第58話 ドラゴンが様子を見に来たようです

 ユーラにいつものように世界樹の雫を飲ませ、ゆっくりと世界樹の周りをだっこして歩くと、戻る前に世界樹の根元にひとつ、ファーナの果実を置いた。


「カーバンクル、ここにファーナの果実を一つ置いておくな!また見つけたら持って来るからな。じゃあ、また明日な!」


 世界樹の上を見上げつつ大きな声で叫ぶと、遥か上の方でガサッと枝が動いた気がした。


 カーバンクルと森で出会ったきっかけのファーナの果実は、あれからも森でたまに見つかるようになった。どうやらファーナの木も世界樹に関係している木のようで、穢れに弱く穢れのない土地でしか芽を出さない。だからファーナの木が森で見かけるようになったのは、世界樹が力を取り戻している証でもあるらしい。

 そんな果実だからか、ファーナの果実はカーバンクルの好物でもあるようだ。


 まあ、アーシュにも少しはとって置け、と言われたから、カーバンクルに持って来ているのは三つの果実の内の一つか二つなんだけどな。アーシュももっと具体的に言ってくれたらいいのにな。


 ユーラを腕に、キキリを隣にゆっくりと子供達の方へ向かっていると、キキリが突然空を指さした。


「ん?どうしたんだ、キキリ」

『ギャウギャーウ、ギャギャ!』


 んん-ーー?キキリが示した上空を見上げて目を凝らしても、俺には何も見えない。

 聖地には世界樹の守り人のユーラとまだ成獣前とはいえカーバンクルが戻ったことで、以前よりもきっちりとした守護の結界が張られている。だから今では魔物は全く侵入できなくなっているから、聖地を目指して空から飛んで来るなら子供達の関係者だろう。


 じーっと見ていると、俺の目にもやっと煌めく白銀の鱗が見えて来た。


「おっ、キキリのお父さんのドラゴンか。そういえばユーラが生まれた時、こまめに見に来るって言ってたっけ。まあ、もう一月以上経っているけど」

『ギャウー』


 ドラゴン、しかもこの世界の創生から生きている古龍だから、時間の概念がまったく違うだろうから仕方がない。半月遅れくらいなら、早い方なのかもしれない。


「この間は色々あったし、キキリも顔を見ただけだったろう?今日はユーラの様子を見に来たんだろうし、その後はキキリも久しぶりにお父さんとゆっくり話でもしたらどうだ?」

『ギャウギャウ』


 ちょっとだけうれしそうなキキリの様子に笑みが漏れる。


 キキリが家に来て、というか恐らく生まれて約半年だが、最初に会った時とあまり外見に変化はない。

 ドラゴンの生態を考えればそれが普通なのだろうが、ぷくぷくと柔らかそうなお腹をしていていも、精神的には何故か俺の保護者の位置だ。


 護衛として、と言われて最初は戸惑ったけど、本当に俺の護衛をしてくれているもんな。森を歩くと、毎回一回はキキリに守って貰っているし。俺はもうこの世界に来て一年以上経ったのに、全く魔物とか動物の気配とか分からないもんな!


 カーバンクルの時は何かの雰囲気というかオーラを感じて気が付いたが、野生の虫や動物、それに魔物が相手だと俺が先に気づく、ということは一度もない。魔法は適性が植物系だったこともあるが、それ以外に生活に使う分には火も水も風も使えるし、土なんて農作業は出来るが攻撃出来るような使い方は今でも全く出来ないのだ。


 ドライにもあっさり「イツキには攻撃に適性は全くないから、訓練しようとしても無駄ですよ」とハッキリと言われても、悔しいとかはなく、あっさりと「やっぱりそうだよな」と諦めてもう一切訓練もしていない。

 お陰で異世界生活での定番の魔物や盗賊をバッタバッタとは全く縁がない平穏な暮らしだ。


 スローライフっていえばスローライフなんだろうけどな。まあ、毎日ストレスもないし、満ち足りた生活を送れているからそういう意味では勝ち組だけどな!なんといってももふもふし放題だし!


 そんなことを考えている間に、ドスンという地響きとともにドラゴンが花畑へと着地していた。


『おう、イツキ。その後のユーラの様子はどうだ?』

「この通り元気ですよ。最近では、少しずつ身動きするようになってきましたし、表情も出るようになって来ましたよ。カーバンクルが世界樹に戻りましたから、そのせいかもしれませんけど、順調ですよね?」


 俺としては少しずつ生気を帯びて来たユーラは順調に育っていると思っているが、世界樹の守り人のハイ・エルフのことなど全く知らないから、遅かったりしても判断できないのだ。


『ふむふむ。ああ、順調のようだな。カーバンクルが戻って来たのはアーシュに聞いたが、そのお陰か身体に世界樹の力が溜まり始めたようだ。この調子ならイツキに任せておいても大丈夫だな!』

「それなら良かったです。けど……。またこのまま五か月寝るとか言う前に、少しキキリと話して行って下さい。キキリには俺もかなり助けられているんですよ」


 そう言ってキキリに前に出るように促すと、ちょっとだけうれしそうに父親の姿を見上げた。


『ギャウーギャウ、ギャオウ!』

『おお、我が子よ。うむうむ、大分頑張っているようだな。まだ一年にも満たないのに、力が良く馴染んでおるな。やはりイツキの傍だと力が馴染みやすいようだ。どれ……』


 スッと爪だけでキキリの何倍もある手を伸ばし、そっと爪先がキキリの額に触れた。一瞬だけピカッと光ると、満足そうに指先をどける。


『この力に馴染めば、身体の成長はまだまだかかるだろうが、言葉を話すことは出来るようになるだろう。キキリはどうしても成長に時間がかかるからな。言葉を話すことが出来れば、イツキとももっと寄り添えるだろう』

『ギャウーギャウ!ギャギャギャ!』

『おお、うれしいか。フフフ。ユーラの成長のこともある、また同じくらいで様子を見に来よう』

『ギャウギャウ、ギャーウ!』


 ……長期の睡眠に入らないでいてくれて良かったけど、今のはなんなんだろうな?まあ、キキリの言っていることはなんとなく分かるようになって来たけど、話せるようになればもっと意思疎通が出来るようになって俺も安心だから助かるけどな!キキリも喜んでいるし。


「そういえば、キキリを連れて来た時は飛んで来なかったけど、どうやって聖地へ来ているんですか?」


 確かこの聖地と神獣、幻獣たちが守護する守護地とは結界を繋ぐことが出来ると聞いたことがあったから、ドラゴンの住処とも結界を繋げばすぐに来れるよな?でも、この間も今日も空から来たように感じたけど、繋げた結界の入り口が空なのかな?


『おお、結果を繋げば一瞬だが、我は目覚めが悪いからな!目を覚ます為に、最近は毎回空を飛んでここまで来ておるぞ!我にとってはなんてことない距離だからな!』

「え?……住処はここから近い処にあるんですか?」

『いいや。我と世界樹で世界を半分づつ監視しているからな。だから我の住処はここから一番遠い場所だな』


 ……ええっ!そんな距離を眠気覚ましに飛んで来るって、どういう感覚なんだよっ!!いや、ドラゴンに俺と同じ感覚を求めちゃダメなのは分かっているけどさ!ん?でも……世界を横断して飛んで来ているってことは。


「なあ、それって人が住む国なんかも横断して来ている、ってことだよな?」

『おう、そうだな。我の住処はここと同じような高山の上にあるが、途中には人が暮らす国がいくつかあるぞ』


 やっぱり!!


「なあ、いくら上空とはいえ、ドラゴン、しかも古龍が空を横断していて、騒ぎになっていないのか?」

『んん?ああ、何やら下でごちゃごちゃやっている輩もたまに見かけるが、どうせ人はずっと長いこと人同士で争いを繰り広げているんだ。いい刺激になるだろうよ』


 いい刺激って……そんな問題なのか?空を見上げてこんなドラゴンが飛んでいたら、俺だったら気絶するぞ!それにいくら戦争をしてたって、人と争っているよりもドラゴンの方を重視するんじゃないか?……ん?


「……神獣、幻獣が増えて守護の力が増し、それに世界樹が力を取り戻して守り人のユーラが誕生して、世界が安定に向かっているから、人の争乱を減少させないと釣り合いがとれない?」


 確か魂の管理官も、アーシュ達が直接人の争いに干渉はできないけど、何やら考えがあるって言っていたのは、もしかしてこれか!人にとって、強大な敵がいれば一致団結せざるを得ないもんな。


『フフフ。まあ、な。もう我も世界が衰退するなら、と世界樹の守り人が居なくなった時には諦めたが、今はイツキのお陰で希望が見えたからな。直接干渉はしないが、これくらいならいいだろう』

「……まあ、危ないことはないでしょうけど、あんまり刺激しすぎないで下さいね?」


 世紀末だ!とか勝手に絶望して、どうせ死ぬなら人類全員滅ぼしてやる!なんて輩が出て来たらかえって面倒だもんな。人は恐らく世界が変わっても、同じような歴史を繰り返しているんだろうし。


『ワハハハハ!やっぱりイツキは面白いな!なあ、我が子キキリよ。しっかりとイツキを守るんじゃぞ?では、我はそろそろ戻るからな。では、またな!』


 トンッと飛び上がり、一切の風の抵抗なく上空へ飛び上がると、ワハハハハ!と笑い声が今度は来た方とは逆の方向へと消えて行った。


 ……あんなドラゴンが定期的に世界一周飛び回るのか。なんか、定期的に顔を出して欲しい、って言って悪いことしたかな?いいや、人同士で何百年とか戦争している方が無駄だしな。


 フウ……となんとなく力が抜けた倦怠感のような物を感じてキキリと目を合わせて同時にため息をつくと、子供達の方へと歩き出したのだった。







****

長くなりましたが、一気に書き上げたので今日は長めで( ´艸`)


次は他の子供達の様子なども書ければ、と。どうぞよろしくお願いします<(_ _)> 

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