第13話

 ところが、その髪に触れて、床屋さんの手は驚きの余り止まってしまいました。

 髪は、染めたものではなかったからです。

 本当に、少年の言う通りでした。

 ところどころ赤い、長く伸びた髪は、染料で染まったのではない、生まれながらの自然な髪の毛でした。


(こんな髪は、これまで見たことがない…)


「見とれてないで、早くしてくれないかな。

 兄弟たちが順番を待っているんでね」


「…あ、はい。失礼しました」


 そう答えて、床屋さんは考えました。


(…兄弟だって?)


 では、その子たちもみな、こんな不思議な髪をしているのでしょうか。

 それに、兄弟たちが順番を待っているとは、一体、どういう意味なのでしょうか。


 床屋さんは頭の中を疑問で一杯にしながら、手だけは休みなく動かしていきました。

 ぼさぼさに伸び放題だった髪を手早く見栄えよく整えると、少年は、「ありがとう」と言って、ほとんど横殴りの雨の中を、防ぐように傘を斜めに差して駆け去っていきました。




「こんにちは、床屋さん。

 今度は僕らをお願いします」


 そのすぐあと、ひとつの傘に入って三人で来た少年たちは、やはり赤い斑入りの髪をしていました。

 そうして、顔だちも体つきも、出ていったばかりの少年ととてもよく似ていました。


「先ほど、兄さんがお世話になったようで」


「あ、ええ、確かに先ほど、お客さまによく似た方がいらっしゃいました。

 やはり同じように、ところどころ赤い御髪で」


 床屋さんがやや戸惑いがちに言うと、


「あはは…。

 驚かれたでしょう、この髪。

 僕たちは一族揃って、みんな生まれつき、こんな髪をしているんですよ。

 小さい頃は普通の髪なんですが、じきに赤い斑点がはいるんです」


「さようでございましたか。

 いや、何、さっき初めて見たときは多少は驚きましたが。

 さ、どうぞ、お掛けになってください。

 …さすが、ご兄弟だけあって、皆さんよく似ておいでですね。

 さ、あとのお二人は、ソファで雑誌でも読んでいらしてください」


 そう言うと、二人は珍し気に漫画の本を手に取りましたが、何度かパラパラとページをめくっただけで、すぐ本箱に戻してしまいました。

 まるで興味がわかないようでした。

 そうして、髪を切られている少年を眺めながら、二人のうち一人が言いました。


「僕たち、外で髪を切るの、今日が初めてなんです」


(おや?)


 床屋さんは思いました。


 さっきの少年も、今ここにいる三人も、もう高校生くらいに見えるからです。

 

 近頃の子供は背が高いから、もしかしたらもう少し若いのかもしれませんが、それではこれまでは誰に切ってもらっていたのでしょう。

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