第106話 久しぶりの……?
沼地で思わぬ対面を果たし、感激のあまりに突撃しようとしたらドライに嘴でフードをつままれ、捕獲された。
「ちょっ、ドライ、離してくれっ!俺は今、どうしても確かめなくてはならないんだっ!!」
そう、この世界に来てから、何度夢に見ただろう米。その米が今、とうとう目の前にあるかもしれないというのに!
沼地に広がる青々と育つ稲に似た植物を見ながら、頭の中では既に黄金に輝く稲を思い描き口内にはだ液が溢れ始めていた。
小麦はなんとか手に入るようになった。パンにはまだ遠いが、うどんがたまに食べられるようになり、最初の肉だけの食生活に比べれば何倍も満足はしていた。
最近では森で採ったキノコを干し、川で獲った小魚を干して煮干しを造り、出汁をとることも出来ているし、味付けの幅も広がっている。
醤油や味噌はまだまだ遠いが、塩だけはアーシュが岩塩を持って来てくれるので大量にあるので、豆に似た野菜を見つけたらチャレンジする予定でいた。
自分では適当な自炊をしていただけだった俺はそれ程食にこだわりはないと思っていたのに、やはり食に異常にこだわる日本人だったのだ。この世界に来て子供達と過ごす生活は充実しているが、どうしても心で日本食を求めてしまっていた。
いつかは、そういつかは稲を見つける!と心に誓ってはいたが、まさかこんなに早く、こんな処で見つけることが出来るなんて!神様、いや、管理官様!感謝いたします!!
『ねえ、ちょっと、イツキ。そんな勢いで沼地になんて入ったら、転んで沈む未来しか想像出来ないんだけど。それに、本当にあれがイツキがずっと探していた、っていう植物で間違いないの?少しは落ち着いて確認しなよ』
バタバタと手足を振り回してあがきつつ、テンション高く祈りを捧げているとドライの呆れた声に少しだけ我に返る。
ハッ!そ、そうだよな。見た目は水田の稲にそっくりだけど、世界が違うんだから稲が実るかはまだ分からないよな……。ええー……、そ、そんな。いやいや、まだ違うと決まった訳でもないし。持って帰ってドライアードに確認しよう、っていや、今ここでスプライト達に確認すればいいんじゃないか!まさに現地のスプライト達なんだし、知っているよな。うわぁ。どれだけテンパっていたんだ、俺。
がっくり、と項垂れて大人しくなった俺に、呆れかえったドライの視線が突き刺さる。
ううううう。だって、仕方ないじゃないか。ずっと、ずっとお米が食べたい、って思っていたんだから!俺はパンよりもご飯派だったんだからな!
うどんやラーメンなどの麺類も好きだったが、コンビニに買う弁当は決まって米だった。パン類は朝食に食べる時もあったが、菓子パンとおにぎりなら断然おにぎりだ。米を食べない日は一日も無かった程だ。
「……な、なあ、スプライト。教えてくれないか?あの沼地に群生している植物は、一本から分けつして何本にも増えているかな?」
そう、俺の記憶に引っかかったのは、何本も纏まって生えている細長い葉だった。その生え方は、正しく実家の近くの水田で見た稲そのものに見えたのだ。
『ーー。ーーー、ーーーーー!』
『……そうだってさ。因みにもっともっと大きくなるって言ってるよ』
スプライト達の声が聞き取れない俺は、ドライをじっと熱い眼差しで見つめて通訳して貰う。
「な、なら。もっと大きくなったら粒がたくさんついた穂が出来て、それが成熟したらこう、色が変化して実の重さで穂が垂れるかな?」
ううううう。きちんと説明して確認しなくちゃならないのに、俺の語彙力のなさが今ほど残念に思ったことがないぞ。それに水田なんてあるのが当たり前の風景としてしか見てなかったから、それ以上のことはあんまり知らないんだよな……。
身振り手振りもまじえて、見上げるスプライト達になんとか収穫期の稲を表現してみると。
『ーー!ーーーーー、ーーーー』
『ふうん。なんか確かに粒がたくさん出来るらしいけど、重さで垂れる程ではないみたいだよ?』
「えっ!……ああ、でもそうだよな。あるとしたら稲の原種だろうし、日本の米なんて何百年もかけて品種改良していていたからだよな。な、なあ、じゃあその粒は食べられるかな?こう、乾燥させてから皮をむいて中の実?を食べるんだけど」
違うのか!?とガーーーンとショックを受けたが、まあ、考えれば野生の稲の実りがそんなにいい筈がない。そう思ってまだ米かもしれない、という希望を捨てずに恐る恐る最大の決め手になることを尋ねてみると。
『ーーーーー、ーーー。ーーーーーー?』
『人が食べるかどうかは知らないけど、毒もないし食べれるって。でも固いのに、食べるの?って不思議そうだけど、そんな物を好んで食べるのか?やっぱりイツキって変だよね。そんなの食べるなら肉でいいんじゃないの?』
お、おおおおおおおおぉっ!た、食べられるのかっ!それに固いっていうなら、やっぱり原種の米かもしれないよなっ!こ、これは俺の緑の魔法を使う時なのではっ!?
もしかしたら違う可能性はあることは分かっているが、それでもジャポニカ米など贅沢は言わない。なんなら粉にして米粉でもいい、お団子が作れたらそれでいいじゃないかっ!す、すぐにでも確かめたいっ!
「肉は確かに美味しいけど、肉は主食じゃないんだって!な、なあ。やっぱりちょっと傍に行って来る。これから三日に一度はここに来て魔法を掛けるからな!」
というテンションのまま、よし、行こう。さあ、行こう!とくるりと踵を返して沼地へ入ろうとすると、またしてもぐいっと後ろからフードを引っ張られ、そのままぶら下げられた。
『イツキ。今日はキキリも待っているし、もう戻ろう。一度帰って冷静になってからまた明日でも来ればいいんじゃない?明日は僕が当番じゃないし。さあ、もう帰るよ。スプライト達もありがとう』
えええええーー……。面倒だって心情が駄々洩れなんだけど、ドライ。いや、まあ、原種の稲を発見したかも?ってだけでも、確かに今日の成果としたら十分すぎるけどさぁ……。
ぷらんぷらんと宙釣りのまま揺られつつどんどん遠ざかる沼地を未練たらたらに見る。それでも確かに毎日様子を見に来れるしな、と自分で自分を慰めてその日はそのまま聖地へと戻ったのだった。
ドライの嘴に吊り下げられたままククルカンの結界をくぐると、遅い帰りを心配していたキキリの眼差しが突き刺さり、おかしなテンションになっていた心が一気に静まり冷静になった。
まあ、結界をくぐるとぽいっと俺を放り投げてさっさと飛び去ったドライにはさすがにちょっとどうかと思ったけどな!
それでも浮き立つ心のままキキリとユーラと日課をこなしに向かった世界樹の根元で、思わず世界樹の葉を握りながらも、無意識に先ほど見た稲が伸びて実って行く想像をしながら魔力を注いでしまっていた。まずい!と思って慌てて目を開けると。
パアアアァアッ!と力強い光が世界樹から放たれていた。
えええっ!今、俺がイメージしたのは、稲だったんだけど!もしかして植物の実りだったからか?世界樹の成長をイメージしなくても、緑の魔力だから関係ないのか?
キラキラと光が飛び散る様子を見ながら呆然とそんなことを思っていると、いつの間にか俺の隣にはユーラが立っていた。
「……うぅ。ひ、ひかり!」
そうして手を上げ、そう声を上げた瞬間、キラキラと周囲に飛び散っていた光がそのユーラの手のひらに集まり出したのだ。
「へ?えええっ!ど、どういうことだ?ええっ、ユーラ、だ、大丈夫、なんだよな?」
わたわたとしている間にユーラの手のひらに集まった光は、スッとユーラの体に吸い込まれて消えたのだった。
えええええっ!ど、どういうことなんだーーーーーーーっ!!
*****
なんかイツキの米、米テンションのまま書きました( ´艸`)
そしてまたテンション高いまま続きます(笑)題は最後の世界樹現象です!
次は日曜日更新予定です。
書籍版、『ちび神獣たちのお世話係始めました ~世界樹の森でもふもふスローライフ!~』GCノベルズさんより来年1月発売です!
(しつこいですが毎回宣伝です)
フォロー、☆♡をありがとうございます!励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
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