきだがどうせ持ち主も見つからないような物ばかりだ。全て持っていくといい」


「それと最後にこれ」


 返ってきた貴金属類の代わりに手に持っていた指輪の入れ物を投げ渡した。


 それを受け取った騎士がなかを確認して目を見開く。


「これはっ」


「俺じゃわからないけど価値はあるだろう」


「ああ、おそらくは一番の収穫に――」


 騎士達と目的の達成を確かめ合っていたとき、地下に降りてきていた俺達三人が同時に同じ方を見た。


 地上の部屋の位置だ。


 魔力を扱えるものは空気中を漂う魔力を感知できる。


 その魔力が一瞬荒れた。


 僅かな空白の後俺達は財宝を置いて地上へと駆け出していた。

 

「覚えのある魔力か?」


「上に残してきた二人の物とは別物だった。不味いかもしれない」


 言っているうちに地上に出た俺達はすぐに状況を理解した。


 手負いの騎士達に剣を向ける黒いボロボロのローブを着た男。 


 そして生かしておいたはずの人売り達が殺されていた。


 間違いなく口封じのために送られてきた刺客だ。


「ロイ、テオ!!」


 こちらの騎士が負傷した騎士へと声をかけると向こうもこちらに気がついた。

 

「傷は浅いが口封じされてしまった、すまない!」


「それはいい、協力するぞ!」


 黒ローブの男を囲うように騎士達が動き出す。


 その中で俺は迷わずに距離を詰めた。


「囲むな!術中に嵌るぞ!!」


 剣の間合いに入られた瞬間に男は手に握っていた長剣では無く、腰に下げていた短剣を引き抜いて応戦してきた。


「何者だ、小僧?」


「そういうお前は流剣のアルバだな」


 俺が迷わずに動けたのはこの男を知っていたからだ。


 闘技場で剣闘士をしていた頃、名を馳せていた俺が徒党を組んで一人の男と戦うという試合があった。


 逆の試合は何度かあったが初心者を脱して以来初めての状況に俺は薄ら寒いものを感じていた。


 そして現れたのがこの流剣のアルバだ。


 奴は今と同じような格好、同じ剣を下げて闘技場の中央に立っていた。


 鳴り響く開始の合図と共にやつに向かったすべての剣戟が――俺に向いた。

 


「なぜ俺を知っている?」


「流剣のアルバ。相手の攻撃を受け流し、操作し、自分の攻撃に変える剣術の使い手だ。久しぶりの黒星で苦労させられたよ」


 アルバが激しく剣を打ち上げ、俺から距離を取った。

 

「貴様から不気味な気配を感じる。それに警戒されては皇室護衛騎士を四人相手取るのは面倒だ。目的もほぼ達した。これで引かせてもらう」


「逃がすわけ――」


「追うな!!」


 背を向けたアルバを追おうとした騎士を静止する。


 奴は多対一でその真価を発揮するが、決して一対一の争いが弱いわけじゃない。


 少なくとも今の俺では絶対に勝てないし、騎士達が順番に戦っても二人は犠牲になるだろう。


 それで得られるのはアルバの死体一つだ。


 とても割に合わない。


「……いい判断だ。お前とはまたどこかで会うだろう」


 アルバは最後にそう言い残して小屋を去っていった。


 その背を見送り、完全に気配が消えてから俺はようやく剣を下ろした。


 それと同時に緊張の糸が途切れて床に膝をつく。


「さっきの忠告、助かった」


「礼はいい。あんた達がいなかったら俺も殺されてた」


 部屋の中には敗戦の空気が漂い、騎士達は剣を握りしめて悔しさを噛み殺していた。


「それより早くここを出よう。あんなのがまた来たら手に負えない」


「……そうだな」


 俺達はまた地下室へと戻り、それぞれの必要なものを持って小屋を出た。


「さっきの指輪はそっちにやる。口封じされた今どれだけの価値があるかわからないが」


「それでも黒幕に繋がるかもしれない貴重な情報だ。素直に感謝する」


「その代わりと言っちゃなんだけど、こっちの方を預かっといてくれないか?」


 そう言いながら俺は貴金属類と宝石が入った袋を差し出した。

 

「今の俺じゃ換金できないし盗まれでもしたらパーだ。安全なところに保管しておきたい」


「……わかった。受け取りたいときは騎士団の屯所まで来るといい。話は通しておく」


「助かる」


 俺はまた騎士達を表通りまで案内し、そこで分かれることにした。


「本当にいいのか?俺達に着いてくれば多少なりとも報酬がもらえるが」


「もう必要な分は手に入れた。後はやらなきゃならない事をやるだけだ」


「そうか。では最後に。姫様救出の協力、人攫いのアジト捜索の協力、騎士団を代表して感謝する」


 そう言って騎士達が頭を下げた。


 こんな小汚いスラムのガキが頭を下げられるなんて死ぬ前じゃ考えられない事だったが、俺次第で変えられるものがあるという事か。


「じゃあ俺からも一言。しばらく姫様は外に出すなよ。これからスラムが荒れるだろうから」


 俺は最後にそう言い残して騎士達に背を向けた。


 

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