第100話 アーシュの怒り

『ククルカンッ!!分かっているのだろうなっ!俺はイツキを連れて行くことは絶対に許可しない、と言っただろうがっ!?』


 はい。ゴオオォと青白い炎と共に来襲したアーシュは、あっという間に着地する場所を確保すると、俺の前でさめざめと泣いていたククルカンをそのままパクッと嘴で啄み、ブンブンと振り回しては周囲の木々をなぎ倒している。


 バキッ、ボキッと折れる木々の悲鳴が先ほどから遠巻きで見守ってくれていた精霊達の悲鳴にも聞こえて、震える体でなんとか慌てて止めに入る。


「ア、アーシュっ!!ぼ、暴力はその辺にしよう!森の木には何の責任もないのだし、そのくらいでっ!!」


 その俺の声にギンっと鋭い眼差しで睨まれ、卵を背にすくみ上って硬直していると、ブンッと振り回したククルカンの体を地面に叩きつけ、そのままダンッっと脚で踏みつけて固定し、そのままゴオオォと青白い炎を周囲に吐き出した。


 こ、こわぁっ!!も、もう漏れそうなんだけど、ああ、もふもふ、もふもふの子供達の中に埋まって癒されたい!!


 アーシュが吐き出した炎で折れた木々は若木にはなったが再生され、ほっと一息をつく。

 まだアーシュから発せられた怒りからの威圧をビンビンに感じるが、とりあえず俺に今出来ることはやれただろう。ただ……。


 ううう。ククルカンが俺を誘拐したこと自体はかばうつもりは全くないけど、でも、この卵のことはなぁ……。ずっと孵化していないのなら、切羽詰まってしまった気持ちも分かるしな。


 まだ不機嫌のままダンッダンッとククルカンを踏みつけているアーシュに、恐る恐る口を開く。


「あー……そ、その、アーシュ。ククルカンの子供、一度もほとんど育たなかったらしいんだ。それで、俺が来てから生んだ卵も、ずっと孵化していないらしくて。な、なあ、後継者の子育ての為に俺を捕まえたアーシュには、ククルカンの苦しみも分かるだろう?」


 言った。なんとか最後まで言ったぞ!……アーシュの顔は見れなかったけどな!今も怒気が押し寄せて来ていて、ブルブル震えているしな!でも、触った卵は温かいし、この子だって必死で生きようとしている、そんな気がしたんだよな……。


 ダンッ、ダンッとそれからもしばらくククルカンを踏みつけていたアーシュは、ずっとその間もさめざめと泣き続けるククルカンからとうとう脚をどけ、最後に思いっきり蹴り飛ばした。


『……確かに子供が育たない焦りは分かる。それでも、相談が先だ。お前を連れてきたところで、その卵は孵らなかっただろうが!』


 うん。確かにそれはそうなんだよな。俺の【魂のゆりかご】の称号の効果がどう出ているのかは、今だに俺自身も分かってはいないし、それに効果があったところですぐに表立って出るような効果ではない気がするしなぁ。


 アインス達を始め、子供達は皆順調に成長し続けているが、それだってきちんと時間を積み重ねて成長をしているのだ。俺が触れたからと言って、すぐに孵化する、なんてそんなことには絶対にならないのだ。


「まあ、そうなんだけどさ……。なあ、アーシュ。この卵を見て、どうだ?俺がさっきから撫でていたんだけど、何か影響はありそうなのか?」


 俺がもし、何かこの卵の役に立てるのなら、やはり見捨てることは出来ない。どの種族の子供達も、すくすく育って欲しいのだ。


『……ふん。卵が孵化するには、孵化しようとする子供の意志も必要になる』


 ってことは、ある程度の自我が必要、ということだよな。ならやはり、俺の称号の効果も少しは関係しているのは間違いないのだろうな。


「な、なあ。じゃあ、この子には何の咎もないんだし」

『ダメだ。卵はこの守護地から出すことは出来ん。お前がずっとこの卵に付き添うなど、俺は許可しないぞ』


 この守護地から卵を出せないのか……。なら卵だけ預かる、ってことも出来ないし、この怒りようだと、ククルカンがアーシュの守護地である俺の住居に毎日来る、なんてことは許可しないだろうし。うーん……。


『お、お願い、です。お願い、です!私に子を、子を……。お願いです』


 アーシュに投げ飛ばされたままその場でしくしく泣いていたククルカンが、卵の話に顔を上げ、そしてまた頭を下げるように縮こまって体を小さくしながらすがるように言葉を発した。


 その言葉にそーっとアーシュの顔を伺うと、まだまだ怒りは収まらないが、ほんの少しだけむう、と考えこむような様子を見てとった。


 ククルカンに対するアーシュの怒りはまだまだ収まりそうにないけど、子供のことに関してはアーシュは強く出ないんだよな。なあ、君。君も生まれて、他の子供達と一緒に遊びたいよな?


 そっと卵に触れると、まるでうなずくように少しだけ揺れた気がした。

 その温もりに押されるように、もう一度アーシュに願いを口にする。


「な、なあ、アーシュ。あの、アーシュが聖地と俺の家の場所を繋いだようにさ、聖地とここを直接繋げないか?出入りを俺限定にする、とかでさ。なら、日課が終わった後に、少しだけここに来て、卵を撫でられるだろう?」


 俺の言葉にハッと顔を上げたククルカンが、初めて少しの希望を見出したような顔でアーシュに懇願する。


『お願いします!お願いしますっ!私は何でもしますから、どうか、この子を、この子をお願いしますっ!!』


 ククルカンも幻獣だ。これだけ頭を下げることなんてなかっただろうに、それでも我が子を思って懸命に頭を下げる姿に、さすがのアーシュも大きくため息を吐き出した。


『お前の俺の守護地への立ち入りは今後も許さん。他の神獣や幻獣にも今回のことはきっちり報告させてもらう。そしてこの地へイツキが一人で立ち入ることは二度と許さん』


 ああ、ダメか……。


 と俺とククルカンがそう思った時。


『だが、聖地とこの、守護地の要の場所を俺が空間を繋ぐことを許すのなら、俺の子と一緒にならイツキがここに来て卵に触れることは許可しよう。ただし!滞在はほんの短い時間だけだ。これ以上の譲歩はない』


 おおおお!やっぱりアーシュは、子供が育たない、ということには真摯に向き合うよな。この世界を支える幻獣が欠けることになったら、せっかく少しずつ良い方向を向き出した世界の状況がまた破滅へと傾いてしまうからだとしても、やっぱりアインス達のお父さんだしな。


 まあ、その大事な世界を守る後継者を俺が育てる、ということについての自覚は未だにあんまりないんだけどな。でも子供達は皆いい子だし、俺も楽しいからな。


『お、おおおお。おおおおおぉ……。ありがとう、ございます!ありがとうございます!どうか、どうか我が子をお願いしますっ!』


 あっさりと守護地の要と聖地と繋ぐことを認めたククルカンの姿に、やはりこの子は無事に孵ってもらわないと、とそう思ったのだった。












*****


怒れるアーシュ出撃、ですが、まあ、幻獣なので。

始末する訳にもいかないので、まだかなり怒りがくすぶっています。


やっと落ち着きそうなのですが、今回はここまでで。(ちょっと力尽きてます)

次回は水曜か木曜になるかと思います。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>


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