第15話 世界樹がこの世界の支えだそうです?
さっきまで体を濡らしていた豪雨は何重にも重なる枝と葉に遮られ、ただゴウゴウという音だけがまだ土砂降りの雨が降り続いていることを知らせてくれている。
ポカンと開いた口は上を見上げるごとに更に開き、今では顎が外れんばかりだ。
上を見上げすぎてそっくり返り、しまいには倒れそうになったが今はそっと後ろで支えてくれるドライがいないことを思い出し、慌てて見上げていた顔を正面へ向けた。
「この木……、どう考えても世界樹とか、そういう木、だよな?この世界に、世界樹ってあったのか。っていやいやいや。もう何度もこの森へ入っているのに、こんな大きな木、見えない筈はないって!」
この場所は、岩山の上にちょこんと盛り上がった緑の部分にある森の中だ。池と草原を考えると、森の部分の面積は直径一キロもある筈がない。
だから守護結界を越えた時も、森の広さが土地の広さと合っていないことには当然気づいたが、まあ、神獣フェニックスが守っている土地だしな、とその時は深く考えなかった。でも、どう考えてもこんな大きな木があったのなら、守護結界の中に入った時に気が付く筈なのだ。
あれ?もしかしなくても俺、フラグを踏んじゃったのか!!
先ほどまで俺は、急に振り出した土砂降りの雨から雨宿りをしようとして、太い木を探して木を辿りながら森の中を彷徨い歩いていた。そして急に目の前にこの木が現れ、気づいた時には木の下にいたのだ。
当然俺には結界のような物を越えた感覚は何も無かったが、守護結界を越えた時もそうだった。
アーシュが俺は「どんな結界も素通りできるだろう」って言ってアレ、なのか!!どこまで入れるか、って言ってたのは、この場所のことだったんだよな!!
立ち入ってはいけない場所に今自分がいることを急激に自覚して、まずい、という危機感が襲ってきた。ここにもアーシュのような、守護する神獣か何かがいてもおかしくない。というか、いない方がおかしい。
慌てて周囲を見回すと、通って来た森の木々は遠く、周囲にはぽっかりと開いた草原が広がっていた。そこには見たことのない花が咲き誇っており、晴天だったら楽園のような場所なのだろうと推測する。
『おお、誰がここに侵入したのか、と思ったらそなただったのか。丁度いい。訪ねて行こうと思っていたところだったのだ』
陶然と周囲を見ていると急にかかった声に、文字通り飛び上がった。ただ、その声が以前聞き覚えのあった声だったので、恐る恐る振り返ると、そこにはやはりオルトロスの姿があった。
「オ、オルトロス、さん?ここは、オルトロスさんが守護している場所だったんですか?」
まさかこの場所でオルトロスと会うことは全く想像もしていなかった。この前の別れ際の言葉でも、この場所から離れた場所を守護している感じだった筈だが。
『いいや、違うぞ。そうか、そなたはそなたはフェニックスからは何も聞いていなかったのか』
『ここは、全ての守護の地から繋がる場所。この場所を守る為に我らが守護する場所がある』
お、おおう!二つの頭が続けて話し掛けて来たのは初めてだよな。
そのことに驚いたが、すぐに言葉の意味を察して、顔から血が引いて行くのが自分でも分かった。
「や、やっぱりこの木は……せ、世界樹、なのか?」
ゴクリ、と唾をのみ込みつつ、倒れそうになりながらも聞いてみると。
『『ああ、そうだ。この地はこの世界の要の地。この世界樹が枯れる時、この世界は滅びる』』
……ウッギャアアアアアァアアッ!!き、聞きたくない、そんなこと、ただの小市民の俺は、聞きたくないんだってばっ!!
フラリと教えられた真実の重みにその場で倒れ込みながら、心の中で盛大に叫び声を上げる。
『おおっと、危ない。そなたが怪我しては、せっかく我らが赤子を連れて来たのに、意味がないではないか』
『そうだ。気をつけろ。まあ、でもこの場にそなたが入れるなら良かった。この地で我が子を育ててくれるなら、安心だからな』
ファアッ!!
もふんとしたもふもふな感触に受け止められ、そんな場合でもないのにうっとりともふもふに意識を飛ばして現実逃避をしかかった俺を、とんでもない言葉が引き戻した。
『……ミュゥー?』
『クーーン?』
そうしてか細い声と同時にぴょこんと俺を支えてくれた双頭の頭上から小さな、小さな頭が覗いた。
思わず目を見開いて見つめると、小さな生後一週間も経たないような赤ちゃんワンコの頭が二つ、ピコピコ動いていた。まだ目が開ききらないのか、うっすらと開いた目はまだ色の判別もできていないのだろう。
「う、うわっ!か、かわいいっ!!」
赤ちゃんでもしっかりと腕は太いし大きさは小型犬程だったが、生後間もない赤ちゃんワンコに一目でメロメロになってしまった。
さっきまで倒れかけたというのに、現金な俺はもう背伸びをしつつオルトロスの頭上を見上げて悶えながら無意識に目の前のもふもふな毛並みをわきわきと撫でまわしていた。
『やっぱりそなたは変だな。か弱いのに、精神は図太い。面白いものだ』
『世界樹と知っただけであれ程ビビっておったのに、我らの赤子には恐れずに近寄ろうとする。本当に面白い』
ハッ!!そ、そうだ。や、野生の獣の生まれたての赤ちゃんに手を出したりしたら、激情されて襲われるんだった!!動物園の飼育員でも近寄ると噛まれそうになる、ってテレビで言ってたのに!?
とろけそうに緩んだ顔はまたすぐに真っ白になり、ピョンッとオルトロスから飛びのいて、今度こそ倒れそうになると。
『ふう、イツキ、探しましたよ。弱いのに、一人でうろうろするなんて。……おや?オルトロス、ですか?』
『イツキ、いたかー?おー!でっかい木があるぞー!スゲー!』
『見つかったのか、イツキ!俺達とはぐれたら、イツキなんて一瞬で死んでもおかしくないぞ!おっ!オルトロスじゃん、スゲー!』
今度は慣れたふわふわの羽毛に包まれて支えられた。頭上から聞こえるドライの声にホッとしていると、アインスとツヴァイの声まで続いた。
いやいやいや、あの二人まで来たのか!なんか嫌な予感しかしないんだけど!
『おお、フェニックスの子供たちか。この間は会わせて貰えなかったが、こんなに大きくなっていたとは』
『フム。やはりこやつ、イツキに我らの赤子は預けるべきだな。ここに入れるなら、都合がいい』
恐る恐るオルトロスの方を見ると、何故だか満足気に頷いていた。その頭上で小さな赤ちゃんがミーミー言いながら揺れる。
『おおーーーーっ!小さい子がいる!俺たちより小さいっ!』
そんな赤ちゃんを見てまずアインスが走り出してオルトロスの周囲をぐるぐる周り。
『おお、本当だ!なあなあ、オルトロスは強いんだろう?ちょっと相手してくれないか?』
何故かツヴァイがオルトロスに向かって行った。
そんな何が何だか訳がわからなくなったその場に、バサリ、と大きな羽音が響き。
『やっぱりここに入れたか、イツキ。それに、オルトロス。何故、お主がここに居る?』
アーシュが空から舞い降りて来た。
もう、何、この混沌とした場はーーーーーっ!ここって、世界樹がある神聖な場所じゃなかったのかっ!どうしてこうなったーーーーっ!
くらりとした眩暈に今度こそドライの体へと倒れ込んだ俺は、悪くない、よな?
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