第92話 春の兆しとユーラの成長
雪ウサギとユーラ、そしてカーバンクルが世界樹と一体化したかのように透けて輝いていた現象は、あっけにとられて見守っている間に終わった。
ユーラの無事をすぐに確認しなくては、と思うのに、先ほどまでの現象が神秘的すぎて近づいていいのか分からずに二の足を踏んでいると、世界樹に一礼をした雪ウサギがぴょーんっと飛び降りた。そしてカーバンクルもユーラの周囲をくるくる回り、ユーラの肩に乗って頬ずりすると世界樹の方は走って去って行ってしまった。
「え、ええと、ユーラ。大丈夫、なんだよな?」
「う、うー……ん」
カーバンクルの後ろ姿を見送り、キキリに促されてユーラに近づくと、先ほどまで歩くのも覚束なく、少し前屈み気味に立っていたユーラがピンと立ち、そしていつも「う」しか声を発することが無かったのに、声を確認するかのように何度か喉の調子を確認すると微かに「うん」と聞こえた気がした。
「えっ!ユ、ユーラ!も、もしかして今ので少し成長したのか?」
さすがに今の今で身長が目に見えて伸びたという訳ではないが、立ち姿がしっかりしたように見えるだけで一回り大きくなったかのように感じられたのだ。
「う……うー、う!ううう!」
小首を傾げていたが、やはりまだ話すことは出来ずに「う!」と話すユーラの姿にホッとしてしまった。本来ならユーラの成長を喜ぶべきなのだが、いきなりのことにすぐに受け入れることは出来なかったのだ。
なんだろう。ユーラの成長にはまだまだかかると思っていたから、ユーラまであっという間に成長してしまったら、と思ったら少し怖くなったのか?アインス達もすぐに成長してしまったし、他の子供達も成長著しいことは喜ばしいんだけど、もしかしたら俺の居場所がなくなるような気がしてしまったのか?
悶々とする想いについ立ち止まって考え込んでしまっていると、キキリに足をポンポンと叩かれた。
下を向くと安心させるかのようにうんうんと頷かれ、キキリの来たころと全く変わらない姿にストンと心の中の何か落ち、身体から力が抜ける。
……キキリだって子供達の成長に思うことがない訳ないのに、成長の兆しがないキキリを見て安心、とか我ながらひどいよな。ドラゴンなら、成長に数十年から百年はかかるなんて、誰が聞いても納得だし、片言を話せるようにしてもらった時に、凄く喜んでいた姿を見ていたのに。こんな俺が子供達の成長にいい、なんてやっぱり何かの間違いだとしか思えないよな。
安心して落ち込んで、自己嫌悪に陥りながら内心でかなり狼狽えつつ、それでも日課をやらねば!という思いに突き動かされるようにユーラの隣に向かい、マジックバッグからいつものように世界樹の葉を取り出した。
「じゃあユーラ。俺は日課をすませちゃうからな」
世界樹の葉を見て心を静めると、隣に立っているユーラの頭をしゃがんでそっと撫でた。
細くて柔らかな子供特有の髪の毛の感触に、まだまだ子供だな、とやっと心の底から安堵した。
子供達が一人も来れない程の吹雪に、自分でも気づかなかったがどうやら精神的に少し動揺していたようだ。
大きく一つ深呼吸をし、気を取り直して世界樹の葉を手に未だにいつもよりも透明感が増しているように感じる根に手を触れた。
そうだな……。雪ウサギの挨拶もあったことだし、吹雪で積もった雪が太陽の日差しにみるみる溶けていって、その暖かな日差しで新芽が色付く様を想像してみるか。
今は一面の銀世界でも、確実に迫っている春の訪れを感じつつ頭の中に早春の訪れを無心で思い描く。すると。
ユーラが生まれてからは穏やかになっていた世界樹が、生まれる前のようにドクンドクンと力強く胎動するかのように魔力が引き出されて行く。
うわっ!そういえば、ユーラが生まれる前も春の訪れを想像した頃から魔力を多めに引き出されたんだっけ!こ、今度は何なんだ!
内心で焦りつつもそのまま早春の訪れを思い描いていると、いつもよりも少し多めに引き出されたところでピタリと止まった。そのことに内心冷や汗を流しつつ、目を開けて世界樹の方を見ると。
「……雪ウサギやユーラの時とは違って眩しくはないけど、なんだか……光が柔らかいような。暖かい?温もりを感じるような光だな」
先ほど雪ウサギは眩いばかりに光っていたが、今は暖かな、まるで春の陽だまりのような光のように世界樹が光を放っていた。心なしか根を流れる水も、嬉しそうに弾んでいるように流れているように感じた。
「うー……、うっ!う、ううーーうう、うっ!」
「お、なんだ、ユーラ。どうしたんだ?」
ぼんやり世界樹に見惚れていると、くいくいとズボンを引っ張られ、下を見るとユーラが必死に何かを訴えかけるように手を伸ばしていた。
何か言葉を伝えたいのに伝えられないのがもどかしいのか、地団駄を踏みそうな様子になっているユーラに、こんなユーラは初めてだと驚いてしゃがんで問いかけると。
「う!ううう!」
「ん?もしかしてこの世界樹の葉か?これに触れたいのか?」
「う!」
世界樹の葉を持つ手に必死に伸ばされるユーラの手に気づき、手に持ったままの葉をユーラに近づけると。
「へ?……え、ええっ!!い、色が、変わった?え、形まで?えええええーーーーーっ!!」
ユーラが片方の手を俺の手の世界樹の葉に、そしてもう片方の手を世界樹の根に触れて目をつぶると、先ほどの眩い程の光ほどではないが、明るく輝きを放った。
そうして俺の手の世界樹の葉が、柔らかな透明感のある新緑色から更に透明感が増していき、新緑色から薄い翠色へ変化したのだ。更にそのまま見守っていると、楓の葉のようにあった葉の切れ込みが深くなり、それに合わせるかのように大きくなって行く。
えええっ!世界樹の葉だけど、世界樹からは貰ったけどもう枝から落ちた葉だよな?確かに全然枯れないし変化もしなかったけど、え?まだこの葉には世界樹の生命力が宿っていたっていうのか?えええっ!
唖然としている内にいつの間にかユーラの手が離れ、そこには色が変わってより透明感が増し、一回り程大きくなった世界樹の葉が残っていたのだった。
そのまましばらく惚けていたが、キキリが見かねたのかズボンを引っ張り、やっと我に返ることが出来た。
それでも今の超常現象に呆然としたままドライに世界樹の葉の変化を告げると。
『そんなの世界樹はこの世界の要だからね?それにユーラはその世界樹の守り人なんだから、それくらいでそこまで呆然としてどうするの、イツキ。この先まだまだユーラは成長していくんだよ?』
と久しぶりにですます口調を崩して思いっきり馬鹿にしたような口調で言われ、そうだよな、と気を取り直すことができたのだった。
その後はいつものように世界樹の麓へ出向き、ユーラに世界樹の雫を与えようといつもの花を幹に近づけると。
「……うん、雫がかなり光っているな。いや、なんかそんな気もしたけど」
雪ウサギとユーラとカーバンクルが眩いばかりの光を放った時に、なんとなくそうなるような予感はしていたのだが。
キラリ、と輝きながら花びらへ落ちた世界樹の雫は、ユーラの口に入り喉から身体に落ちるまでずっと光を放っていたのだった。
****
ちょっと切りが良いので今日は少しだけ短めですがここまでで。
やっとバタバタが落ち着き、体調も回復して来ましたーーー!
なので週二回更新をまた安定してお届けできそうです。
春の気配が近づいてきました!新キャラまでもう少しです(書き忘れがなければ、ですが)
次は日曜日に更新予定です。
どうぞよろしくお願いします!
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