第1話

 今までの人生の中で一度でも本気になったことがあるだろうか。部活、勉強、趣味、何でも良い。即答できる人はとても幸せな人達だ。たいていは妥協や飽きがきて熱を失っていく。


 彼、武藤結弦もそんな本気を知らない一人だった。

 背伸びせず自分の学力に合った大学に行き、適当に友人とつるみ、道を外さないように生きてきた。むしろ、体育会系特有のノリや根性論みたいなものは恥ずかしいものだと思い遠ざけてきた。


 大学卒業後も難なく中堅の自動車メーカーの営業となり、このまま淡々と日々を過ごしながら人生を謳歌していくものだと思っていた。

しかし、時として神様は人生に難題を振りかける。


 勤めていた自動車会社のリコール隠しが発覚し一気に株価は暴落、その汚名をぬぐい切れずに会社は倒産の危機。大規模リストラすることとなり、結弦もその中の一人となってしまった。まだ働いて2年も満たずに会社から追い出され、現実感の無さから暫く茫然としていたが、働かなくてはどうしようもない。2年ぶりの就職活動を開始した。


 しかし、不幸なことにどの会社を受けても受けても連戦全敗続きであった。

アメリカの金融政策の失敗を日本市場も煽りをくらい就職氷河期ということもあったが転職コンサルトから事ある毎に言われたのは


 「本当にやりたい事はなんですか?」


 「熱意を全面に出していきましょう!」


という言葉だった。


 熱意ってなんだよ、本当に熱意ややりたい事のある人間なんてほとんどいないだろ。就職活動なんてはったりの応酬でいかに条件の良い職に就くことができるかが全てだと思っていた。ここにきて自分が避けてきた精神論に直面し、自暴自棄のような状態で受け続けたからか、遂には書類審査で弾かれることが多くなってしまっていた。


 そんなある日の深夜、自宅で発泡酒を煽っていたら、テレビから流麗な音楽が流れてきた。何が始まったのかと結弦が目を向けると、オールを持った少女がゴンドラを漕いでいるアニメが流れていた。普段の自分なら気にも留めずにチャンネルを回していただろうが、何故か吸い込まれるように見入ってしまった。


 優しい音楽にのせて少女がゴンドラを漕いでいく、水面はキラキラと美しく、イタリアのヴェネツィアを模したと思われる背景。その牧歌的な映像は傷心の彼の心に響いた。


 「アニメか……」思わず呟いていた。アニメを観るなんて中学生ぶりだ。今まで忘れていたが、中学生のときは18時からテレビ東京で放映していたSFやファンタジーアニメを楽しみにしていたなと思い出す。こういうのを熱意があるというのだろうか。


 スマホを開き求人検索サイトから「アニメ 仕事」と検索してみたら3000件程ヒットした。意外と売り手市場なのかと驚いた。中にはゲームセンターやアニメのグッズを扱うショップなども含まれていたが、「人気アニメの制作に携われる!」や  


 「学歴・経歴不問のアニメ制作進行職」などそれらしい会社もいくつか出てきた。


 自棄になっていたこともあるが、せっかく無職になってしまったのだから、その時はこのくらいの冒険はしても良いように思えた。


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