【書籍化】世界樹の森でちび神獣たちのお世話係はじめました
カナデ
プロローグ
俺は斎藤樹、享年32歳。
なんのとりえも特技もない普通の会社員をやっていたが、通勤電車が事故をおこして死んだ。
うん、多分、即死だったんだと思う。
確か、半分眠りながら満員電車に乗っていたら急ブレーキがかかり、周囲から悲鳴が上がったと思ったら一気に横に圧がかかったのだ。
踏ん張ろうにも満員電車。足幅を広げる隙間さえない。となると、どうなるか。当然将棋倒しのように、そのまま何人もの体重を受けて斜めに倒れた身体は、更に隣の人へ圧となってかかり。
あれ、一番下の人はあの時にはもう圧死していたんじゃないか?俺は比較的隣の車両に近い場所に立っていたから、受け止めた体重は十人分くらいだったと思うけど。でも、あの後更にガンッと何かに乗り上げたかなんかの衝撃があって、体が浮き上がって……。
最後は天井に頭をぶつけたか、それとも人か電車の天井か壁の下敷きになったかしたんだろうな。あれは、恐らくあの車両の人、どころかへたしたら何車両かの人全員死んだんじゃないか?世紀の大事故ってヤツだな。
あれ?でも、俺は恐らく死んだんだろうに、なんで意識があるんだ?まさか死んでないのか?
ふ、と気づいて辺りを見回すと、真っ暗で何も見えなかった。と、いうか目を開けた感覚もなかったし、手足を意識してみても、動く気配もない。
うーん?これは意識だけで彷徨っているのか?それとも三途の川でも渡っているのか?まあ、考えたってどうにもならないしな。とりあえず何も出来ないなら、待つしかないか。
そのままぼーっとしていると、気づくと何か温かな物に包まれていた。ああ、いや、恐らく魂状態の俺が、誰かの手にすくい上げられて手の平の上に乗せられたのだろう。見えないから分からないが、そんな感じだ。
「ふう……。やっと私に気づいたと思ったら、何でそう冷静なんですか?普通はもっと取り乱しませんか?」
ん?いや、別に冷静な訳じゃない。ただ、何も出来ないからぼーっとしていただけだ。取り乱したって、何も変わらないだろうし?というか、貴方はどなた様?
「……私は、魂の転生を司る部署の管理官の一人です。貴方はこの度、地球の日本で列車事故でお亡くなりになりました。因みに、同時に亡くなられた方は、五百七十八人です」
やっぱり大事故だったな。うん、あの事故じゃあ、何車両かは巻き込まれているだろうし。
「ええ。貴方のいた車両では、生存者は二人、だったと思います。隣の車両が五人、その隣が二十人、ですね」
ふんふん、じゃあ俺が居たのが一番被害が大きい車両だった、ということか。じゃあ、最後を覚えていなくてそこはラッキーだったんだな。自分がぐしゃっと潰れたところなんか、覚えていたくもないし。
「……貴方は、本当になんでそんなに平然としていられるんです?こうして管理官として個人と対面する機会はほとんどありませんが、大抵の方は不慮の事故で亡くなると、しばらく茫然自失するか、取り乱して発狂するかですよ」
おお、じゃあ、死後もこうして個人の意識があることは、イレギュラーなことではなかったってことか。ああ、良かった。ちょっとだけ、俺だけがこうして彷徨っているのかな、なんて思ってたんだよな。まさか、そんな小説や漫画じゃあるまいし、平凡で取り柄もない俺が特別な存在、とかそんな訳ないもんな。
ああよかった、よかった。
そう、疑問が解決してスッキリとしていると、またじっとりとした視線を感じた。
「……ふう。もう、いいです。因みに、確かに死後すぐに自我は喪失しませんが、あなたは魂の管理の列からこぼれ落ちてしまっているんです」
は?なんだって?
それから説明してくれたところによると、魂は死んだ順に魂の管理室へと集められるそうだが、同時に五百七十八人死んだからか、どうやら俺はその管理室からはじき出されてこの世界の狭間と呼ばれる空間を一人で漂っていたそうだ。
そのことに気づいて、この魂の管理官が来てくれたそうだ。
うん、ありがたい。このままぼーっとしていても、その内自我は消えそうだけど、それまでの時間で気がおかしくなるかもしれなかったからな。
なんでそんなことになったのか、というと、考えられる原因としては、俺の魂は元々地球の物ではなかったから、だそうだ。
なんでも地球の人口増加で、地球での魂の循環だけでは魂の数が足りなくなった。なのに人口の増加は止まらずにどんどん生まれるもんだから、この狭間を通って他の世界の魂の管理室から魂を吸い取っているのだそうだ。
まあ、確かに日本では少子化が問題になっていたが、世界としてみれば人口増加の一途を辿っていたんだよな。アフリカだってNPO団体やら何やらの国際組織の助けで、死亡率は下がっているんだろうし。
そんな状況だから、地球の人でも魂は元々異世界人、というのは珍しくないらしいが、俺が一人だけここを漂っている原因としてはそれくらいしか考えられないそうだ。
で、地球がどんどん異世界から魂を吸い取るから、元の世界の人口は減少傾向にあるそうで、俺の魂の元々の世界もかなりやばい状態なんだそうだ。だから、この際だから俺には元の世界に戻って、そこで転生して欲しい、と言われた。
まあ、転生する時には当然ながら今の俺の自我も無くなるそうだから、別にそれはいいかな。どこで生まれようと、俺には支障はないしな。うん、了解。じゃあ、その、元の世界の魂の管理室へ連れて行ってくれないか?
「……本当に変わった人ですね。もう何千年も管理官をしていますが、貴方のような人は久しぶりにみましたよ。でも、元の世界へ戻っていただけるのは助かります。本当は他の魂も元の世界へ戻したいのですが、そうなると地球の魂が不足して、また他の魂を引き寄せることになってしまうので、頭の痛い問題なんですよ」
それは堂々巡りだな。まあ、俺一人が戻ったところで問題解決にはならないだろうが、地球も最近温暖化とか色々深刻な問題があったし。その内人口も大幅に減少するかもしれないしな。まあ、頑張ってくれ。
「ふう。……斎藤樹さん。では、魂を転送させていただきます。魂の管理室でゆっくりと魂を休ませてから、次の生へ転生して下さい。……まあ、貴方ならば、それ程かからずに転生となるかもしれませんが」
ああ、ありがとう。見つけてくれて助かったよ。またな。
そうして管理官の手の両手に包まれ、これでその地球じゃない世界の魂の管理室へ送られるのか、と思っていると。
「あれ?ええっ!ちゃんと転送したのに、なんでまたこぼれ落ちるんですかっ!しかも、そこは狭間じゃ……!」
と、とても慌てた声を最後に、意識さえもブラックアウトしたのだった。
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