第6話 崖の上へ行ってみるようです

 雛たちと、巣に敷き詰められたアーシュの羽に包まれて寝るのは最高だった。

 あまりのふわっふわ感に落ちたように寝落ちしたが、早朝に「お腹減った!」とピィピィ鳴く雛たちの声に起こされた。それでもぐっすり眠れたからか、色々なことがあった昨日の疲れが消え、すっきりと目を覚ますことができた。


「おしっ!じゃあ、焼くか!!」

「「「ピュイーーーーー!!」」」


 マジックバッグに入れておいた、昨夜の残りの肉を取り出し、アーシュがつけてくれた火をかまどへ入れて石を焼く。


 とりあえず今日は、このかまどをもっと大きく組んでみるかー、と思いつつ、座ってまな板の上に肉をひたすら切り分けて行く。

 因みに昨日の夜の獲物は、優に俺が二人分くらいの肉が残っているが、雛たちの旺盛な食欲の前には足りないので、さっさとアーシュが獲物を狩りに行った。


 だから、何枚か数えるのも嫌になる程、ひたすら肉を切らなければならないのだ。最初は薄切りにしていたが、とてもじゃないが腕がおかしくなるので、途中から分厚いステーキサイズになった。

 元々生で食べていた雛たちだから、表面を焼いて、半生くらいで運んで行く。


「よーっしっ、ホラ、焼けたぞーー。順番だからな、順番!」


 俺には一枚だって多い分厚い肉を、一枚ずつ空いた口へと入れて行く。幸せそうにピィピィ鳴きながら食べる姿を見ていると和む。まあ、分厚い肉を噛み切る力はあるのだから、まんま肉食動物の食事風景なのだが。

 どんどん焼いて、追加の獲物を半分焼いたところで雛たちはお腹いっぱいになり、まどろみだしたところで俺も朝食だ。


 マジックバッグの中には食器類は揃っていたから、コップに水を汲み、お皿に肉をのせてフォークで食べる。


「うーん。やっぱり肉以外が食べたい……。小麦粉はあったけど、小麦粉だけで何か作れたっけ?」


 当然パンなど作ったことはない。うどんは確か小麦粉と塩と水があれば作れたっけ?でも生地をこねたりするのは、机もないここだと難しそうだ。


「あっ、すいとん!スープを作って、すいとんにするか?でもなー。そうしたって、やっぱり野菜は欲しいよなー」


 子供の頃に、残った味噌汁に水でといた小麦粉を入れてすいとんを母が作っていたのを思い出した。

 あれなら、塩味のスープにうかべたって、食べられないことはないよな。


 むーっとうなっていると、ガツンと大きな嘴でつつかれた。


『さっきからうるさいぞ。まったく。お前の我儘に付き合うのも面倒だが、うだうだ聞いてるのも面倒だから上へ連れていってやる。ホラ、行くぞ!』


 どうやらブツブツ言いながら食べていた声が耳障りだったらしい。

 でも、昨日から三食肉しか食べてないんだから、文句が出たって仕方がないよなっ!

 そうして、まあ、予測していたが、ひょいっと嘴で服をつままれて空に放られ、浮いたところを脚でキャッチされた。


 おおおおっ。凄いな!と当事者じゃなければ拍手喝采だろうが、自分のこととなると、さっき食べたばかりの肉が口から逆流するのを堪えるのに必死だった。お腹に食い込んだ脚の爪のせいでな!


 しかし、そんな吐き気に耐えること数秒で、またポイッとばかりに放られた。


 へ?と思っていたら、次に襲い掛かったのは、ザバーンッ!という音ともに飛び込まされた水だった。

 ブフォッ!っと衝撃で空気を吐き出し、必死に水をかき分けて水面に顔を出すと、すぐ上に悠々と空を飛ぶアーシュの姿が。


「おいっ!溺れたらどうするんだよっ!俺は、子守りじゃなかったのかっ!」


 確かに昨日から、どうせ一度死んだんだから、いつ死んでも一緒か、という諦めはあるけど、さすがにここにきて溺死は嫌だ!


『そこには魔物もおらんし、水深も深くないだろう。嫌ならさっさと上がればいい』


 そう言われて改めて周囲を見回してみると、確かにここは湖と呼ぶには小さい池だった。水は澄んでいて、良くみると確かにそんなに深くもない。少し岸へ泳げばすぐに足がついた。


 そこでザバザバと水をかき分けて岸へ上がると、目の前はすぐ崖だった。どうやら巣の奥の崖に流れていた水は、ここから伝っていたらしい。

 そうして逆側を見てみると、そこには少しだけ開けた草原と、その奥にこんもりとした森が見えた。


『ここは崖の上だから、人を襲うのは鳥と小動物くらいだ。まあ、俺がいる間は空から襲われることはないだろうが、さすがに小さな小動物までは一々俺が倒すのは面倒だから、自分でどうにかしろ』

「ええと。あの森に果物がなっている木があるのか?」

『そうだ。まあ、食べられる果物かどうかくらいは、ここに持ってくれば教えてやる。待つのは雛が起き出すまでだ。さっさと行って来るといい』


 まあ、確かにアーシュの巨体ではあの森の中に一緒に入ってくれ、というのは無理だ。ここは小動物しかいない、という言葉を信じて一人で入ってみるしかないだろう。

 雛たちが起きるまでは、恐らくあと二、三時間ある。とりあえずカバンに服が入っていたから着替えるか。


 咄嗟に掴んで来たマジックバッグから、誰の物かは知らないが男物の着替えを取り出し、濡れて張り付く服をもたもたしながら脱いで着がえる。

 腕もズボンの丈も余るが、折ればどうにか着れないことはない。とりあえず濡れた服はせっかくだから池で洗って絞ると、草原へ広げて干した。


 そしてやっと森へ向かう、となった時にはアーシュはうつらうつらしていた。


 ……まあ、神獣のフェニックスが寝ててもここに居るんだ。すぐ傍で襲われることはない、よな?


 アーシュが獲って来る獲物はどれも大型の、見たこともない獣で、恐らくさっき言っていたように魔物なんだろう。この世界には魔物がいるのだ。


 そういえば、そういう基本的なことを聞いてなかったな。まあ、これから時間だけはありそうだし、少しずつ聞いてみるか。


 雛たちがどのくらいで大きくなるかは分からないが、数か月、という期間ではないだろう。

 だから、その間の食生活は、あの森に俺でも食べられる物があるか、にかかっているのだ。そう思えば、怖いけど行かない訳にもいかない。


 最初に泉へ行った時は、死んでもいいさっていうやけっぱちさでザカザカ行ったけど、いざ、こうして生きていることを実感すると、死というものはやはり怖くもなる。


 ほどほどの都会育ちだから、森の中なんて学校の宿泊学習でしか行ったことないんだよな……。俺って典型的なインドア派だし。まあ、どうやったって気配を消したり、音を立てないで歩くなんて出来ないんだから、開き直るしかないんだけどさ。


 とりあえず辺りをキョロキョロ見回して、動く気配がないことを確認すると、アーシュの傍を離れて森へと歩き出した。

 草原の中も、何か食べられそうな物がないかも一応見ながら行く。


 なんかとりあえず芋とかならありそうだけど、そういえば芋の葉っぱとかも知らないな……。地面の下に実るのは、学校の授業でやったけど。見て分かるのは、家庭菜園で作ってた胡瓜とナスとトマトくらいか。でも、そんな野菜がこんな森にある訳ないよな。異世界だしな。


 何も見つけられずに森へ到着し、入り口で恐る恐る森の様子を伺う。

 異世界だが木が蒼かったり赤かったりする訳でもなく、葉っぱも見たことのないような形状の物はあったが、普通に森に見えた。


 うん。何か、生き物の気配はしない、気がする。まあ、行くしかないかー。


 耳を澄ませても聞こえたのは、かすかな鳥と虫の鳴き声と物音くらいだった。大きな生物が動いているような音はしていない。


 なので一つ深呼吸をしてから、生えの草がふくらはぎくらいで最初の森よりも歩きやすい森の中へ、及び腰でそろそろと足を踏み入れた。そうして果実を探して木を見上げながら、とりあえず森の縁をぐるっと歩いて行く。

 最初は少しの物音にもビクッとしていたが、何の姿も見当たらないことから段々警戒が緩み、周囲への警戒をせずに果実だけを探して歩いていると。


「あっ、あった!すっごく大きいし、見たことない果実だけど、採ってアーシュのところへ持って行ってみるか」


 木にからまった蔓に、直径二十センチ以上もあるような、赤い果実が一つ、ぽつんと実っていた。

 やっと見つけた果実に駆け寄り、俺の顔くらいのところにあった果実へ手を伸ばすと……。


「うっわぁーーーーーーーーっ!!」


 気づいた時に蔓に両手を絡まれ、空を飛んでいたのだった。



 

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