第一章 異世界行ったらすぐに捕獲されました
第1話 また零れ落ちたようです
目を開けるとそこは、森だった。しかも、木には蔓がからまり、木々の間隔は狭く、そして下生えの草もわんさか茂っている、いかにも熱帯系の森だ。
そこにどうやら俺は突っ立っているようだ。
あれ?さっきまで手も足も無かったし、真っ暗だったし、魂だけの存在だったよな?なんか魂の管理室で休んでから転生って言われた筈なのに?
「ああ、そういえば最後に、またこぼれ落ちた、とかなんとか言ってたか?」
意識はあったが目はなかったから、会話した魂の管理官がどういう姿をしていたかは分からない。
……というか、耳も無かったのに、そういえば言葉は聞こえていたよな。俺の思考を読んでいたのはいいが、そういえばなんでだろう?
と、そこで思考がずれかけて、今気にするべきはそこじゃない、と戻す。
「ええと、またこぼれ落ちた、しかもそこは狭間じゃ、とか言ってた気がする。ああ、そういえば今、体があるな」
流石に自分でも、気にしなさすぎだとは思う。思うが、なんだかここまで来ると、驚くのも通り越している、というか。ありのままを受け入れた方が気が楽だ。驚くのも疲れるしな。
「うーん。手は……大人の手だな。というか、見慣れた手足だ。もしかして、姿はそのままなのか?」
一度死んで、魂だけの姿になったのだから、今、元の人の姿をしているのはおかしい。いや、もしかしたら、実は顔は全然違う顔になったりするのか?
「そこは見て確かめないと、分からないか。と、いうか、ここはどこなんだ?どう見ても森だし、ここには人が住んでいるのだろうか?」
俺は死ぬ前は普通の会社員だったし、32歳だったが結婚はしていない。若い頃には付き合った恋人もいたが、いつも「こんなにのんびりした人だとは思わなかった」と別れ話をされ、振られた。
それが面倒になって、ここ五、六年は誰とも付き合っていない。そこで読んでいたのが、巷で流行り?の無料小説だ。所謂ラノベ、というジャンルで、その中でも所謂魔法があるファンタジー物をよく読んでいた。
だからいきなり森の中へ放り出されると、「ああ、これが所謂定番、ってやつか」とか思ってしまったが、だからと言って、その小説の主人公の通りにすぐに行動できたりはしない。
「うーん。恐らくここは、あの管理官が言ってた、俺の魂の元々の世界、だよな?そこへ転送する、って言ってたんだし。どんな世界かは聞いて無かったが、もしここが小説のようなファンタジー世界だとしたら、これ、俺、つんでないか?」
こんな右を見ても左を見ても、木しか見えない森の中だ。どう考えても魔物だか何だか、そんなモンスターが存在しなくても野生の動物はいるだろう。
そして今の俺は手ぶらだ。服はみた感じ綿のズボンにシャツみたいだが、ポケットもないしカバンも持っていない。これでどうやって戦えというのか。
「っていうか、例え武器を持っていたって、戦闘なんて俺には無理だけどな。中学、高校の授業で剣道と柔道は授業でやったが、戦いの心得なんてそんなもんだぞ」
柔道の受け身だけは「何かあった時の為に、これだけはきっちり身に着けろ!とっさに受け身を取れたら命が助かる場合もあるからな!」と中学の時の先生にきっちり練習させられ、高校の授業の時に褒められたがそれだけだ。
ここで転がって受け身をとったら、木の根にぶつけるか、それこそ藪につっこんであちこち怪我をしそうだよな。うん、もし襲われたら、もう、一思いに諦めよう。まあ、とりあえずそれまでは、生きる努力を少しはするべきか?
どうせ本来の斎藤樹は死んだのだ。この世界に戻る予定だったにしろ、まっさらに生まれ変わった後の筈だったのだ。今、こうして斎藤樹としての自我がある状態でここにいるのは、まさにイレギュラーな事態で、それこそ俺にとっては余生だ。
「あの管理官がどうにか介入してくれるかもしれないしな。……いいや、ここで俺が死ぬ方が早いだろうから、放っておくか。ここで死んだら、こっちの世界の魂の管理室って場所へ、次こそはきちんと行くだろうしな。その方が手間がかからないか」
とりあえずここで突っ立ってても仕方がない。なんだか落ち着いてみると、水の音がするような気がするし、そっちに行ってみるか。
実は先ほどから水が流れる音がしていて、気にはなっていたのだ。水場は野生動物が水を飲みに集まるから危ない、と聞いたような気もするが、どうせどこで行き会っても俺は死ぬだけだからな。とりあえず水でも飲んで、姿の確認でもしてみるか。
そう思い、水の音のする方へ踏み出すと、草をかき分けるだけでも結構な重労働だった。音がしないように、気配を消して進む、なんて到底無理だ。
ガサガサと大きな音を立てつつしばらく進むと、いきなり森が開けた。
「おお。キレイな泉だな。湖程の大きさはないから、泉、でいいんだよな」
数十メートルだけ開けた場所の中心に、こんこんと水が湧き出ている泉があったのだ。
その水は、と見回すと、どうやら自分が来た方とは逆側へ小川となって流れ出ているらしかった。
周囲に獣の姿がないことを確認し、泉へ近づいて淵から覗いてみると。
「おお、やっぱり俺のままだ。変わったのは、服だけか。どうしてだろうな?」
水に映ったのは、32年間慣れ親しんだ姿そのままだった。スーツが生成りの木綿の上下に変わっていただけで、若返ってもいないし、髪と目の色が変化した訳でもない。
「ふむ。とりあえず、水はきれいだな。これだけ澄んだ水だ、そのまま飲んでもお腹は壊さないだろう」
本当は沸かして飲んだ方がいいのは間違いないが、鍋どころかコップもない。そして火を灯す手段もないのだ。
手を水につけて洗ってから、少し離れた場所の水をすくって口をつけてみる。
「おお、美味い!これぞ、天然自然水、ってヤツだな!」
売っているペットボトルの天然自然水とは違い、滑らかでほんのりと味があるような水は、とても冷たくて美味しかった。
水を飲んだことで、今が現実だということを実感したが、とりあえずはもう一口、と水にまた手を入れると。
「え?なんだ、大きな鳥だな……って、降りて来ているのかっ!!」
水面に映った真っ赤な鳥に気づいて目を凝らした瞬間、水面越しに目があった気がした。
そんな、まさかな、と思っていると、水面に映っている真っ赤な鳥が、どんどん大きくなり、真っすぐ水面目掛けて降りて来ていることに気が付いた。
「ええっ!ちょっと、どうすればっ!」
さすがにこの事態には慌てて顔を上げた時にはもう、すぐ目の前に大きな鳥の脚があり。
あ、これは死んだな。まあ、最後にこの美味しい天然自然水を飲めただけでもめっけもんだったか。とぼんやり思っている間に、アッという間に鳥の脚にガシッと掴まれた。
「へ?」
そのままグシャ、とはいかず、気づいた時には空を飛んでいた。
「ええええええぇえええっ!うわっ、どうなっているんだっ!」
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