番外編

迷路を彷徨う(酒井編)

「本当にバカップルなんですよ。もう見ていてイライラしちゃうんです」


 最近気に入って、時々一人で入るお店のカウンター席で、私はイケメンマスター相手に愚痴をこぼしていた。

 店名の『幸福フェリス』という名はちょっとぶっ潰したくなるけれど、酒蔵のような雰囲気は落ち着いていて居心地がいい。

 それになんと言っても、目の前の男。バーテンダー兼フロア主任の葉山さんがイケメンなのよね。

 カウンター席で葉山さんを見つめながら食べれば目の保養にもなるし、お酒も食事も美味しいし、何より女一人で入っても大丈夫だし。いいこと尽くし。

 優しい声で相槌を打ってくれる葉山さんについつい甘えたくなってしまって、ポロポロと本音がダダ漏れてしまう。


「こっちは一生懸命自分磨きしていても、直ぐに浮気されて散々な目に合っているっていうのに、おこちゃまみたいなぶりっ子が、めちゃくちゃ溺愛されているって、悔しくないですか。もう腹がたって運命を呪いたくなりますよ。そのうえ、美人の姉がいて、姉のご威光で今度はみんなにまで認められちゃって。本人は何の努力もしていないのに」

 あ~あ、あの葉山のバーベキューでの出来事から、なんだかやってらんなくなちゃっているのよね。気分最悪。

 あ、でも同じ葉山だ。目の前の葉山さん見て、記憶をイケメン色に塗り替えよう。葉山さんって、独身なのかな? いや、左手薬指に指輪が見えるわ。

 んもう。なんでいい男は既婚者なのよ! もう残っているのは屑ばっか。

 腹立つな~。何でうまくいかないんだろう!


「あの、お客様」

「へ。あ、は、はい」

 葉山さんに促されてレジへと向かう。柔らかな笑顔が、有無を言わさぬ声でこう言った。

「本日のお代は結構です。でも、今後当店への入店はお断りさせていただきますので、ご了承いただけたらと思います」


 へ? 何? 今なんて言った?


「そ、それはどういう!」

「ご利用ありがとうございました。それではお気をつけてお帰りください」

 背中を押されて店の外へ追い出された。


 はあ? 何この店! 接客態度最悪! 何様のつもり!

 ちょっとでもカッコいいなんて思ったのが間違いだったわ。

 最低の店。いいわ、そっちがその気なら、私にだって考えがあるわ。

 店のレビュー、めちゃくちゃ最低に書いてやるんだから!


 ひとしきり心の中で悪態をついていたら、涙が止まらなくなった。


 何よ! なによなによ。みんなして私を馬鹿にして。なんでこんな目に合わなくちゃいけないのよ。


 もう恥ずかしいとか周りからの目とか、そんなのどうでもよくなって、声を上げてボロボロ泣きながら歩いた。

 

 私の人生、いつからこうなったんだろう……


 大学生までは、そこそこのモテ人生だったし、それなりにがんばっていたはずよ。

 でも、一生懸命がんばったって、どれも一番になんかなれないし、学生時代から三年半付き合った彼には浮気された。


 それからかな。何をやってもうまくいかない。

 モテ女子の服装、お化粧の仕方、話し方、話題。色々色々勉強して、一生懸命真似しているのに、ちっとも素敵な女性になんかなれない。


 浮気されたトラウマは大きくて、不安で不安で仕方ないから、付き合った人に必死に合わせて、マメに連絡していたら、重いのウザいのと言われたの。

 頭きて次の彼には、わがままいっぱい言って振り回してやったわ。本当は愛を確かめるためだっだのよ。私を本気で好きになってくれているのか、不安で不安で仕方なかったから。でも結局、面倒くさい女って言われた。


 そうやって恋を重ねる度、不安は雪だるま式に大きくなって。結果は全敗。


 いつの間にか、わからなくなっちゃった。

 私って本当はどんな人だったのかな? まるで迷路に嵌り込んだようにグルグルするばかりで、ちっとも抜け出すことができないの。



 一晩泣いて目が腫れて、こんな顔じゃ会社行かれないわ。

 結局会社を休んでしまった。何もする気になれなくて、それでも昨日のことがどうしても納得できなくて、開店前の店に押しかけた。


 まだ明るい時間。準備中の札に構わずドアを押し開けた。


「すみません。まだ準備中なんです」

 振り向いた葉山さん。驚いたように目を丸くする。

「あの……」

「ああ、昨夜の」

「何で私のこと追い出したんですか。その理由を聞かないと納得できなくて」


 そう言った私のことを、憐れむような目で見てくる。

 その目よ。その目に何度晒されたことか。その目が何よりも私の心をえぐるのよ。


 何と言ったものかと少し逡巡した後、葉山さんは静かな口調で答えてくれた。


「昨夜のあなたは、延々と愚痴を話続けていたからです」

「別にお客が何を話そうとお客の勝手でしょ」


「うちの店はお客様に日頃の疲れを癒して元気になっていただく場です。ですがそのサービス内容に愚痴を聞くはありません。それは他所でやってください」

「愚痴を聞いてもらってスッキリして癒されるお客さんだっているはずよ」

「そういう考え方もあるかもしれませんし、あなたが一人だけのご来店ならそれもありかも知れません。でも、他のお客様もいらっしゃいます。他のお客様は、あなたの愚痴なんて聞きたくないですよね。だから、他のお客様のご迷惑になる方はお断りしています。昨夜のあなたは、少々声が大きかったので」

「お客様商売なのに、そんな選り好みしていて大丈夫なの? 評判落ちてつぶれるわよ」

「それはあり得ません。なんと言っても料理がいいから」

「はぁ? ものすごい自信ね」


 私はちょっと呆れてしまった。何なんだろう。その自信、この人のどこから湧いて来るんだろうか。そんな独りよがりの自信は、簡単に打ち破られてしまうものよ。

 そうして痛い目をみるのよ。私のように。


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