第77話 初雪と不穏の足音

 無事に手に入れた魚はその日にほとんどを皆と食べてしまったが、鱒のような魚を濃度の高い塩水に入れ、森の薫りのいい木で鍋を使って簡易に燻製にした。

 マジックバッグに入れておけば時間経過はほぼないが、生魚をそのまま入れておくには抵抗があったし、一夜干しも干す加減が分からなかったので燻製にしてみたのだ。


 味見に少しだけ切って炙って食べてみたが、初めてにしては塩加減が少ししょっぱいくらいで美味しかった。思わず全て食べてしまいそうになったが、冬の間に魚が食べたくなった時の為に我慢した。

 それでもやはりもう少し魚を確保したくて、皆に頼み込んでもう一度だけ魚釣りに行ってしまったのは少しだけ申し訳なかった。


 言い分としては豊作の果物でドワーフ達が熱意を持って作ってくれたガラス瓶で果実酒を色々仕込めるからそのつまみに良さそう、と言ってみたが、まあ、ドライの冷たい視線はとてもかわし切れなくて、そこはもう潔く土下座をしたぞ!だって、秋の魚が美味し過ぎたんだからしょうがないじゃないか!


 でも二度目の釣りでも川に流されそうになり、大きな岩に上って滑って川に転落しても、全くこりずに何度も同じことを繰り返すシュウを、逆にすごいなと感心しそうになってしまった。……まあ、ドライに冷たい目で見られて、慌ててその後のシュウの追いかけ役を何度かは引き受けたけどな!


 今年はドワーフとトントゥ達が近所に引っ越しして来てくれたので、去年よりも更に冬ごもりの準備は万端となった。

 ユーラの防寒具も俺の防寒具もしっかりと毛皮で作って貰うことが出来たし、ついでにドワーフ達に家の壁と床の間の土間にレンガで暖炉を作って貰ったので、後は森でもう少し薪を拾い集めれば今年の冬の準備はバッチリだ。




「……今朝は大分冷え込んでいるなぁ。お、霜が凄いな。このまま冷え込むようだと、もしかしたら雪がちらつくかな?」


 朝起きて、アインス達の暖かな温もりから離れがたくなって来たが、なんとか起きだして外に出るとどんよりと厚い雲が空を覆っていた。

 冷え込んでいる外気にぶるりと震え、マジックバッグからマントを取り出して羽織り、果物の採取が終わった頃に降りだした霜が、見事に霜柱になっていることを確認しつつサクサクと踏みしめて台所へと向かう。


 しかし靴も無事に間に合って良かったな。毛皮でもこもこ仕上げの革のブーツなんて頼んでしまったけど、本当に出来上がるとは思ってなかったのに。ドワーフとトントゥ達には本気で足を向けて寝れないな。


 柔らかな木を使った靴底を弾力のある木の樹液で覆い、その靴底に内側をもふもふな毛並みの革で出来た脹脛までのブーツは、靴底の弾力性はさすがにゴム底には劣るが、それ以外はオーダーメイドなだけに自分の足にピッタリでとても歩きやすい。


 弾力のある樹液がないかドライアードに教えて貰ったのだが、ゴムの木とはまた性質が違うようで、ドワーフ達にゴムの特性などを聞かれるまま話したので、その内ゴム製品も出来上がって来るかもしれない。


『イツキ、ユーラが外を歩きたがってますが、どうしますか?』

「お、ユーラも起きたのか。丁度肉が焼きあがったし、今靴を履かせるよ」

『おーーーーー、イツキ、ご飯出来たのかーーーー!よし、食べて今日も訓練頑張るぞーーーー!』

『おう!今年の冬は吹雪でも飛べるようにならないとな!肉だ肉!!』


 家へと行く俺と交代でアインスとツヴァイが焼いた肉へと突進して行くのを横目に階段を上がり、ドライが階段の上で抑えているユーラを抱き上げた。


「うーーーーー!」

「ユーラ、階段はまだ危ないからな。ほら靴を履こう」


 目の表情は今もあまり変わらないが、むう、と尖らせた口元が子供らしくて可愛らしい。そんなユーラに笑顔で靴を履かせる。

 その靴も勿論ドワーフとトントゥ達が手先の器用さを遺憾なく発揮して作り上げた内側もこもこの温か子供靴だ。革が厚手なのに歩くのに全く支障がでない、これぞ職人の作!といわんばかりの愛情たっぷりな靴だ。


 色々作ってくれたドワーフとトントゥ達には、以前仕込んでおいた果実酒と鮭に似た魚の燻製を渡したら、大喜びで踊っていたぞ。春からは張り切って釣りに行くことにしよう!


『イツキ、そのまま外で皆を待つなら、ユーラにも上に一枚着せた方がいいんじゃないですか?』

「お、そうだな。ありがとう、ドライ。ほら、ユーラ。今日はかなり冷え込んでいるからセーター着ような」


 靴を履かせたユーラを階段下に下ろし、これまたもこもこの小さな子供サイズなセーターをマジックバッグから取り出して着せる。

 世界樹の守り人のユーラはほぼ精霊のような性質だそうで、外気温の寒暖の差は実はほとんど影響はないそうだ。ただまだ小さいので暑さ寒さも感じるそうなので、しっかりと冬支度を整えている。


 このもこもこのセーターも、実は毛糸になっている元の毛は羊に似た幻獣が、わざわざ自分達の毛を使ってくれ、と申し出てくれて作られた物だ。

 彼らの部族には子供はいるけど末端で、長の血筋の子供が出来たら預けに来る予定だと言っていた。


 神話だと山羊は神獣や幻獣に例えられる種族はいくつかいたけど、羊は俺は知らないんだよな。だからか種族名を聞いたのだが耳慣れないカタカナにしか聞き取れなくて、実は覚えきれていない。自動翻訳の限界、といったところなのだろうな。それとも金色の羊だったから金毛羊と俺が思っていれば、そう翻訳してくれたのかな?


「あっ、ユーラ!霜柱を踏むのが楽しいのはわかったけど、滑って転ぶからって危ないっ!!」


 金色のもこもこセーター姿でよちよち歩くユーラの姿がかわいらしくてついほっこりしていたら、霜に滑って体勢を崩したユーラに慌てて駆け寄ろうとすると、その前にすっと深紅の羽がユーラを支える。


『ほら、危ないですよ、ユーラ。プユプユの果汁水でも飲んで皆を待っていましょうね。ゆっくり歩きましょう』

「うっ」


 ユーラへと伸ばされた手を空しく下ろしつつ、ユーラの隣で見守りながらゆっくり歩くドライを見る。その姿は俺よりもしっかりとした保父さんだった。


 ううう……。分かっていたけど、分かっていたけどさ!俺には子供の面倒を見られない、一緒に遊んでいるだけだって自覚はあるけど。子守りじゃなくて、保父さんを育ててしまったとは……。


 子供達と一緒にこの世界を知りながら成長しよう、そう決意した俺だが、ドライは俺のはるか先を歩いているような気がしてちょっと心がざわつく。


『ほらイツキ!ユーラにプユプユの果汁水を出して下さい。それに早く朝食食べないと、クオンが来ちゃいますよ』

「あ、うん、分かったよ。ユーラ、ほら座って飲もうな」


 振り返ったドライに呼ばれて慌てて駆け寄り、ユーラを抱き上げて子供用にドワーフ達に作って貰った椅子に座らせる。そうしてマジックバッグからプユプユの実と世界樹の泉の水の入った瓶を取り出し、果実水を作ると小さめのコップに注ぐ。


 プユプユの実は秋の森で見つけた、ユーラが生まれた影響で生えた精霊の力のこもった実だ。俺のふくらはぎ程のこんもりとした背丈の低い茂みのような木に、ユーラの手のひら程の薄い水色の実がいくつもなっていた。

 ただこの木はファーナの実の木とは違い、実をとってもそのまま茂ったままだったので、もしかしたら少しずつ育って行くのかもしれない。


 プユプユの実は薄い水色ということもあって、見た目も前世のファンタジーで定番のスライムを連想してしまったが、手に取ってもぷにぷにな感触に正しくスライムだ!と興奮してしまった程だ。

 面白いのはこの実は果肉がほぼ水分で出来ていて、ナイフで皮に傷をつけると一気に果汁が出て来るのだ。そして果汁が出てしまうとしぼんで皮だけとなる。そして味はうっすら梨味だったりする。


「ユーラ、しっかり持って、ゆっくり飲むんだぞ」

「う!」


 最近ではなんでも自分でやりたがるユーラの手にコップを持たせ、こぼさないで飲めるか見守る。

 コクリ、コクリと飲むユーラに、順調な成長に安堵と少しの寂しさを覚える。


 赤ちゃんを見た時は赤ん坊の面倒なんて!って思ったのに、あまりの手のかからなさに逆に不安になったんだよな。最初は全然反応さえしなかったから、成長に時間がかかるのかもしれないな、って覚悟してたのに、結局他の子と同じようにすくすくと大きくなって。……俺、少しは子守として成長したのかな?


 いくら俺がいたから、と言われても自分では何の実感もないしな……。ここで子供達と過ごすことは日本での生活よりも生きがいを感じているが、成長して去って行く皆を見送る時は、俺もこの世界で生きていく道を見つけられていたらいいな。


 冷え込みのせいか、ちょっとだけ感傷的な気分のまま朝食を終えると、クー・シーの集落から子供達が到着した。


『イツキ!来たよっ!』

 小さな子犬達と一緒によちよち歩くユーラを見守っていると、いつものようにクオンが飛びついて来た。


「クオン、おはよう。寒いのに元気だな」


 寒くなるにつれて更にもふもふ感を増したクオンの胸元に思わず顔を埋め、そのあまりのふわもこさにぎゅぎゅっと抱きしめてしまった。


『かわらないなイツキは』『もふもふが好きだからな』

「お、ロトム、おはよう!そりゃあもふもふは正義!だからな!」


 キャッキャッとクオンと触れ合いつつ、到着したロトムと挨拶していると、目の前を白い物がよぎった。


 シュウ、なわけないか。……ああ、冷え込むと思っていたけど降って来たか。初雪だな。


 ふわり、ふわりとたよりなくも儚く舞っては消えて行く雪に、皆の目が奪われていると、その静寂を乱すかのようにバタバタと慌ただしい喧噪が近づいて来て、一瞬にして皆にピンと張りつめた空気が漂う。


 ……初雪が降ったからハーツが駆けて来た、って訳ではないよな。ハーツ一人の足音には騒がし過ぎるし。でも、ここに入るには神獣と幻獣の守護者とアーシュの許可が必要なんだから、部外者が入れるはずはないんだけど……。


 スッとアインス達三人が子供達を庇うように前に出て、皆で聖地へと続く広場の入り口に注目していると。


『すみませんなぁ、イツキさん!どうか助けてやって下さいませんかなぁ!』


 飛び込んで来たのはケット・シーのシンクさんと他の数人のケット・シーの大人の人、それに……。


 そんなケット・シー達に支えられた、猫耳の生えた、獣人の小さな子供の姿があったのだった。








*****


区切りが出来なくて長くなりました。

前回が久しぶりだったのにのんびり入り過ぎたので、少しずつ話が動きます。

もふもふはもふもふでも、とうとうイツキ、現地人との初会合です!!


かなり久しぶりの投稿だったのに、思ったよりもたくさんの人が読んでくれて嬉しかったです。

お待ちいただき、ありがとうございます<(_ _)>

それを励みに頑張ります!でも次は……恐らく日曜更新です。よろしくお願いします!


 

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