第60話 俺の彼女だから
「朝比奈さん、こちらへどうぞ」
手を取らんばかりの勢いで、美鈴さんに席を勧める酒井。
座っていた岩橋と安藤も慌てて立ち上がって挨拶している。美鈴さんはにこやかに応えてから、佑を振り返って微笑んだ。その目は『準備を始めましょう』と言っている。見つめる佑も微笑み返した。『よし! 始めよう』と。
「酒井さん、お気遣いありがとう。でも、バーベキューの準備をどんどん始めないと。みんなが来てしまうわ」
「そんな、朝比奈さんはゲストです。ここでゆっくり待っていてください」
「あら、私手伝うの楽しみにしてきたの。一緒に焼かせて欲しいわ」
「は、はい!」
美鈴さんの一声で、三人が動き出した。
直ぐに片山とさーやさんも合流。美鈴さんの存在が、こんなにみんなのやる気に火をつけるとは、流石だなと思った。
最後のバーベキュー大会ということで、今年は参加者が多かった。下は今年の新入生から、上は美鈴さんの三つ上の代まで。それなりに広い年代で総勢六十名近く。
最初は仲間内十人くらいで始めたイベントが、こんな大きな集まりになったのは感慨深い。佑が日頃からみんなに声をかけてまとめてきたからこその、若手の繋がりなのだなと思うと、佑の存在が大きく見えた。
そんな参加者みんなが一様に驚き喜んだところを見ると、酒井の反応は別に特別なことでは無かったようだ。
聖女降臨!
どうも今回の一番の目玉のようになっている。
当の美鈴さん自身はそんなことを気にする様子もなく、せっせと俺たちを手伝ってくれて、一緒にお野菜を焼いてくれている。
俺たちと違って汗もかかず爽やかなのは、やっぱり聖女だからかな。
いつもと違って、肉より野菜の売れ行きがいいのは絶対に美鈴さんのお陰だよな。
その美鈴さんの横にぺったりと張り付いて、同じように愛想を振りまいている酒井。拍子抜けするほど毒気が無い。
なるほど。そう言うことか!
美鈴さんの横にいると、その清らかなオーラに包まれて酒井まで優しく見えてくる。その効果を存分に生かして、自分の株を上げようって魂胆か。なんと計算高いんだ。と気づいているのは、きっと俺くらいだろうな。
まあ、あいつの本性を知っている奴は少なそうだから、騙されてくれる奴もいるだろう。さっさと彼氏を見つけてくれ。
佑と俺は一緒にひたすら肉を焼いていた。その隣の鉄板では、片山と岩橋が焼きそば大臣をかって出てくれて、六十人分の食材を焼きまくっていた。
他にも焼き鳥担当、焼きもろこし担当。有志の連中が快く手伝ってくれている。
こちらは暑くて煙くて、汗だらだらでやっていたのだが、向かい側は涼し気だ。
里桜とさーやさんが、一緒に仲良くカキ氷を作っている。
淡雪のような氷の山が次々と生み出されていて、こちらも大人気。
ついでに聞こえてくるみんなの会話に、俺は密かに耳をそばだてていた。
「カキ氷作っている二人可愛いよな」
「秘書室の卯坂さんだろ。俺狙ってたんだけどなー。最近人事の片山と付き合い始めたらしいぜ」
隣の片山のクールな眼鏡面がドヤ顔に変化した。この二人は付き合い出して直ぐにみんなにも言ったらしいから、それなりに広まっているんだろう。
「もう一人の女の子は見ない顔だな」
「そうだな。どこの部署かな?」
「合コンで会ったことないな」
ふむふむ。君たち、今頃里桜の魅力に気づいたのか。ちっち! ちょっと遅かったな。
俺は内心鼻高々になる。
少し前までは緊張で大人数のイベントが苦手だった里桜。当然のことながら、ほとんど参加したことが無い。
でも今は、さーやさんと自然な笑顔で話しながら、楽しそうに過ごしている。
なんか俺の方がジ~ンとしてしまったぜ。
ようやくみんなにも里桜の魅力が伝わったようだな。
でも……なんかモヤモヤする。
早く言いたい! 俺の彼女だって。
でもどうやって?
「こら、そこの酔っ払い。しつこいわよ」
さーやさんの可愛らしけれど、ぴしゃりとした声が会場に響いた。
何事とみんなの注目を集めた瞬間。さらに言葉が。
「里桜と付き合いたいなら、彼氏の柿崎さんと果し合いする覚悟をもってかかってらっしゃい!」
え!
みんなの視線が、今度は俺に集中する。
「あ、ごめんなさい、柿崎さん。果し合いじゃなくて、話し合いね」
テヘペロっとしたさーやさん。
いや、そこはどうでもいいから。そんな事より、この集めた視線がなんだか恥ずかしいんですけど。
いや、そんなこと言っている場合じゃない。
これは願ってもない好機!
よし! 決めてやるぞ。
俺は手を拭いて彼女たちのところへ歩み寄った。
事情を聴けば、里桜のことを見初めた男がしつこく声をかけていたらしい。
そりゃあ、里桜は可愛いからね。って、そんな自慢している場合じゃないだろ。
まだまだ他の連中と話すのは苦手な里桜が固まってしまったところを、さーやさんが華麗に助けてくれたらしい。
グッジョブ! さーやさん。
言われた男、酔っぱらって調子に乗ってしまったみたいだ。でも可愛いさーやさんに怒られて、シュンとした顔をしている。
「俺たち付き合っているんだ。里桜は俺の彼女だから、あきらめてくれ」
「あ、は、はい。すみません」
次の瞬間、さざ波のように拍手が巻き起こった。
え?
「柿崎さん、かっこいい〜」
「かきじんおめでとう!」
「なんだよ。こんな可愛い彼女いたなんて、ずりーな」
様々な、中には手荒いとも言える祝福を受けて、俺は照れくさくも嬉しくなる。さーやさんに引っ張られて里桜と並べば、結婚式の主役のような、妙な感覚に襲われた。
真っ赤な顔で俯く里桜。心臓大丈夫かな?
俺はさり気なく彼女の背中に手を添えた。安心させるように。
こうして、俺の『里桜は俺の彼女だ』宣言計画は無事完了したのだった。
いや違うな。全部さーやさんのお陰です。感謝しています。
そんな俺たちを嬉しそうに見つめる美鈴さんと佑の眼差しにも感謝。
一方で、俺たちを憎々し気に見つめる酒井の目を見つけた。
うわー。嫉妬が駄々洩れているぞ。
一通り焼き終えて、俺たちも休憩タイム。
参加者たちはビーチバレーをしたり、海に泳ぎにいったり、それぞれに楽しんでいた。後は美鈴さんお勧めのスモアとビンゴ大会だな。
一応、合コン目的もあるからな。互いに知り合って交流を深めてくれるきっかけになればいいなと思う。
里桜とさーやさんが食べている横に座ろうとして、嫌なものが目に入った。
酒井だ。なんでここに? と思ったけれど、その横に座る美鈴さんを見て納得。
美鈴さんに合わせて柔らかな笑みを浮かべているのが不気味にしか見えない。
案の定、美鈴さんが用事で席を外すと、態度が一転した。
「かきじん、さっきの『僕の彼女宣言』めちゃくちゃ気障。よく恥ずかし気もなくできるな~って思っちゃった」
「別に、事実なんだからいいだろ。お前も早くいい人見つけろよ」
「大きなお世話よ」
「こんなところで油を売ってないで、声をかけに行けばいいじゃないか。うまくいくと思うぜ」
「ええ、当然。食べ終わったら行ってくるわよ」
「がんばれよ。健闘を祈る」
ムッとした酒井。今度は里桜に視線を向けた。
「ところで、あなたたちどこまでいってるの?」
「どこまで?」
一瞬きょとんとした里桜。
お前、またゲスイ質問をするなよな!
慌てて口を挟もうとしたら、期待を裏切らない回答をしてくれる里桜。
「ああ、一緒に鎌倉に行ったことありますよ」
横でさーやさんが吹き出した。
酒井はやっぱりと言う顔をする。
「そう言うことじゃなくて、キスとか……寝るとか」
「キ、キス!」
「そう」
「あ……」
里桜の顔が真っ赤になる。正直者は隠せないらしい。恥ずかしそうに俯くのを見て酒井は探るような目になった。
「ふーん。キスくらいはできたのかしら。良かったわね」
「……あの……どちらも……」
「……」
今度は酒井が絶句する番だった。
へ! ざまあみろと思う。
まあ、本当は『寝る』の意味が全く違うけれどな。でも酒井が里桜の言葉を誤解しているだけでも気分がいい。
「なによ。虫も殺せないような顔して案外大胆なのね」
酒井は「やってらんないわ」と言いながら席を立った。
俺の視線と合うと、「いやらしい」という口の動き。
け! 何がいやらしいだ。そんなこと聞くお前の方がよっぽどいやらしいだろうが。
里桜はますます赤い顔をして、さーやさんは声を殺して大笑いしていた。
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