第59話 姉妹の思い出

 前日、俺は佑の家に泊まった。で、二人で食材を車に詰め込んで、朝比奈家経由で葉山へ向かうことになっている。と言ってもバーベキューのメイン食材は『慈海荘ちかみそう』で用意してもらっているから、俺たちが準備するのはつまみとか、お菓子とか酒なんだけどな。あ、そう言えばかき氷器も持って行こうって言ってたな。後、ビンゴ大会の景品だな。


 里桜も実家に泊まって、姉妹で一緒に待っていてくれる段取り。

 俺も佑も緊張と興奮で、ちょっと眠りづらかったけれど、運転しなくてはいけないので、軽く飲んで早々に布団に入った。


 次の朝早く。

 もうすぐ着くとLineしておいたので、姉妹は家の玄関のところに出ていてくれた。

 二人ともいつもとは違うジーンズ姿。バーベキューで汚れても気にしないように、シンプルなTシャツ姿がとても新鮮だった。

 もしかして同じデザインの色違いかな? まあ、無地だから並ばないとわからない程度だけど。

 そんなところにも二人の仲の良さが伝わってきて、佑と俺は嬉しくなった。

 思わず二人でほっとした表情を交わし合う。

 

 ところがいざ車に乗り込もうとしたところで、美鈴さんがくすくすと笑いだした。

 そういえば、里桜の荷物が妙に大きい。

「すずねえちゃんたら、もう」

 珍しく里桜がむくれたような顔をしている。でも、なんか、自然な表情でいいな。


「だって、いつもながら荷物が大きくて」

「知ってるくせに」

「そうなんだけど、心配し過ぎ」


「どうかしたの?」

「別に……着替えを多めに持って来ただけです」

「そうなんだ」


 きょとんとした俺を見て、美鈴さんが解説してくれる。


「りお、子どもの頃に家族でキャンプに行った時、バーベキューソースを被ったのがトラウマなの。びっくりしちゃっただけなんだと思うんだけど」

「だって、お肉にかけたはずのソースが胸にバシャーってかかって、お気に入りの洋服が茶色くなっちゃって悲しかったんだもの」

「それからバーベキューに行く度、着替えが無いと安心できなくて。今も変わらないのね。懐かしいな」


 姉妹の昔話。聞けた佑と俺は微笑ましい気持ちになる。

 それに、話している二人の表情も柔らかい。拗ねている里桜の表情もなんだかんだ言いながら嬉しそうだしな。

 今はとても穏やかな姉妹の会話。でも少し前まではギクシャクしていて、懐かしい子どもの頃の思い出に浸る余裕すらなかったのかもしれない。

 本当に良かったと、心から思った。そしてふと思いつく。

 

「もしかして、バーベキューの話をした時、里桜が一瞬顔をこわばらせたのって、それが理由?」

 里桜の瞳が大きくなった。

「え、私そんな顔していましたか?」

「まあね。で、『ただ』のセリフの後は、荷物が大きくなるけどごめんなさいってところかな」

 アワアワしている里桜。ドヤ顔の俺。

 周りからみたらさぞ滑稽だろうな。でも、美鈴さんは嬉しそうに言ってくれた。

「柿崎さんは、里桜のこと、スッゴク良く見てくれているのね。里桜、良かったわね」

  

 いや、そんな風に言われると照れる。

 里桜もますます赤い顔になって俯いた。


「でも……すずねえちゃんだって大きな荷物だよね」

 突然の里桜の反撃に、美鈴さんの目が大きくなる。

「あ、バレてた」

 こっそりと門柱脇から持ち上げたのは、大きな買い物袋。中には、チョコとマシュマロとグラハムクラッカーが山のように入っている。

「スモアをやらないとバーベキューが終わらないもの」


「「スモア?」」

 佑と俺が顔を見合わせていると、美鈴さんが説明し始める。

「スモアは『some more(もう少し欲しい)』の短縮形。アメリカやカナダでは、キャンプファイヤーの時の定番デザートよ」

「すずねえちゃん、大好きなんだよね」

「そ。これが無いと終われない」

 会社では決して見せない美鈴さんの子供っぽい表情。


 あれ? そう言う表情になると、やっぱり里桜と似ているな。そんなことを思いながら佑に視線を移してみれば、呆けたように鼻の下を伸ばしている。

 思わず吹き出した俺につられて、里桜も美鈴さんも笑いだした。

 佑だけが、『え?』と言う表情で戸惑っていた。



 最初は佑が運転して、俺が助手席。後ろに朝比奈姉妹。

 

 出発直後は微妙な沈黙が続いていたけれど、佑が用意したノリの良い音楽が間を持たせてくれて、少しずつ、少しずつ、慣れてくる。

 そして感じる居心地のよさ。昨夜の緊張が嘘のように溶けていく。

 居るべき場所を見つけたような安心感が俺を満たしてくれた。


 実は俺、さり気なく美鈴さんの佑への視線を観察していた。運転している佑は振り返れないからな。でも心配は無用だった。

 美鈴さんは気配り精神の塊で、地図を確認したり、時間を確認したりしてさり気なく佑に声をかけている。

 そして、そのまなざしに溢れているのは佑への揺るぎない信頼。

 

 これはもう絶対、美鈴さんも佑が好きだよな。

 里桜も同じようなことを思っていたらしく、二人で思わず笑い合った。



 予定よりちょっと遅れて『慈海荘ちかみそう』に到着。

 すると管理人のご夫婦が二人で迎えに来てくれた。ちょうど一仕事終わったところだからと言いつつも、本当は今日のバーベキューのことを気にかけてくれているのだと思う。毎年お世話になっていたからな。とうとう今年で最後だ。

 一抹の寂しさを抱えつつ挨拶をすると、嬉しそうに肩をたたいてくれた。そういえば、佑も俺もかわいがってもらっていたんだよな。まるでご夫婦の子供のように。

 まあ、一番は佑の人懐こさ、一生懸命さにおばさんたちが惚れ込んでくれたのが大きかったんだけどな。



「もう一組到着しているわよ」

 片山とさーやさんかな? それとも佑のところの後輩、岩橋と安藤かな? 彼らにも手分けしてお酒の調達を頼んであったからな。


 みんなでクーラーボックスを運んでテラスへ出ると、バーベキュー鉄板の横へ荷物を置いて寛いでいる人影が。岩橋と安藤だ。そしてもう一人。

 振り向いた女性、驚いたようにこちらへとすっ飛んできた。


 げ! なんで酒井?


 無防備に酒井に話しかけに行きそうになる里桜を、とっさに押しとどめる。が、酒井は軽く会釈しただけでスルリと通り過ぎた。思わずほっとする。

 

 酒井がその視線の先に捉えていた人物。 

 それは、美鈴さんただ一人。


「朝比奈さんもいらっしゃってくださるなんて、初めてですよね。嬉しいです」

「お邪魔します。毎年楽しそうだなと思っていたんだけど、なかなか参加できなくて」

「いえいえ、朝比奈さんは忙しくていらっしゃるから」


 なんかいつもと違うぞ。目がキラキラしてブリブリしている。

 美鈴さんの横の佑もあっけにとられたように眺めていた。


「酒井さんも早くからお疲れ様ね」

「お、恐れ多い! 私の名前まで覚えていてくださるなんて」

「ええ、だって総務でいつもお世話になっていますから」


 一人で盛り上がっている酒井。どういうことだ? 美鈴さんのファンってことか? 

 

 ふーんと俺はちょっと意地悪い顔になった。

 里桜が美鈴さんの妹と知ったら、こいつどんな顔をするのかな。これはちょっと楽しみになってきたぞ。



 

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