第12話
入れ替わりに勢いよく入って来た次のお客を見て、床屋さんは思わずぎょっとしました。
その客―――二十過ぎたばかりに見える男の髪は逆立って、その先が髪の重みで自然に垂れていたからです。
「いらっしゃいませ」
声をかけながら、床屋さんは考えました。
(変わった髪型だな。
おそらくポマードで固めてあるんだな。
それならまず、洗髪していただかないと)
ところが、客の首にタオルを入れ込みながら、床屋さんはその髪に、ポマードどころか整髪剤すらついていないことに気がつきました。
(ずいぶん強(こわ)い髪だなあ。
長年、この仕事をしているが、こんな髪質を初めて見た)
お客の髪は、のびのびと威勢よく四方へ広がって立っています。
「お強い御髪(おぐし)ですね。
どのようにいたしましょう?」
「ええ、生まれたときから、こんなつんつんした髪なんですよ。
切りにくいでしょうが、お願いします。
このお店なら、と伺いましたんでね」
「それはありがとうございます。
で、今日はどのくらいお切りになりますか?」
「髪も多すぎるし、うるさくてね。
巧くやっちゃってください。
お任せしますから」
それで床屋さんは髪を櫛で強く引っ張って毛先を少しずつ切りながら、
「このくらいですか?」
「もう少し切りますか?」
「この辺りでいかがですか?」
と、何回も尋ねながら、ようやく客が満足するところまで短くしました。
お客はたわしみたいなつんつんした頭になって、店を出ていきました。
その後に、ぎいっと表の扉をきしませて次のお客が入って来たときも、床屋さんは少し驚きました。
高校生くらいのその少年の髪は、ところどころ赤く染まっていたからです。
メッシュなのでしょうか。
でも、メッシュは普通、ポイントに入れるものです。
それをこの少年は髪全体に水玉が散ったように入れているのです。
(おかしな染め方だな。
自分でやったのかしら。
それで失敗して、直してもらうつもりで来たんだろうか)
「いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ」
床屋さんは少年を椅子に導いて、白いタオルをかけ、白い上っ張りを着せました。
「いかがいたしますか?
カットですか?
それともお染めになられますか?」
「染めないよ、切るだけ。
それに、これ、染めているんじゃないだ。
地毛だよ」
「え?」
床屋さんは自分がからかわれているのだと思いました。
(まったく、近頃の若い人は、平気で大人を担ごうとして、すぐばれるような冗談を言うのだから…)
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