第62話 突然のお泊り
「お疲れ様でしたね」
みんなが帰った後、最後まで残った俺たち四人に、『
「なんだかんだ準備ばかりで、あなたたちちゃんと食べれ無かったでしょ」
「いえ、そんなことは無いですよ。でもお気遣いありがとうございます」
美鈴さんが恐縮したようにそう言うと、おばちゃんは目を細めて嬉しそうな顔になる。
「シゲちゃん、良かったわね~。こんな美人な彼女が出来て」
麦茶を飲んでいた佑が咽て慌てていると、すかさず美鈴さんがおしぼりを差し出す。息がぴったりだな。
「シゲちゃんは毎年幹事をやってくれてね。盛り上げてくれて、私たちも嬉しかったのよ。おかげで若い人たちにも使ってもらえる機会が増えていたからね。結局今年いっぱいで終わりになっちゃうけど、でも最後の年もやってくれて。本当にありがとうね」
「いや、おばちゃん、こちらこそ、いつも大騒ぎで迷惑かけてすみませんでした」
そんな佑のことを、美鈴さんが尊敬のまなざしで見つめる。照れて若干挙動不審ぎみの佑。俺と里桜は目配せして、良かったなと伝え合った。
「あなたたちお酒飲めなかったでしょ。ほら、どんどん飲んで」
「いや、車なので」
「お部屋準備しておいたから、泊まっていけばいいじゃない」
「お部屋?」
「予備部屋準備してあるわよ。安心して酔いつぶれちゃいなさい」
俺たちはなんとも言えない雰囲気で目を合わせあったのだが、その中で一人里桜だけがキラキラした瞳をしている。
え? もしかして、お泊り楽しみにしているとか?
で、俺、考えるよりも先に手が動いていた。
目の前のビールを一気飲み。
「あ」
佑が驚いたように声をあげる。
「悪い、佑。俺、里桜と泊まっていくわ。車よろしく!」
「え! ちょ、待てよ」
待てと言われても、もう飲んじまったから運転できないし。なんとなく、佑と美鈴さん二人にしてやりたくなった。
だって、ようやく晴れて正式に付き合いだしたんだぜ。しかも公認の仲。
今日の今日だからこそ、二人で話したいんじゃないかな。俺たちお邪魔虫だろ。
「じんさん、一緒に泊まってくださるんですか!」
里桜は案の定、無邪気に喜んでいる。
「私この海、まだ見たいと思っていたんです。泊まれたら朝日も見れるし。嬉しい。ねえ、おね……」
そこでようやく、里桜は俺の意図を理解したらしい。ハッとしたような顔をして、俺に頷いた。
「すずねえちゃん、私もじんさんと泊まっていきたいから、後はよろしくお願いします」
「里桜……まあ、着替えもあるから大丈夫ね」
最初はちょっと驚いたような顔をしていた美鈴さん、でもそう言って微笑むと俺のほうに向きなおった。
「じんさん、里桜のことよろしくお願いします。色々手がかかるでしょうけれど」
「え、すずねえちゃん酷い」
また里桜がぷっと頬を膨らませた。かわいい。
美鈴さんが何を心配しているのか、里桜はまだまだ分かっていないんだろうな。なんて言ったって、酒井に『一緒に寝た』と平然と言ってのけるくらいだからな。
「重原君もお酒飲んじゃって大丈夫ですよ。車私が運転します。一緒に帰りましょう」
うーん、二人きりにならないと『たっくん』は解禁されないようだな。
「え? 美鈴さんが運転?」
「こう見えて運転上手なのよ」
「いや、それは心配してないです」
「うふふ。これで行先は私の自由ね」
「え?」
でも、甘々なオーラは隠せてないな。
この二人もこの後、楽しめそうだなと顔が緩んだ。里桜もニコニコと二人を見つめている。どちらからともなく俺たちも顔を見合わせて、また無言で会話した。
『『良かった』』
佑と美鈴さんを見送ってから、おばちゃんに部屋に案内してもらう。
里桜が美鈴さんの妹と知ると、
「あらあら、シゲちゃんとじんくんは、将来義理の兄弟になるかもしれないのね」
と、勝手に妄想して盛り上がっていた。
ツインベッドとエキストラベッドが入っている広めの部屋。基本的に会社の保養所なので、ファミリー向けの作りになっているのだ。
「思ったより、ずっと広いです!」
里桜は大喜びで部屋を探検してから、窓を開けてベランダも制覇した。
里桜に先にシャワーを浴びてもらっている間に、俺はコンビニに買い出しに出た。着替えは後でコインランドリーで洗うとして、その間の下着が必要だからな。
服は浴衣を借りれば、まあ、なんとかなるだろう。
つまみと飲み物を探してぐるぐるしていると、ついつい目に入る男のマナー商品。思わず手を伸ばしてから逡巡する。
いや、あり得ないな。無理だ。出番は99.9%ないわ。
酒井をうまく騙した刃が、今度は己に返ってきた感じだ。
里桜だからな。うん。里桜だから簡単にはいかねえよな。
少なくとも、今日は無いな。それに、ここは会社の保養所。管理人さんは顔見知り。
……ちょっと気恥しいな。俺はトホホな気分になった。
勢いで泊まるなんて言うんじゃ無かったと今更ちょっと後悔する。
でも……腐るもんじゃ無いし。いくつあっても困るものじゃないし。マナーだし。
俺は0.1%の奇跡に備えて、買い物籠の中に放り込んだ。
その時、ふと花火が目に入った。あの浜は花火禁止じゃなかったはず。バケツを借りてやろうかな。きっと里桜も喜ぶはず。
入れ違いでシャワーを浴びて浴衣に着替えたら、里桜がぱあぁ~と目を輝かせた。
「じんさん! カッコいいです。浴衣似合います。『ザ・日本男子』って感じです」
何をもって『ザ・日本男子』かはわからないけれど、褒められて嬉しいのは当然のこと。
「里桜も浴衣にしたらいいのに」
「そうですね……そうしようかな」
ぴょこんとベッドから飛び降りると、クローゼットの中から女性用の浴衣を取り出して、洗面所へと駆け込んでいった。
しばらくして、ピンクの梅柄の浴衣を着た里桜が現れた。
「似合う。めちゃくちゃかわいい」
「あ、ありがとうございます」
頬を染めた里桜。いつもと違って、髪の毛をお団子にして結い上げている。
うなじが色っぽい。
ああ、もう食べてしまいたい。押し倒してしまいたい!
このまま見つめていたら、我慢できなくなりそうだ。
うなじに張り付いた視線を、必死の思いで引きはがした。とりあえず落ち着こう。
その時、一オクターブ跳ね上がった声が響いた。
「じんさん! 素敵です! 花火買ってきてくれたんですね」
テーブルに無造作に置いたままのビニール袋から里桜が花火を取り出している。
あ! その中には一緒に……
花火と共に、ポロリと袋から零れ落ちた例の物。里桜は無表情で袋の中に戻し入れた。
え! 気づいてない? それとも無視?
俺は悶々と考える羽目になった。どっちだろう?
例の物が何かわからなかった、あるいは気づかなかった。里桜なら大いにあり得る。だが、ほんの少しの可能性……じんさん、いやらしい! だったら、どうしよう。警戒されてしまうかもしれない。
そんな俺の焦りに気づかぬように、里桜が嬉しそうに隣へやって来た。
「じんさん、じんさん。早く花火に行きましょう!」
意を決して里桜の瞳を見つめる。
眼鏡の奥のキラキラした瞳。一点の曇りも無く喜びに満ちた眼差し。
ああ……予想通りだけれど、気づいてねえな。これは。
ほっとしたような悲しいような。
まあでも、花火でこんなにテンション上がっているからいいか。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」
そうして、二人で夜の浜へと繰り出した。
☆感謝 お泊りシーンのリクエストをいただきました☆
無月弟様より
『みたいシーン。お泊まり回でしょうか。
朝比奈さんは「柿崎さんと一緒にいられて楽しいなー」くらいに思っていますけど、柿崎さんは心臓バクバク。実は微妙に噛み合っていない二人の、眠れぬ夜です。
本当に泊まるだけの、健全なお泊まりなのですが、どうでしょう(#^^#)』
コメントより抜粋。
無月弟様 素敵なアイデアをありがとうございました!
本日と次回に分けて、お泊りで右往左往する臣と、ルンルン楽しんでいる里桜の様子をお送りできたらと思っております。少しでも笑えるようなお話になるといいなと思いながら書いております(^_-)-☆ 長い夜となることでしょう(笑)
無月弟様の作品を紹介させていただきます♬
『ハライヤ!』
ツインテールが可愛い高校生の知世ちゃんは、実は彷徨う霊を鎮め、成仏させる祓い屋さん。学業との両立は大変だけれど、除霊に恋に一生懸命向き合っています。
ホラーが苦手な人も大丈夫。知世ちゃんの優しさにほっこりし、その頑張りに思わず応援の声をかけたくなるはず。お勧めです。
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