第7話 助けてくれたのは幻獣のようです?
自分では、今どういう状態なのか何も分からなかった。
何故ならば、頭をすっぽりぬめぬめする液体で満たされた何かに包まれ、足は地面を離れ、空を飛んでる浮遊感だけがあったからだ。
ああ……これで二度目の人生も終了か。まあ、ふわっふわな羽毛に包まれる幸せを体感できたし、いいか。
そう、すぐに自分ではどうにもならないと諦めた。
元々日本で暮らしていた時も、基本は長い物には巻かれろ、で、反発するより諦めた方が楽なので会社でもそのように仕事をしていた俺だ。
そういえば、最後の恋人に振られた時、別れを告げた時に引き留めもしなかった、と彼女が話していたと知人から聞いて、引き留めればまだ付き合い続けていたのだろうか、と思った時も、こんな自分だからどうせ一度は別れないとなっても、いつかは振られるだろう。と思っただけだった。
なんだか俺って、実は生きることに執着も無かったのかな……。だからあっさりと死んだことも諦められたのかもしれないな。
ぼんやりと呼吸が苦しくなりつつそんなことを考えていると、ヒュンッという風切り音がした後に身体が落下した。
そうしてドサリと地面へ転がった拍子に、ぬめぬめする頭を包んでいた何かも外れ、急にできるようになった呼吸に口の中に入ったぬめぬめす液体を吐き出した。
ゴホッ、ゲホッと、口から溢れ出る液体と、逆に一気に肺に流れ込む空気にむせるように咳き込み、ようやく落ち着いた頃には疲れ果てていた。
『ふむ。フェニックスのところに、何か変わったのがいると聞いたから来てみたが、本当に変わっておるの。お前は一体何なのだ?』
すぐ傍からアーシュとはまた違ったテノールの声が聞こえ、のろのろと顔を上げると目に入ったのは、二つの大きな犬の顔だった。いや、うちのジロウ(実家の飼い犬)も犬歯は鋭かったけど、口から飛び出る大きさではなかった。
んん?二つの狼の頭……確かオルトロス、だったか?ケルベロスは頭三つだったよな?
『おい、せっかく助けてやったのに、何の反応もなしなのか?』
「あ……貴方が助けてくれたんですね。あ、ありがとう、ございます……。今、しゃべるのも、大変で』
おお、ありがたい。けど、今、空気の美味しさを味わっているだけで精一杯だから!
『なんともかよわきことよ。お前のあり方なら、そんな身体に惑わされることもなくあれるだろうに。まあ、だからこそ変わっている、のか』
なんだ?もしかして、俺のことを言っているのか?確かに俺はいきなり魂からこの世界に実体化?したみたいだし、変だってのは認めるけど。俺のあり方?ってなんだ?もしかしてアーシュが言っていた、称号に何か関係があるのか?
そう、ぼんやりしていた頭で考えていると、今度は炎の赤が目の前を過った。
『おいっ!それは俺が見つけた、俺の子供の子守りだ。横取りは許さんぞ!』
『ふん。横取りも何も、欲しいとは言っておらんだろうが。相変わらずそなたはがさつだな。そんなんだから子育てが上手くいかないのではないか』
『なんだとうっ!!』
いつの間にかオルトロスの横にはアーシュの姿があり、言い合いを始めた。
それを何とはなしに聞き流しつつ、ぽっかり開いてしまった森の一画を眺める。
さっきの赤は、アーシュが降りる場所だけ森の木を焼いたのか。延焼は全く無く、ぽっかりと少し先から丸く黒く焼きただれていた。
ああ……。アーシュがフェニックスだと言っていたのは、本当だったんだな。炎を吐いたのは見たけど、見たのはそれだけだったし。それに……。
双頭の狼であるオルトロス、か……。物語だとそれぞれ別人格のように書かれていた物が多かった気がするが、アーシュと言い合っている感じだと、交互に話ているけど性格は同じような気がするな……。まあ、一つの体を動かすんだから、別々の人格だと支障があるのかな。
そうとりとめもないことを思いつつ、やっぱりここは異世界だったのだと思い知る。
確か……「魂のゆりかご」だったか。俺は、一体なんなんだろうな?これからどうしたらいいのか……。
半分疲れて眠りそうになりながら、そんなことを考えていると足にガツンと衝撃が来た。
『おい、いつまでそうしているんだ。怪我もないんだ、そろそろ起きたらどうだ』
「うっ、痛いよ、アーシュ。人間は脆いんだから、いつもいつも気軽に蹴ったりつついたりしないでくれよ」
そう言いつつ、果たして今の自分は人間なんだろうか、と苦笑が漏れてしまった。
いくら諦めのいい俺でも、気づいてしまったらそこは気になるのだが。
のろのろと起き上がって顔を手でぬぐうと、体の痛みは助けられた時に地面に投げ出された時に打った打ち身と、手を擦りむいただけなことを確認する。
あ……、血が出てるな。……赤い血が出る体なら、まあ、いいか。どうせ俺は戦えないんだし。よく考えたら、あっさり死にそうだもんな。なら、気にしても仕方ないか。
何故かそう思うと気が抜けて、気づくと笑い声が漏れていた。それにつられて二匹が顔を寄せて来る。
『なんだお前。打ちどころが悪くて頭がおかしくなったか?まあ、お前は最初から変だったが』
『ほおう、まあ、確かに変わってそうだな。まあ、でもフェニックスのお前に文句が言えるのは面白い』
間近で見ると、牙は鋭くて、甘噛みされただけでも俺の身体はザックリいきそうだ。でも、顔一つだけでも俺の上半身よりも大きいけど、その分もふもふな毛並みの存在感が際立っていて。
「な、なあ。ちょっとだけ、ちょっとだけ撫でさせてくれないか?」
『……我を、撫でようというのか?我らは、お前のことなど、一飲みにできるが?』
「ええ、そうでしょうね。一飲みどころか、その牙か爪でちょいっとやるだけで、俺なんてあっさり死にますよ。なら、死ぬ前にその毛並みを撫でたいな、と思いまして」
そうそう。こうして話をできるのなら、言ってみるだけ言ってみればいいって言ってくれるかもしれないもんな!
『……フウ。まあ、よかろう。そなたのそのなんともいえない変さに免じて、この幻獣オルトロスの我を撫でることを許してやろう』
「あっ、ありがとうございますっ!おおっ!やっぱりもふもふだ!オーバーコートは固めだけど、アンダーコートが滑らかで、いくらでもふもふできそうな……」
幻獣オルトロス、そう聞いても、今の俺には「撫でていい」ということの方が重要で、言われた途端に二つの顔の真ん中に分け入り、両手で顔や胸元の毛並みを撫ででいた。
日本にいた時は、自分でもケモナーだとは思っていなかったのに、俺はケモナーだったんだな。テレビで動物番組は良く見ていたし、もふっとした生き物を見ると、触りたいとは思っていたけど!雛たちがあんまりふわっふわだったから、俺の中のケモナーの血が呼び覚まされたのかもしれないな!
『クフフフフッ!お前、確かに変だが、面白いっ!気に入ったぞ!』
『なっ!こいつは俺の子供の子守りだ!渡さないからな!』
『やれやれ。気に入ったと言っただけで、連れて行く、とは言ってないだろうに』
何やらまた二人?三人?で騒ぎ出したが、俺はもふもふする手は止まらなかったのだった。
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ストックがさっぱり無くなり、温度差で体調が整わないので明日から不定期更新となります。
申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。
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