第79話 ユーラと世界樹の癒し
コクン、と一口獣人の子供の喉を通り、世界樹の泉の水が飲み込まれた。
それが呼び水になったように、ほんのわずか昏さが薄れたと感じた瞳が、ユーラに促されるままコップ一杯の水を飲み切った。
「ううーーー。う!」
ポン、とユーラの小さな手が獣人の子供の手を叩くと、それを合図にしたかのようにまだぼんやりと濁る瞳が閉じられ、フッと体から力が抜ける。
「おっと、危ない。……泣けるくらい軽すぎるな。シンクさん、この子、俺の家で預かった方がいいですよね?」
『申し訳ありませんなぁ。そうしていただけると助かりますなぁ』
「多分、この子は俺の所に来るべくして来た気がしますから、気にしないで下さい。じゃあ、家に寝かせて……ってシンクさん、この子の名前、知っていたりしますか?」
『おお、そうでしたなぁ。確か……オズ、そう、オズを頼む、と母親が言っていたと集落の人が言っていた気がします』
オズ……オズワルド、とかかな?それでも通称でも本名でも名前が分かって良かった。名前で呼びかけた方が、疲れ果てた心に少しは響くかもしれないもんな。
「わかりました。じゃあ、この子、オズを家に寝かせて来ます。ドライ、皆に説明していてくれるか?寝かせたら日課には行くから」
『それはいいですが、一人で置いておいて大丈夫ですかね……』
「俺は日課が終わったら、ユーラを連れてすぐに戻って来るよ。ロトムやクオンももう慣れているから、子供達を頼んでしまうことになるけど」
最近ではシュウの対応を皆が覚えて、やっとアインス達はアーシュが一緒に訓練しなくても、毎日崖からの飛行訓練に行けるようになって来ていた。だからロトムとクオン、それにフェイに子供達の引率を頼み、ユーラはキキリに頼んで俺だけ先に家に戻ってくれば、オズが目を覚ます前に戻って来れるだろう。
最悪、シュウだけは抱っこして強制的に俺が連れて帰って来るしかないかもしれないけどな。最近ではシルフが協力してくれることも多くなってきているし。皆が戻って来るまでの間なら、俺一人でも対応できる、よな?
『ギャウ、俺、残ってみてる』
「えっ、キキリ。いいのか?ずっとユーラについていてくれているのに」
キキリは基本的にユーラの傍についていてくれている。ドライがいる時は離れることもあるが、日課も一緒に行っているしほぼいつもユーラと一緒にいるのだ。
『いい。これも、守り手の仕事、だから』
「キキリ……。じゃあ、皆には申し訳ないけどシュウをお願いして、ユーラと一緒に日課を終わらせたら急いで戻って来るから、それまではキキリ、お願いな」
『ギャウ』
力強く頷くキキリの頼りになる姿に心強く思いながら、オズを抱き上げたままそっと階段を上って家へと入る。そして作って貰ったはいいが、ほとんど使ってはいない自分用のロフトの部屋へと進む。
「……いきなり皆と一緒だと、この子も疲れちゃうだろうからな。一人きりもよくないけど、落ち着くまではそっとしておこうな」
子供の楽しそうな騒ぎ声は、自分に余裕がある時は微笑ましく思えるが、疲れ切っている時はうるさいと感じてしまい易いのだ。
ただ……。この子の虚無を埋めるには、子供達の温かさと触れ合うことも必要だろうけどな。とりあえず今の状態のオズには、あまり刺激しないで寄り添うくらいで見守る方がいい気がするからな。
一応作って貰ったが一度も使っていないベッドへとそっと下ろして横たえると、マジックバッグから温かい毛皮を取り出して掛ける。そうしてそばのテーブルの上に、世界樹の泉の水が入った瓶とコップを置いた。
自分から飲もうとしないかもしれないが、もしかしたら喉の渇きを自覚する可能性も否定できないしな。
いつの間にかベッドの中で丸まり、外の全てを拒絶するかのような寝姿になったオズの傍にそっとキキリが寄り添ったことを見届けると、キキリにオズのことをお願いして部屋から出る。
『あの子、大丈夫そうですか?』
「うーん……。まだなんとも言えないけど、ユーラに反応するようだから、長い目でゆっくり見守ることにするよ。ドライも協力をお願いするな」
『ええ。神獣は本来なら人とはほとんど関わりは持ちませんが、あの子の闇、あの昏い瞳に光が戻るまで、闇から光へと天秤が傾きを変えるまでは父さん達も見守ることになるでしょうからね』
闇と光の天秤は、世界樹とこの世界のバランスを示しているんだろうな。俺にはこの世界のことも神獣たちや人のことも何も知らないからそのことについては僅かながらの補助することしか出来ないかもしれないな。
改めてドライ達が神獣の子供で、神獣の知識は全て持っている、ということを実感した。
訓練へと行くアインス達を見送り、広場を見回すと、子供達は揃っているようだが、まだ遠巻きに家の方を見ていた。
「さあ、お待たせ皆!今日も聖地へ行くよー!あ、シュウはいるか?」
『いるぞ』『俺らが今日は見てる』
「お、ロトム、ありがとう。お願いな!俺は今日からはしばらく日課が終わったら先に戻ることになるだろうからな。でも皆は、もう少ししたら水遊びも出来なくなってしまうし、いつも通りお昼前までは泉で遊んで来てな」
さっき散らついていた初雪はもうやんで、見上げると分厚くて暗い雲が空を覆い隠している。
このまま寒くなればウィンディーネが見ていてくれてもすぐに水遊びは無理になるし、そして毎日雪が降るようになればクー・シーとケット・シーの子供達はほとんど来れなくなるだろう。
ああー……、でも今年はシュウは冬でも毎日通って来るかもしれないな。そうしたら冬でも去年よりは賑やかな日々になりそうだ。
その賑やかな日々が、あの子、オズの心にも少しでも安寧をもたらしてくれますように、そう今は祈ることしか出来ない自分に苦笑が漏れてしまう。
管理官にも、神獣や幻獣たちにも頼まれても、やっぱり俺に出来ることは結局それ程ないんだよな。……まあ、それでも毎日一日一日を大切に、今のかけがえのない日々を過ごしていかなきゃな。
ユーラがよちよち歩くのを後ろから見守りつつ聖地へと歩きながらぼんやり考えていると、脚にもふっとした毛並みがすり寄って来た。
『ねえ、イツキ。あの子……元気になってくれるかな?』
少しずつ成長していても、ずっと俺に甘えて来るクオンが人の子のオズを心配そうにしている姿に、子供達が遠巻きに見つめていたのは、人に近寄りがたいという感情だけではなく、神獣や幻獣、そして精霊の子供として虚無を宿したオズを見守ろうとしていたのではないか、とやっと気づく。
そうだよな、ケット・シーやクー・シーの子供達だって、守護地に棲む精霊なんだもんな。闇を宿す子供の意味を知らない訳が無かったよな。
「クオン。そうだな……。ユーラも気にかけているようだし、ユーラと一緒に少しずつでも生きる気力を取り戻して行ってくれるといいな」
『うん。なんで人はずっと争っているのかな。世界が闇に染まったら、世界が滅びちゃうのにね』
「そうだな……。俺の生まれた世界では、俺の住んでいた国では戦争はしばらくやってなかったけど、でも世界のどこかしらの国では戦争をしていたよ。なんで戦争するんだろう、っていうのは、人とは切り離せない問題なのかもな」
テレビのニュースで見ても、自分とは関係ない、ずっと遠い場所でのことだから、と戦争に向き合うことなどなかった。中東情勢なんてずっと不安定のままで、子供の頃からいつもニュースになっていたのに、関係ないと他人事のようだった。でも……。
神獣や幻獣たちは守護地の魔物や魔獣を間引くが、神獣や幻獣同士で争う、ということは絶対ないのだろう。それなのに人の行いのせいで世界の命運を掛けてこうして頑張っているのだから、人として俺はせめて縁があって俺のところに来たオズの心だけは救いたい。そう思えたのだった。
*****
今回もシリアス風味ですが、次回からはシリアス風味が少し薄くなる予定です(た、多分)
もふもふのんびりがどんどん戻る予定です。
次回は……金曜には更新できたらいいな!と。
どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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