第2話 一体何でこうなった?
すぐ目の前にはちょっとでも触れたらそのままパックリいきそうな鋭い爪がある。そんな大きな爪を持つ脚が、がっちりと胴を掴んでいる割には痛みはない。
「うおおおおっ……。俺は、どこに連れていかれるんだ?」
どうやらすぐに殺されず、運ばれているらしい、と悟ると諦めて今は空から見える景色を堪能している。
顔を下向きにうつ伏せの状態で鳥の脚に掴まれているが、気づいた時にはもうさっきまでいた泉は見えず、眼下に見えるのは辺り一面緑ばかりだった。
どうせ今暴れても、俺が危なくなるだけだしな。諦めが肝心だよな。
「ふわぁー。あそこはこんな広い森の中だったのか。どうやっても歩いてこの森を抜けるのは無理だったな。これからどうなるかは分からないが、ある意味この森を抜け出せたのはラッキーだった、ということか」
ふむ。まあ、運ばれているのは、鳥だから子供の餌にでもする為かもしれないけどな。……生きながら食われるくらいなら、いっそひと思いに殺してからにしてくれないかな?
最後に見る景色がこれなら、そう悪くもない、と開き直って空からの景色を眺めていると、少しずつ高度が下がり始めたことに気づく。
「おっ、もうすぐ終点か。終点は終点でも、人生の終点だけど。こんな短期間に二度も人生の終点を経験するなんて、俺って実は凄いんじゃないか?」
そんな経験をして凄くなるなら辞退する、という人が大多数だろう、という世間一般を無視して、のんびりと顔を上げてどこに降りようとしているか確認してみると。
「おっ、岩山だ。あそこにこの鳥の巣があるのか。じゃあ、やっぱり子供の餌コースかな」
なんとか目に入ったのは、森から突き出る岩の山肌で、そこへこの鳥が向かっているのは間違いないようだった。
どんどん近づいて来る岩肌に、この巨大な鳥の巣を探していると、切り立つ崖の上に木の枝で作られた巣を見つけた頃には巣の中に真っ赤な羽の鳥の雛が三匹いるのも同時に見えた。
これは餌なのは確定だな、と思っていると、ふいに身体が空を舞った。
「えっ!うおおおおぇおおっ!!生餌は嫌だったけど、ここに来て墜落死かよっ!ひき肉になったら俺なんて、食べる肉はほんのわずかだぞっ!!」
頭の中にグシャと潰れた自分の死体を思い描き、二度目もそんな死にざまなのかと諦めた時、「ピュイッ!」という鳴き声ともふっとした感触とともにポーンと空へ投げられていた。
「は?」
「ピューイッ!ピピピッ!!」
「ピュイピュイッ!」
「ピピピッ、ピューーッ!」
何が起こったんだ、と把握する前に更に二度空を舞い、ポスンと柔らかい羽の上に仰向けに落ちていた。そうして目の前には、真っ赤な羽のずんぐりむっくりした雛が三羽。
雛といってもあの大きな鳥の雛だ。恐らく既に身長百七十三センチの俺と同じくらいの大きさがありそうだ。
もしかして、雛に順番に上に放り投げられたのか?
「ピュイピュイッ!」
茫然と下から雛たちを見上げていると、俺の頭よりも大きな嘴で腹をツンツンとつつかれる。
あれ?これはやっぱり生餌コース?と思っていたら、今度は別のもう一匹にコロンとひっくり返された。
「んん?食べないのか?それとも寝転がっていると、食べずらいとか?」
どうやら生餌と思っても、すぐにはついばまれなさそうだ、と不思議に思いつつ立ち上がると。
「ピピピッ!ピュイピュイッ!」
「ピューー、ピュイッ!!」
今度は二匹の突撃を受けて吹き飛ばされるように巣の壁に押し付けられた。そうしてすりすりとふわふわな羽毛の頭を撫でつけられる。
「うおおっ、ちょっと、うわあっ!背中、痛いからっ!」
ふわふわな羽毛はとても気持ちいいが、二匹同時に一抱えもある頭をすり寄せられて足が浮き上がり、木の枝が組まれた巣に背中を押し付けられて枝が食い込む。
あまりの痛さに目の前のふわふわな羽毛に包まれた頭に抱き着き、その勢いで枝を足で蹴って乗り上げた。
「おおお、ふわっふわだ!すっごいな、これは。鳥ももふもふだったんだな!」
思わず今の状況を忘れ、二匹の頭に跨る不安定な体勢から、一匹の雛の上に乗り換え、全身でもって背中へと張り付く。当然、手はもふもふと撫でまわしている。
夢中でふわふわな羽毛を味わっていると、注がれる視線にふと顔を上げると目の前に、もう一羽の雛がいた。
『何をやっているんだか』といっているかのような視線に、思わずハハハと愛想笑いを浮かべてしまった。だが、どうやら俺は生餌にはされないようだ。まあ、保存食という線もまだ捨てきれないが。
俺にさっき突撃してきたもう片方の雛に脇腹をつつかれ、頭の両脇から足をたらし、お尻へ向けて伏せていた頭を上げて雛から降りることにした。
そうして雛から降り、脇からつついていた雛の頭を撫でていると、鋭い鳴き声が聞こえた。
「ピィーーーーーーーーーーッ!!」
「「「ピィピィッ!ピピピッ!!」」」
すると雛たちは揃って頭を上げ、嘴を上へと上げて鳴き出した。それを見て上を見上げると、俺をこの巣へ落としてそのまま飛び去って行った親鳥が今度は獲物を咥えて戻って来たところだった。
真っ赤な血がしたたっている、毛皮がついたままの獲物を、親鳥が巣の中へと投げ入れる。
すると雛たちはうれしそうに群がり、嘴で毛皮を剥ぎながら肉をついばみ出した。
うおっ。俺を食べなかったから一瞬草食かと思ったけど、やっぱり肉食だよな……。じゃあ、俺は保存食コースか?
血の匂いに吐き気を覚えつつ、巣の奥で食事中の雛から目線を外してあちこち見回していると、じっと親鳥がこちらを見ていることに気づいた。
「な、なんだ?やっぱり今すぐ餌になれってことか?」
「ピュー、ピィッ」
こうして全身を改めて見てみると、恐らく全長十メートル以上もある。その顔を見つめ返して問い返すと、嘴で餌を啄む雛たちの方を示された。
そろそろと雛たちの方へと近づくと、親鳥が獲物の端の肉を食いちぎり、俺の前へ落とす。
「えっ!も、もしかして、俺にも食べろってことか?」
「ピュイッ!」
そうだ、というように頷かれ、どうやら餌として捕獲された訳ではなさそうだ、と思いつつ親鳥を見返すと、さっさと食べろと言わんばかりに促された。
「いやいや、俺、生で肉は食えないので!食べたらお腹を下して、大変なことになるから!」
「ピィー?」
じゃあ、どうするんだ、とばかりに小首を傾げられ、この鳥は俺の言っていることを理解しているのだと悟る。
「ええと、肉を食べるなら、火を通して焼いてから食べないと、人は病気になるんだけど……」
そう恐る恐る言ってみると、やれやれ、とばかりに面倒そうに巣から一本の枝を引き抜いて巣から少し離れた場所へ置き、そこにふっと息を吹きかけた。すると嘴から火が放たれ、木の枝が燃え出したのだ。
「おおっ!す、凄いっ!もしかして今のはブレスか?それとも魔法なのかっ?」
その地球ではありえない現象に興奮して巣を乗り越えると、今の自分の状況を忘れ、しみじみと燃えている火に見入ってしまったのだった。
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