第61話 災い転じて福となす

「私、また何か怒らせるようなこと言ってしまったのかしら?」

「いや、むしろ良くやった。里桜」


 俺たちの会話を聞いて、さーやさんは、ついに涙を流しながら笑っている。

 その後は戻ってきた美鈴さん、佑と片山も合流して、みんなでのどかな一時を過ごした。


 バーベキュー大会も後半戦。スモアを焼くのは佑と俺でやるからと、美鈴さんにビンゴ大会の司会を頼んだ。最初は嫌がっていた美鈴さん、佑が自ら作った最初のスモアを差し出すと、あっさりOK。

「ちゃんと私の分、とっておいてね」

 可愛く拗ねる美鈴さんに、佑の目が優しくなる。

「もちろん。安心してください」


 なんか見せつけられた気分だ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブじゃないか!


 すると、どこからともなく酒井が戻ってきて、今度はプレゼンターの役をかって出た。どこかに隠しマイクでも付いているのかと一瞬焦る。

 ま、そんなことは無くて、単にそろそろビンゴ大会をやるだろうと思って戻ってきただけらしい。そして自分が目立てる機会は決して逃さない徹底ぶりに思わず舌を巻く。

 ビンゴボールを取り出すのはさーやさんにお願いした。


 聖女の司会ということで、ビンゴ大会は予想通りの盛り上がりだ。景品も色々工夫して集めた豪華賞品が入っていて、なかなかに好評。

 でも一番の魅力は、それぞれの商品にペアチケットが付いているところ。それは水族館だったり、映画だったり、色々だけれど、あの手この手で入手したチケットを出血大サービス。

 きっとこれで、誘いたい人に声をかけやすくなるんじゃないかな。一応このバーベキューの目的は、合コンだからな。


 そんな中、美鈴さんの手をツルりと抜け落ちたビンゴボールがあった。急いで拾って手渡す里桜。


「すずねえちゃん、はい」

「ありがとう。里桜」


 その様子を目ざとく見つけた酒井。

「あなたね。朝比奈さんに、そんな気安く……え! すずねえちゃん?」

「あ」

 里桜は慌てたように口を告ぐんだ。公の場だからとずっと気を張っていたのに、思わずポロリと出てしまったようだ。


「え? 朝比奈。朝比奈」

 酒井の奴、美鈴さんと里桜を交互に指さしながら連呼している。

 お、やっと気づいたらしい。俺は意地悪い顔をしながらその表情を見た。


「え! えええええ」

 その声に、みんなの視線が一斉に酒井に注がれた。

 念願叶って注目されて良かったなと言う皮肉は心の中だけにする。


「どうしたの? 酒井さん」

 美鈴さんも驚いて番号を読む手を止めた。


「い、いえ」

 慌てて下を向いた酒井。恥ずかしそうに赤くなっていて、流石に可哀想かも。

「大丈夫?」

「はい……大丈夫です。続けてください」


 ビンゴ大会終了後、酒井はもう俺たちに近づいて来なかった。



 スモアを頬張って嬉しそうな里桜と美鈴さん。並んでいると癒しオーラが漂ってくる。そんな二人を見るみんなの目が、優しいまなざしに変るのを見ていると、自分のことのように嬉しくなるから不思議だ。


 みんなの前で宣言したわけではないけれど、ビンゴ大会の後、じわじわと二人が姉妹だということが伝わったようだ。最初は二人を見て大げさに驚く人、意味深に頷く人。色々いたけれど……


 でも、気づいているかな。里桜。

 みんなの視線。驚きとか羨ましいなという瞳はあれど、可哀想になんて瞳は一つも無いってこと。

 『聖女の妹』と言われても霞まないくらいの光を、君ももうちゃんと持っているんだよ。



 楽しい時間はアッと言う間に過ぎて、バーベキュー大会もお開きの時間になった。

 飲んで大騒ぎしていた連中もいたけれど、最後は協力して片付けが進んでいく。

 今年も良いバーベキュー大会だったと胸を撫でおろした瞬間、ガシャンと言う大きな物音が空気を切り裂いた。一気に緊張が走る。

 何事かと振り向いてみれば、火消途中の炭を取り出そうとして手元が狂って吹っ飛ばしてしまった奴がいた。それが運悪く佑の腕を直撃。焦った加害者がトングを取り落とした音が響いたのだった。


「すみません! 重原さん。大丈夫ですか!」

「いや、大したことないから、大丈夫だよ。ちょっとかすっただけだから」

 痛そうな顔を即座に笑顔に変えて、佑が相手を安心させようとした。


 その時、素早くカキ氷用の氷を持って駆けつけた女性。もちろん美鈴さんだった。

そして、自分のハンカチを取り出して氷をくるむと、素早く患部に当てた。

「たっくん、大丈夫?」


 あっけにとられた周りの反応。


 たっくん?


 佑の奴、普段は『たっくん』なんて呼ばれていたのか?

 いや違うらしい。当の佑が一番驚いた顔をしているじゃないか。


「あ……の、あさひ……美鈴さん?」

「ちゃんと冷やしておいた方がいいわ。大事にならないように」


 美鈴さんは気づかずに手当に必死だ。


「すみません。美鈴さん。軽くぶつかっただけだから大丈夫です。それよりも……その、呼び名が……」

 おずおずと小声で言った佑に、ようやく美鈴さんも自分の言動に気づいたらしい。


「あ!」と声をあげると、いつもの落ち着きはどこへやら。アワアワと赤い顔になると、佑の腕に氷を更にぎゅっと押し当てた。


「あ、ありがとうございます」

 佑も赤い顔で氷を抑える美鈴さんの手に視線を落とした。


 なんだか、凄く甘い二人だけの世界が出来上がっているな。

 周りの物音が一気に消えた。みんなシーンと二人を見つめている。


 しばらくして、ようやく周りに気づいた二人。はっとした顔をして、ますます恥ずかしそうに俯いた。

 が、佑は意を決したように美鈴さんに尋ねた。


「美鈴さん、みんなに言ってもいいですか?」

 真剣な瞳。

 この言葉には二重の意味が込められているはずだ。みんなへの告知という意味よりももっともっと重大な意味。

 美鈴さん本人への最終意思確認。このまま正式なお付き合いに進んでもいいのかどうかを。


 顔を上げた美鈴さん、力強く頷いた。二人の視線がまっすぐに重なる。

 佑の顔が一瞬泣きそうにクシャリと歪んだ。それを誤魔化すように無理やり笑顔になる。そしてゆっくりと、みんなの方へ向きを変えた。


「あー、みんな。驚かせてすみませんでした」

 何も言わずに、続きを静かに待つみんな。


「実は……美鈴さんと俺、お付き合い始めました。みんなの憧れの人と付き合えて、俺、今天にも昇るくらい嬉しいんです。だから……応援よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げた佑。一緒に頭を下げた美鈴さん。


 相変わらずシーンとしたオーディエンス。


 突然の出来事に、みんな思考がついて行ってないようだ。でも……


 パチパチパチ!

  

 里桜と俺が同時に拍手を始めた。それにつられるように、みんなの拍手が大きくなる。そして一気に歓喜の声が上がった。


 遂に聖女を落とした男がいた!


 考えてみれば、この告白は危険もはらんでいた。

 佑に嫉妬の目が向けられる可能性だってあったんだ。主催者のくせに美味しいところ搔っ攫ったと責めたくなる輩も出かねない状況。


 でもさ、今日の功労者二人が、こんな風に清々しく頭を下げている姿を見たら、そんなこと言えるような奴なんていないよな。

 寧ろ反対だった。合コン成功、快挙みたいな高揚感が、その場に広がっていったんだ。良かった。本当に良かったと胸を撫でおろした。


 嬉しそうに顔を上げた二人。その清らかな笑顔に、みんなの興奮もMaxになる。


 二人の幸福にあやかりたいと、みんなが素直な祝福の言葉を贈り続けていた。

 


 






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