第4話 騎士の期待

 昼食を終え、まだ苦い顔を残すアランを横目にビオラは設計図を覗き驚いた。

一般の住宅にしては大きい。どこかの貴族や王族の別邸のような規模である。


「この家の建て主は貴族ですか?」

「貴族では無いが、騎士らしい。いいところの坊ちゃんかもな」

「かもなって、会ってないのですか?」

「仕事が忙しいらしくてな。最初の一回だけ、いろいろ要望を言われたくらいだ」


 いいところの坊ちゃんと言われたら納得できる。

 広い玄関に長い廊下、台所は使用人が使うのだろう、かなり大きく予定されている。

 そして、王都でも珍しい浴室。


 王都では魔力を持ち、中程度の【魔石湯沸かし器】を取付する場合は浴室が置かれている。

 しかし、これも高級品であるから、貴族以上だ。

 庶民の基本は水浴びや湯浴びである。


 冬場は肌が真っ赤になってしまうし、ひび割れや低体温症の原因にもなる。

 それを解消するために雷魔温水器を開発したのだが、思ったようにはいっていない。


 後、ビオラが気になるところがもう一つあった。

 【電気室】と記されたスペース。これは一般住宅ではまず見ない内容だ。

 この部屋は基本的に【雷魔石対応機器】が多く使われる大きな施設に施工される。例えば、役所や各職ギルドなどなど。

 

 【小さい雷魔石】や【中くらいの雷魔石】が基本的な一般住宅では部屋に直置きなのに対して、【大きい雷魔石】は専用の部屋を施工する。

 それは重量が重くなるため、部屋に補強を施すためや、使用電力量が増えるための電気が外に漏れないよう絶縁処理を行うためが大きい。

 その他にも、設備の更新、導入、管理の簡易化というメリットも持つ。

 

 ただ、違和感を感じるのはやはり、これが一般住宅であるということ。


「なぜ電気室を?」

「ああ、建て主が大のハウスマン製品愛好家でな、今後も設備が増えるだろうからと【大きい雷魔石】の設置を懇願しているんだ」


 ハウスマン製品愛好家という名称をビオラは初めて聞いた。

 一定数、ハウスマン製品を支持してくれている人はいる。目の前のアランはその筆頭だ。

 だが、愛好家とまで明言する人にはビオラはまだ出会ったことが無かった。


「珍しい人ですね」

「珍しいな。今回は、俺が提案するよりも前に希望してきたからな」

「それは一体どんな方なのでしょう?騎士でしたら名の通った人では?」

「うーん……」


 アランの決まりの悪い様子にビオラは目を眇める。

 彼にしては珍しい。いつもはこういったことは堂々と話すタイプであるのに。


「実は、口止めされているんだ。まぁ、騎士様の新築となると色々噂が広まるのも嫌がってるみたいでな」

「でも騎士と言いましたよね?アランさん」

「そ、それは、つい……。これ以上の詮索は止めてくれ!」


 拝むように懇願するアランにビオラはじーっと見つめる。

 少し強引に行ってみようと思ったが、どうにもアランは折れる気配はない。


「分かりました。建て主様のご希望なら、設備屋は何も言えませんね」

「設備屋って、ビオラは魔導具師だろ……」


 アランはほっとした様子を見せる。


「それで、お話の内容はこれですか?」

 

 ビオラとアランが足を運んでいたのは、浴室の裏側にあたるところ。

 壁が無く、基礎の形と設計図の図面のみであるが、浴室の広さが伺える。

 そして、壁になるところの外側に1㎡ほどのコンクリート床が敷かれている。

 それは明らかに何かが置かれ、強風や地震で倒れないように補強される場所であった。

 浴室の裏手になり、ここまでしっかり補強する設備といえばビオラの知る物は一つ。


「温水器ですか?」

「そうだ」

 

 雷魔温水器。現在商会ギルドから改善を迫られている住宅設備。

 父の遺産であり、電熱棒についてはビオラが大きく関わっている。

 電気の抵抗で発熱、【電熱棒】と名付け遊んでいて火傷をした。

 父にはたくさん怒られたが、その後に電熱棒と風魔石で温風機ドライヤーの基礎を開発したりした。


「しかし、改善案も出てないので設置は厳しいかも……」

「いや、建て主は雷魔温水器を希望していない」

「は?」


 ビオラのよく眇める目が真ん丸に見開いた。

 雷魔温水器を希望していないのなら、なにを置くのか。

 魔石湯沸かし器を奥にしてはコンクリート床が大きすぎる。


「それはどう言う……」

「建て主様は、ビオラの新しい温水器の開発を希望しているらしい。もっと、安全で、消費電力が少ない画期的な温水器を」


 それは余りにも勝手な要求に感じた。

 ハウスマン工房にとっては雷魔温水器の発展に力を入れているのに、ここの建て主は次世代の温水器を開発しろという。

 まだ、発想もない状態で、今から。間に合うはずが無い。


「間に合いませんよ?」

「俺も言ったさ。でも、ハウスマン工房の若社長ならやってのけるって言いやがってな」


 なぜだろう。アランも期待しているぞという目で見ている。

 それに会ったこともない騎士がそこまでビオラに太鼓判を押す理由を考え首を傾げる。


 魔導具の開発はとても時間がかかる作業だ。

 色々な素材や構造を試し、失敗を繰り返す。

 場合によっては虱潰しのように、毎晩毎晩寝る間も惜しんで試す。


 それでやっと、出来るか出来ないかを知るのだ。

 効率化や安全化はその次である。


「えーっと……。いつまでに?」

「この家が完成するまでに」


 滅茶苦茶なことを言ってくれる。


「あと、その騎士から……『期待している』だと」


 期待している。何様か。

 ビオラは大きく息を吸って、同じ量を吐く。

 そして、腕を上げ背筋を伸ばし、昼食後を襲う睡魔を跳ねのける。


「わかりました。やってやりましょう。間に合わなかったらアランさんも一緒に頭を下げてくださいね」

「いいよ、俺も楽しみにしてるんだ」

「はぁ……、また苦難が増えました」


 こうして、ビオラは雷魔温水器の改善から、新型の温水器の開発へと仕事の難易度が上がったのであった。

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