第14話
「今までは、家の方に切ってもらっていたんですか?
誰か散髪のできる方がいらっしゃるんですね。
昔は縁側で子供の髪を切ってくれるおかあさんもあったようですが、最近ではそういうご家庭も少なくなりましたよねえ」
のんびりと答えると、もうひとりが、
「おい、君、余計なことを言うもんじゃないよ」
と、遮るように言いました。
「ああ、そうか。ごめんよ」
言い出した少年が、頭を掻いて、素直に謝りました。
「最初に切ってもらった兄さんと同じにしてください。
ここにいる三人も、後から来る兄弟たちも、みんな」
鏡に向かった一人が言って、床屋さんはまたびっくりしました。
「一体、君たちは何人兄弟何だい?
兄弟じゃなくて、従兄弟か何かなの?
それにしても、よく似ているねえ」
おまけにその髪、と言いかけて、危うく床屋さんは言葉を飲み込みました。
珍しい髪を、気にしているかもしれないと思ったのです。
家で髪を切っていたのも、そのためではないでしょうか。
それなら、と床屋さんはまた思いました。
同じ髪をした親戚が、こんなにたくさんいてよかったじゃないか…。
髪を切り、しゃぼんを泡立ててひげを当たり、ひとりが終わるともうひとりが、そうして終わった少年が傘をさして帰っていくと、同じ傘を差した同じ髪をした少年がまたひとり、つぎは入れ代わりにふたり、そうしてさらに三人、四人…。
床屋さんはずっと立ったまま、すごい速さではさみを動かし、しゃぼんを泡立て、剃刀を使い、何回も何回もそれをくり返し、しまいにはもう、今座っている少年が何人目なのかさえ分からなくなって、世の中の人は本当はみんな、こんな赤い部分のある髪をしていたのじゃないかという気さえしてきたのです。
それなのに、体は少しも疲れなくて、逆に体の底からどんどん力があふれてくるのでした。
最後の一人の髪を切り終えたのは、もう真夜中で、いつもの閉店の時間をとっくに過ぎていました。
雨は少しも弱まらず、相変わらずざあざあと音を立てて降り続いていました。
「それじゃあ、ありがとうございました。
お代はまとめてここに置いていきますよ。
床屋さん、途中から、お代を取るの、忘れていらしたでしょう。
大丈夫、人数分、ちゃんとありますよ。
どうぞ安心なさってください。
今日は本当に皆がお世話になりました。
では、よく戸締りをして、おやすみなさい」
最後の少年は言いながら店の扉を押しました。
「おい、君、傘を忘れているよ」
床屋さんは雨の中を走り出した後ろ姿に向かって、慌てて声をかけました。
少年は雨の中を走りながら振り向きざまに叫びました。
「平気です。僕たちは雨が大好きなんですよお。
びしょ濡れのまま座ると、椅子が濡れて床屋さんが困るから、皆で使っていただけです。
だからその傘はお返ししますよお」
おやっと思って見てみると、傘の持ち手に斜めに二本、傷が走っていて、その上が指で押したように汚れていました。
「こりゃあ確かにうちにあった傘だ。
花模様のブラウスのおばあさんに貸したのと同じだ。
それじゃあ、あの後のお客さんは、みんなこの傘をかわるがわる差してきたってわけかい?」
(一体、どういうことだろう…)
床屋さんはきつねにつままれたような気がしました。
そのとき急に強い雨が扉を叩いたので、慌てて外に出ると、回転灯を片付けて、扉にしっかり鍵をかけました。
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