第80話 冬の再会と新たな出会い
オズがやって来た初日。急いで日課を終わらせて帰宅すると、オズはまだ目を覚ましていなかった。
縮こまるように小さく丸まり、寝息もほとんど聞こえない、昏睡状態のような深い睡眠に心配になったが、付き添っていたキキリが今はそっと寝かせた方がいい、と言ったのでそのまま見守ることにした。
俺が起きた時の為に、野菜を煮溶かしてほぼ液体なスープを用意している間、ユーラはキキリと一緒にオズに寄り添っていた。
歩き出してからはユーラは疲れて寝ている時以外は動きたがっていたのに、キキリと並んでベッドの上に座り、じっとオズのことを見つめる横顔からは感情を伺うことが出来ず、どこか近寄りがたい神聖な雰囲気を感じた。
結局オズはそれから丸一日ずっと眠り続け、起きた後も朦朧としているオズに世界樹の泉の水と用意していたスープを二口ほど口に含ませるとそれからまた半日眠り続けた。
顔を出したアーシュにそのことを相談すると。
『ふむ。闇に落ちそうな人の子供をここで預かるのは一種の掛けだったが、やはりユーラが動いたか。なら、今は世界樹の泉の水で体と心を癒しているのだろう。ユーラが動かないなら、そのまま寝せておくといい』
詳しく聞くと、ユーラは赤ん坊として生まれたが、神獣や幻獣と同じように世界樹の守り手としての知識と力は全てあり、今はそれをある程度遮断して成長している段階だが、今の姿でも世界樹の泉の水の癒しの力を引き出すことは可能であり、その力を持ってオズを虚無の闇から守っているのではないか、ということだった。
「……なあ、アーシュ。人が争うせいでこの世界が闇に傾いているんだろう?その原因である人を……いや、いいや」
『……ふん。人もこの世界の一部であるよ。確かに人のせいで世界のバランスは崩れているが、これもまた世界の意志だと受け入れてはいた。ただ、それでただ崩壊を待つのも守護を任された我らは受け入れがたいから抗っていただけだ。まあ、お前があの時目の前に現れたのも、世界の意志ではないか、と最近は思うがな』
「いやいやいや、俺が世界の意志とかそんな重要な存在な訳ないだろうっ!!俺は魂でこの世界にこぼれ落ちてしまっただけだからな!でも……。世界を闇から戻す為に、人と関わらない神獣や幻獣たちがオズと関わることにしたのか?」
そこが、どうしても疑問だった。神獣や幻獣たちの力があれば、人同士の戦乱なんて、世界が崩壊の危機に瀕するまで放置しなくても、どうとでも出来たはず。それをやらなかったのに、こういう言い方はしたくはないが、何故今回はただ一人の子供であるオズをどうして受け入れたのか。
ああ……。迷ったのに結局口に出しちゃったな。管理官にも頼まれたけど、俺が何かしらの力があるのだとしても、それこそ世界を構成する無数の魂の内、虚無に陥った魂を全て救い上げることなどできる訳ないもんな。
輪廻の輪を危なくする程転生することを拒絶するほどの魂があるのなら、その内のいくつかを本当に救い上げることができたとして、それで輪廻転生が正常になる、なんてとても思えないしな。
『それは、な。正しくあのタイミングでイツキ、お前と出会ったことと一緒よ。巡り合わせ、だな。ケット・シーが近くの集落と交流は持っていたとして、虚無の闇に沈もうとしている子供がいるタイミングでその集落へ顔を出す、正しくこれは世界樹の導きだ』
『世界樹の導き』とは、この世界の言い回しで、いうなれば『千歳一隅』とか『天を味方につける』とか、まあ神様のお導き、という偶然ではなくこれはもう必然的にタイミングがあうことで、『世界樹の導き』と感じたら、神獣や幻獣たちもその導きには逆らわずに従うのは当然のことだそうだ。
ああ、だからシンクさんがそのままオズをこの家へ連れて来れたのか。許可は貰ったとは言われたけど、聖地へと通路が開いているこの場所へ人を連れて来るなんて、もっと慎重になってしかるべき事柄だものな。疑問が解けたな。
「そうか……。俺はどうせ出来ることなんてただ見守るだけだけど、ユーラが積極的に気にしているみたいだから、オズとユーラを見守ってるよ」
『ああ、それでいい』
アーシュと話せたことで、オズのことは俺が管理官に頼まれたから、とか色々気にしていたのがすっきりした。オズのことはこの世界に必要なことだから、ここにいるのだ。なら、俺はそれを見守っていればいいのだろう。
『イツキ、今日はどうやら本格的に雪が降りだしたようですよ』
「お、寒いと思ったらとうとう降り出したか。なら今日はクー・シーの子供達は休みかな。外の様子を見て朝食を作っているから、ユーラとオズの様子を見てきてくれな」
『分かりました』
結局三日ほどほとんど眠り続けたオズは、十日経った今も一日の内半日は寝ている。ユーラとキキリが聖地での日課以外はほとんど付き添い、水やスープが必要そうな時はキキリが呼びに来る。
俺は今のところオズと程よい距離を保って子供達と遊ぶことと、水やスープを上げる時の補助くらいしかしていない。
オズの虚無を宿した昏い瞳は変わらないが、それでもユーラとキキリが寄り添うと少しずつでも水を飲み、スープを口にしてくれるようになったので、限界だった体が少しは持ち直して来ているようで、カラカラだった肌が少し潤いを取り戻して来ている。
冬ごもりの間は、恐らくこのまま静かに見守ることになるだろう。
外に出るとすでにボタン雪のような大粒な雪がかなり舞っており、今日はそれ程積もらなくてもそれ程遠くない内に地面が白銀に覆われる未来を予想させられた。
「これはやっぱり今日は来る子供達は少ないだろうな……。さっさと朝食作っちゃうか」
家の前から広場の端にある台所まで、ドワーフ達が追加で作ってくれた渡り廊下を歩いて向かい、竈に火を入れた。
家の中の床と壁の間にある地面にも小さな竈は作って貰ってあるが、あそこだと肉を焼く匂いが家に充満するからロフト部屋でもかなり匂うのだ。
今の精神状態でも、獣人の鼻なら肉を焼く匂いは鼻につくよな。今はまだ、肉を焼く匂いは嗅がせない方がいいだろうしな……。
集落を終われ、身を寄せた集落が全滅する中逃げて来たのだ。見たくもない光景も、嗅ぎたくない匂いも数えきれない程に経験しているだろう。
「よし、焼けたな。どれ、アインス達に声を掛けて来るか」
家で大気中の三人を呼びに行こうとすると、聖地へ繋がる入り口からバタバタとした気配が近づいて来た。
さてはクオンが早めに来たのかな、と思って待っていると、広場に走り出て来たのはーーーー。
『ウヲォオオオーーーーンッ!!』
ヒュンッと白い影が走ったと思った時にはもう押し倒されていた。
「う、うわっ!こら、ハーツ、待て、待てだぞっ!!」
『ワンッ!ワフワフッ!ウォオオーーーンッ!……イ、イツ、キ!キタ、ヨ』
「おお、ハーツ、久しぶりだな!元気だったか?話せるようになってきたんだな。それに……大きくなったな」
興奮してペロペロとなめ回されながら思いっきりその真っ白なもっふもふな体を思う存分撫でまわす。その体は、去年の冬の終わりに別れた時より、一回り近く大きくなったように感じられた。
こ、これは……。す、すっごくもふもふ度も上がっているではないか、ハーツ!うをぉおお。ふわっふわなもふもふ最高過ぎるーーーーーっ!
もっふもふなサモエド犬の大き目な成犬サイズへと成長していたハーツの毛並みは、冬毛なのも相まってどこまでも指が沈み込む程の密度の柔らかな毛並みで最高級マットレスなんて目じゃない程気持ちいいもふもふ具合だった。
『フフフフ。そなたは変わらんな。でもそなたのお陰で帰ってからは、ハーツも真剣に修行をこなして、こうして成長した。感謝する。では、この冬も我が子を頼むぞ。では、冬の終わりに迎えに来る』
ハーツと転げまわってはしゃいでいたら掛けられた声に顔を上げると、そこにはハーツのお父さんフェンリルの姿が。
うわぁ、思いっきりはしゃいでいたところを見られた!と慌てて立ち上がると。
『ああ、そうだ。もう一つ忘れていた。今は親がちととりこんでいて、頼まれたのだ。ほれ、この子は隣の守護地の幻獣の子でな。ちょっと恥ずかしがりやなのだが、ハーツの様子を見て今年は一緒に来たのだ。ああ、呼び名はララだそうだ。雪が無くてもこの子は大丈夫だが、とりあえずハーツと一緒に来年の冬の終わりまで頼むぞ』
そこには白に薄い灰色の縞模様の入った子猫、いや、体がネコ科とは違ってどちらかというとハーツに近いが顔はネコ科の普通の猫のサイズの子供がおどおどと立っていた。
太目の足にスンナリとした体。それに耳がちょっとたれ気味の猫の顔が愛らしく、ハーツに抱き着いていなかったら、思わず飛びついて撫でまわしかねない可愛らしい子だった。因みに尻尾は長めでふっさふさだぞ!
……グーラ、か?確か大食いでなんたらっていう種族を何かのゲームかアニメかで見た気がするぞ。この子は別に太ってはいないが。っていうか
ちょ、ちょっとーーーーーーーっ!またいきなり来て、自分の子供どころか他所の処のお子さんをさらっと冬の間とか長期間預けて行かないで、フェンリルお父さんーーーーーーーーっ!!
*****
シリアス風味を残しつつ(あれ)こそっと新しいもふもふ投入してみました!
白虎のシュウの次ですがネコ科?に。(シャモアと迷ったのですが、オズも猫耳だし猫耳仲間を増やしてみました)
一気にネコ科充実です。
次はもふもふ回になると思います。
次回は日曜か月曜に更新予定です。よろしくお願いします!
風が強くなってきました。台風の影響のある場所におられる方は無事にお帰り下さい。
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