第99話 誘拐された?ようです
上を見上げ、空を覆いつくすような大きな葉を見て、蔦がからまる木々を見回し、そして深いため息をつきながらしぶしぶと前方に目をやる。
「……あ、あの?あなたは、その、ククルカンさんは、どうして俺を?」
『……ご、ごめんなさい。ごめんなさい。フェニックスには連れ出してはダメだって言われていたけれど、分かっていたけど、どうしてもあなたの力が必要なの……』
そこには羽の生えた蛇、ククルカンが長々とした身を縮めるかのように横たわり、そしてしくしくと涙を流していた。
オニキスのように黒く輝く鱗はこころなしかくすみ、蝙蝠のような飛膜のある翼もどこか生気をなくしているように見える。
「え、ええと。それであなたが思い余って寝ている俺を家から連れ出して来た、ということで間違いない、のですよね?」
『ふぅううぅううう……、ごめんなさい、ごめんなさい!何度も、何度も子供を作ろうとして、でも、ダメだった。それでも貴方が来たから、もしかしたら!と思ったのよ。それなのに……。ううう、ううううぅ……』
しくしく泣いていたククルカンが、俺の言葉にとうとう泣き崩れ落ちてしまった。ぐねぐねとうねる十メートル以上はありそうな蛇の体に、周りの木々が悲鳴を上げるかのようにザワザワと揺れる。
ああああ……。もう、どうしてこうなった。俺、どうしたらいいんだよ!
目を開けてここが家ではなく、恐らくアーシュの守護地の森でもないと気づいてから、あまりの驚きに叫びそうになったが、木の陰から俺の方を心配そうに見ている小さなドリアードやスプライト達の姿に気づき、この場所が他の神獣か幻獣の守護地だとすぐに気づいたのだ。
そこで少し冷静になって考えると、あの守護地に入れるのはアーシュが許可した神獣か幻獣、それに精霊のみなので、俺を連れ出した相手はそのうちの誰か、に絞られる。そうなると俺を連れ出した理由も、俺を害することではないと察することで、冷静を保つことが出来た。ただ……。
うわぁ。どうなるんだ、これ。皆が起き出した時に俺がいない、となったら……。それにアインス達が戻って来た時だって騒ぎになるだろうし。そうしたらすぐにアーシュに連絡が行って、そうなったら……。
アーシュが怒り狂って怒鳴り込んで来る姿を想像し、ブルりと震えながら辺りを見回すと、目に入ったのがしくしく泣くククルカンの姿と一つの大き目の卵、だったのだ。
そうして俺が起きたことに気が付いたククルカンにすがりつかれて泣かれているのが今、だ。
ええと。泣いていてよく分からないけど、多分今まで子供を産んでも生まれないか育たないかで、そんな中聖地へアーシュに呼び出されて俺のことを知って。俺がいるならもしかしたら子供が育つかもしれない!と頑張って子供、卵を産んだ?が、恐らくずっと生まれなくて、思い詰めて俺を連れ去る、という犯行に至った、ってことだと思うんだけど……。俺はどうすればいいんだ?
やっと最近では俺がどうやら子供達の自我の成長に影響を与えているらしい、と自覚して来たが、それでも俺の能力なのかも未だに自分では何も分かっていないのだ。そんな俺が、生まれない卵をどうにかする、なんて出来るのか?
「その……。俺に、どうして欲しい、んですか?」
『ううううぅうう……。貴方なら、貴方なら私の子を孵化することが出来るのではないか!と……。お願いします、お願いします!もう、貴方におすがりするしか、もう私には出来ないんですぅうううううぅう……』
うわぁあああ、とまた泣き崩れてしまったククルカンの姿に、これはどうしたら、とまた途方にくれた。
ええと、やっぱりそうだよな……。俺に神獣か幻獣の卵を孵化する力があるか、って、そんなのあるわけないだろうぉっ!!って叫んで力いっぱい否定したいけど、そんなことをやってこの人を今追い詰めたら……。
何故か脳裏にドラマの飛び降りシーンを思い描き、慌てて頭を振って振り払う。
いやいやいや!世界を守護する神獣だか幻獣がそんなことになったら、それこそ世界のバランスが崩れるだろう!アーシュがいうところの、滅びに向かっていた世界が今、ギリギリでなんとかなるかどうかの瀬戸際みたいな時に、そんなことになったらっ!!
せっかく世界樹の守り人のユーラが成長したのに、その存在すらあやうくなるのでは?と嫌な想像をしてしまい、なんで俺のようなちっぽけな存在が世界の存続の危機になんて立ち会わないとならないのか!と発狂したい気持ちになりながらも、自分に今、何が出来るかを考えることにする。
ええと、このままだとアーシュが怒鳴り込んで来るのは間違いないだろうけど、それを止めるのは俺なんかじゃ無理だよな。世界樹の結界をすんなり通ってこの守護地まで来れてしまったのは俺の体質だか性質のせいだろうけど、それを責められても俺にもどうにもならないし。
でも、何故かそのことで八つ当たりされそうな予感にブルりと震えながら、ならどうするか、を考える。
アーシュが怒鳴り込んできたら、速攻俺のことを連れ帰るだろうし、俺の警備?も限界体制になるだろうから、もうククルカンに連れ出されることは二度とないだろうけど……。
今俺の護衛?のキキリはオズの部屋に詰めている状態だったから、恐らく戻ったらキキリが今度は俺に付きっ切りになるだろう。オズはそろそろ誰かがずっとついてないと、という状態から脱しているしな。いやいや、戻ってからの今後よりも今だよ。今、俺に出来ることは……。
ふう、と重いため息をつくと、立ち上がえり、泣いているククルカンへ声を掛けた。
「あの……。俺にどうにかする力があるかどうかは分かりませんが、卵に触ってもいいですか?」
『っ!お、お願いします、お願いします!どうか私の子供をっ!』
「いや、俺に孵化する力があるかは分かりませんが、とりあえす触れてみますね?」
またまるで土下座のように縮こまりしくしく泣きだしてしまったククルカンから目をそらし、ゆっくりと卵に近づいて行く。
草と蔦でつくられた柔らかな巣に楕円形の爬虫類のような柔らかそうな卵が一つ、ぽつんと横たわっている。
確か蛇の卵は柔らかい、んだったよな?なら抱き上げるのは不安だし……撫でてみればいいのか?
卵の前にしゃがんで観察してみると、大きさは俺の両手で包めるくらいで表面に鱗のような凸凹があった。
恐る恐る卵に手を伸ばしてそっと触れてみると、かすかに温もりを感じた。
良かった、ちゃんと生きてる、よな?それに思ったよりもしっかりした殻があるな。まあ、普通の蛇と神獣か幻獣の卵を一緒にしたらダメだよな。でも抱き上げるのはさすがに躊躇うし……。
とりあずゆっくりと卵の表面を撫でながら「無事に生まれて来いよ。母ちゃんが首を長く、ながーくして待っているからな」と祈る。
しばらくそのまま続けたが、卵に変化はみられなかった。
うわぁ……。どうしたらいいんだ、これ。やっぱり俺が撫でたからといって、早々生まれるとかないよな。でもククルカンは思い詰めているようだし。これからどうしたらいいんだ?
辺りには俺がゆっくりと卵を撫でる音とククルカンがすすり鳴く声だけが響き、周囲には他の生き物の気配や鳴き声もしない。
そんな気まずの中、木の陰から顔を出しているスプライトやドライアードと顔を会わせつつ、どうしたら?と思っていると、そこにゴオオォ……と青白い炎が来襲したのだった。
*****
と、いうわけでイツキ、誘拐される、の顛末です。まあ、誘拐も限定の人しか出来ない環境なので……!
誘拐された!の盛り上がりの危機感が全くないのは、まあ、仕方ない、かと?
(そっちよりも怒りのアーシュ襲来の方が緊張感が?)
次の更新は日曜か月曜です。よろしくお願いします<(_ _)>
というか、今回が100回目、でした!これからものんびりまったりとイツキともふもふ達を書いていきますので、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
フォロー、☆♡をありがとうございます!励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。
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