第59話 雨期の為の準備

 ドラゴンが様子を見に来た翌日は、朝から土砂降りの雨だった。


「まるでキキリのお父さんが雨期も連れて来たみたいだなぁ……。明日は止んでくれるといいけど」

『ギャウーゥー……』


 朝、寝て居られない程の雨音で目覚めたくらいだから、今日はクー・シーの集落の子供達はお休みだろう。こんな雨の中小さな子供が出歩くのは危ないからな。


「ケットシーの集落の辺りは、雨、降っているかなぁ。聖地も降っているみたいだし、今日は皆お休みかもな」

『ギャウー』


 ユーラを抱っこし、扉がわりの衝立の隙間からキキリと並んで外を眺めていると、大雨に喜んだウィンディーネ達が井戸から出て広場ではしゃいでいるのが見えた。

 雪解けと共に撒いた畑の葉物はついこの間収穫したが、畑には他にも小麦や芋、それに今年から新たに植えた根菜類と豆が植わっている。あまりの雨の勢いに、倒れてしまっているのが見え、心配になってしまう。


『いつまでもそうしていても雨は上がらないぞーーー!とりあえずイツキ、朝食にしようーーー』

『そうだな、腹減ったし!今日は訓練は無理そうだから、日課には俺達が一緒に行ってやるからよ!』

「だってさ、キキリ、ユーラ。今日は台所も水浸しだし、中の竈で肉を焼こうか」


 少しの雨なら今は台所に屋根があるので、地面の水はアインス達に乾かして貰えばいいのだが、今日の雨は流石に乾かしても乾かしても無駄だろう。

 ドワーフ達が建ててくれた家は、あちこちに隙間が開けられている。

 床と壁の間も約ニメートル近く空いている場所に、少し盛り土をして小さな竈を設置してあるのだ。室内用の予備の台所だ。


 そういえば、ユーラが歩き出したら床の端に柵を立てて貰った方がいいかなぁ。ハイハイするようになったら、踏み外して落ちたら大変だよな。


 今までは子供達は子猫や子犬程の大きさでも、床から地面までの高さなら落ちてもスタッ!と着地していたから気にしたことは無かったのだ。


 一番危なかったのは、俺が夜中にトイレに行くのに寝ぼけて落ちかけた時だったもんな……。ユーラがハイハイするかどうか分からないけど、今度森へ行った時にドワーフ達の処に顔を出して相談してみるか。


 ドワーフとトットゥ達の一部が引っ越して来て、あっという間に掘った洞窟はここのすぐ近くなので、ユーラの顔を見に結構な頻度で顔を出しに来る。ただ雨期になると水路をきちんと整えてあるとはいえ、洞窟から出るのは大変だから顔を出せないかもしれない、とこの間言っていたのだ。


 もうちょっと早く思いついていれば良かったな。まあ、このまますぐに雨期が始まることはないと思うんだけどな……。


 去年も、何度か雨が降ったり止んだりした後に本格的な雨期が到来したのだ。


 それまでに、今年は何を準備しておけばいいかな……?どんな土砂降りでも聖地への日課は行くから、ユーラの食事は心配ないけど、そういえば雨具はどうしよう?いくら泉の水があったって、雨に濡れて身体を冷やすのは、赤ちゃんの身体には凄く悪そうだよな?……くっ。俺って本当に段取りが悪いな。今になって気づくなんて。


『イツキ、さっきから何をブツブツ言っているのです?焼きあがったなら、さっさとこっちに下さい。ツヴァイを抑えるのも大変なので』

「あっ、ごめんごめん。ちょっと焼き過ぎちゃったか。……ハイ。次も焼くから食べててな。キキリは次のを切るから、ちょっと待っててくれ」

『ギャウ!』


 思わず考え込んでいたら、いつもはレアなステーキがミディアムくらいの焼き加減になってしまっていた。

 とりあえず朝食を優先することにして、次々と肉を焼いて皆に出し、自分の分は簡単にスープと焼いた肉で済ませた。


『それで、さっきは何をブツブツ言ってたんですか?』

「ん?ああ、雨期の準備をまだしてなかったなって。畑の方はスプライトとノーム達がいるからなんとかなると思うけど、聖地へ毎日行くのにユーラが濡れたら体に悪いなってさ」


 去年はかろうじて替えの服があるだけだったから、諦めて濡れて通って、帰って来てドライに乾かして貰っていた。


『ああ……。そうですね。確か水を弾く植物の汁があったと思いますよ。ドワーフ達に聞いてみるといいかもしれないですよ』

「本当か!ありがとう、ドライ!今日は子供達も恐らく来ないだろうし、日課が終わったらドワーフ達を訪ねてみるよ。今日はもう間に合わないから、ユーラは毛皮で包んでみるよ」


 ドワーフ達が用意してくれた毛皮は、俺の冬用のローブになったり毛布になったりした。その毛皮を春に洗おうとしたら、水を弾いて中々汚れを落とすのに苦労をしたのだ。

 ただ、もうすぐ初夏の今は、毛布でくるんだら暑いだろうけど、そこはユーラに少しだけ我慢して貰うしかない。


 それからいつもの時間まで子供達を待っていたがやはり誰も来ず、ユーラを毛布で包んで抱っこ紐で抱っこし、皆で小走りに聖地へ急いだ。


『イツキーー。急ぐのはいいけど、滑らないようにしろよーーー。去年も雨の日は、良く滑って転びそうになっていただろうー?』

「うっ。そ、そうだな。気を付けるよ。俺が転んだら、ユーラを潰してしまうよな……」


 落とさないように無理やり抱っこ紐をして来たが、確かに転んだら目も当てられないよな。


『……フウ。仕方ないですね。本当はイツキも自分で出来るようにならないとダメですよ?』


 やれやれと足を止めてため息をついたドライがそう言ったと同時に、肌に突き刺さるかのような雨足が弱まった。


「え?ええっ!ど、どういうことだ?まだ雨は弱まってないよな?」

『シルフですよ。シルフに頼んで、イツキとユーラの周辺を風で覆って貰いました。イツキも適性が植物だから、と他の属性の訓練をあんまりしないから、こういう時に困るんですよ』

「ああっ、シルフか!そうか」


 キョロキョロと見回すと、確かに雨のカーテンの向こうに小さな輝くシルフの姿が何人も目に入った。

 俺が精霊に頼むのはほとんどノームとスプライト達だけで、たまにウィンディーネ達には頼んだりしたがそういえばシルフにはほとんど頼んだことは無かった。


「ありがとうな、シルフ達!助かったよ!」


 シルフ達に手を振ってお礼を言うと、更に小雨だった雨がピタッとやんだ。それに雨に濡れて重くなっていた服から水分が勝手に抜けて行く。

 驚いて下を向くと、いつもは水辺にしかいないウィンディーネ達が楽しそうに跳ねていた。


「ウィンディーネ達もありがとう!ユーラが寒い想いをしないで済んだよ」

『……ずっりーーーなイツキ!なんで言葉で頼んだだけでシルフが動いてくれているんだよ!それに頼んでもいないのにウィンディーネ達まで!俺がシルフの力を自在に借りられるようになるのに、どれだけ苦労したか!』


 そう叫んだツヴァイの周りをシルフ達はクスクス笑いながら飛び回っている。いや、なんだかどことなくバカにしているような?


『ツヴァイ。そんな見栄を張るからシルフ達に笑われていますよ。貴方は自在に風を使うというには、まだ早いじゃないですか』

『うっ……うるさいなっ!俺だって、こんな天候だって飛ぼうと思えば飛べるんだからな!!』


 ああ、そうか。ツヴァイは風に乗って飛ぶというか、自分の羽で飛ぶって感じだったもんな。


「まあ、ツヴァイ達は精霊の力を借りるにもたくさんだろうし、俺が頼むのはそれ程大きなことは頼まないしな。でも、これからは頑張って風や水も出せるように頑張るよ」


 そう言うと、シルフ達とウィンディーネ達はうれしそうに俺の周りをぐるぐる回った。


『イツキは火以外はそれなりに魔法を使えるのですから、そうした方がいいですね。まあ、攻撃には向きませんが』

「そこはな!でもシルフやウィンディーネ達だって、俺に魔物を攻撃してくれ!って頼まれたって、困っちゃうよな?だから俺はもう、そこは諦めたからいいんだよ!」


 そう言うと、アインス達もシルフやウィンディーネ達も一斉に笑い出したのだった。










***

子供達が出なかった……

そろそろもふもふ欠乏症にかかりそうなので、次の次辺りはもふもふ回にしたいです!


因みに精霊に頼むとイツキの場合は好意でやってくれていますが、普通は魔法と同じように魔力を渡します。相性が悪い魔力だと、あまり色々と頼めません。

畑仕事はノームとスプライト達は自分が楽しいから自主的にやってくれています。

とそんな感じのゆるーい設定でお読み下さい。


どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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