第55話 ミイラ取りがミイラになった(明花編)

 りおの部屋でいっぱい泣かせてもらったら、スッキリした気分になった。

 りおと出会えて本当に良かったな……しみじみとそう思う。


 さて、今夜はどうしようかな。

 いつもだったらパックしてさっさと寝る時間。何と言ったって、今は日曜日の夜。明日から一週間会社が始まるんだからね。体力温存しとかなきゃいけないはず。


 でも、今日はにしたくなかった。今まで我慢していたこといっぱいやっちゃおう。

 だって、本当の私は猪突猛進限界突破型! 

 だ・か・ら、久しぶりに完徹ゲームやろう!

 

 実は最近、こっそりゲームで絡んでやっているんだよね。片山に。

 あいつがいつも、自信満々で語るゲーム考察。

 面白いんだけどね、なーんか癪でもあって。


 あいつの目はどこまで正確に読めているのか、ちょっと試してやろうと思ったんだ。だから、こっそり絡んで、私だと気づくか様子を見ていたってわけ。


 ふふん! 気づくわけないよね~。

 私ゲームやっているなんて一言も言ったこと無いし。会社じゃオシャレにしか興味無いような顔しているし。


 まあ、普通のRPGゲームなんだけどね。片山が作ったパーティに参加させてもらったんだ。最近ハマっているゲームって言って熱く語っていたからさ。

 

 彼のキャラ名は『シーカー』。まあありきたりなネーミングセンスだけど、英語で探究者って意味だから、片山らしいっちゃ片山らしいかな。

 キャラの姿はガタイの良い盗賊の首領みたいな、無頼漢風。これって、あいつの願望なのかな? 本人と真逆じゃん。

 右中指で眼鏡をカチリとあげる仕草がトレードマークのインテリ風男だもんね。

  

 もちろん私は美青年剣士姿。でも中身は血気盛んな奴だよ。

 キャラ名は『レプスクレーブ』。ラテン語で『卯坂』で私の名前。

 でもわかるわけないよね。ラテン語なんて思いつくはずないし。思いつかないようにわざわざこれにしたんだし。

 私は悪い顔でにんまりした。 


 日頃の鬱憤を晴らすかのように、モンスターに向かってトヤトヤトヤーって剣を振り下ろすと気持ちいいんだよね~。実際にはマウスクリックだけど。

 私の中に、こんなに暴力的な側面が眠っているのかなと思うと、ちょっと引くけど。でも、実際には誰も何も傷ついているわけじゃないからいいか。


 片山の『シーカー』。なかなか強くて切れ者だった。まあ、あいつの頭脳と経験を駆使して作り上げたら、最強を極めるのも楽勝なのかもしれないけれどさ。

 でも豪快に無双するわけじゃなくて、的確な役割配分をしてくれる。パーティーのみんなが活躍して、平等に恩恵にあずかれるように配慮してくれる親分肌。

 『レプス』が調子に乗ってやんちゃすると、さり気なく引き戻してくれるんだよね。そのおかげで死なずに済んだことが何回もある。

 へー、なかなかのいい漢っぷりじゃないのさ。

 そう思いながら、リアルの片山を思い浮かべる。


 同期入社の片山の第一印象は、ズバリ! オタクだった。

 細くて色白な見た目。神経質そうに眼鏡をあげる仕草。なんでも気が済むまで研究しそうな雰囲気が丸見えなの。

 だから、あいつが採用担当って聞いた時、会社の人事のって大丈夫なの? って思ったんだよね。失礼な話だけど。

 でも、実際に話した彼の印象はちょっと違っていて、結構話術が巧みなんだよね。色々極めているからか、話題が豊富。

 ああ、やっぱり会社の人、見る目あるんだなって思った。

 とは言えど、最初のうちは話す機会なんかなくて、よくわからなかったんだけどね。でもある飲み会で、シラフなのが彼と私だけだった……


 二人で顔を見合わせて、はあってなって、笑った。


「みんなつぶれちまったな」

「そうだね」

「どうすっかな、このままここに放っておいたらだめか」

「お店の人が困るよ」

「じゃ、もう少し待っているか。意識のある奴は自力で帰らせて、あとは手分けして送るしかないな。女性陣は任せるからさ」

「了解。でもなんで今日はこんなにみんなできあがるの早かったのかな?」

「初めてのボーナスだからじゃないか。つい大きな気持ちになって散財したくなる」

「でも片山君は散財したら、ボーナスなくなりそうだね」

「なんで?」

「底なし沼でしょ」

「それ言ったら卯坂も蟒蛇うわばみ級」

「あ、酷い!」

「うそうそ」


 思ったより話しやすいなって驚いたの。それからだな。

 時々思い出したように、二人だけで飲みに行くようになったのは。

 二人とも飲むのが好きだから、食べ物にはあまりこだわっていなくて、むしろ美味しいお酒があったり、気兼ねなく飲める雰囲気のお店を探して飲み歩いた。

 時には屋台のラーメンなんてこともね。


 あれ? 私屋台のラーメンに平気でついていってたんだ。やばい。おしゃれな秘書、卯坂さんのイメージじゃないじゃん。今更だけど。

 飲み仲間の気安さでついつい油断したわ。


 そんな関係がもう一年近く続いていたんだ……


 よーし。今週末誘って飲みに行こうっと。そろそろ『レプスクレーブ』の中身に気づいたか否か。気づかなかったら心の中で笑ってやろうっと。


 

 そんな軽い気持ちで誘った夜。

 彼は私に気づいていた。ピタリと。しかもわざわざ向こうから話出した。ムムム、お主やるな! って素直に脱帽したわよ。

 ええ、認めてあげるわ。片山の考察眼はすごいって。


 でもさ、お人よし呼ばわりされるとは思ってもみなかったんだよね。

 そんなに滲み出ているものなのかな。なんか密かに私のことを認めてくれていたみたいで嬉しくなっちゃった。美青年キャラなのに、惚れるってバッカじゃないと思ったけれど、それってつまり、美青年キャラの中身の私に惚れたってこと?

 なんだよ。それ。

 ちょっと照れくさくなって、心の中で毒づいた。



 最後の最後になって、思わぬ展開が待っていたのよね。

 パンプスの足元が不安定で、私ったら片山の腕に思わず縋りついてしまったんだ。最悪って思ったけれど、でも……

 

 細いって思っていたあいつの腕が、思ったよりも筋肉質なことに気づいたら、急に心臓がバクバクってなっちゃった。

 お酒に酔ったわけじゃないからね。って、じゃあ、この心臓の音は何?


 何さ。片山のくせに。

 カッコいいって、思わせるなんてさ。

 生意気······


「卯坂。良かったら俺と付き合わないか?」

 私がしがみついた姿勢のまま、何気ない調子で言ってきた。


 なによ! かっこつけちゃって。さり気なく言おうなんて甘いのよ。


「やり直し」

「え!」

 片山がめちゃくちゃ驚いた顔をしている。


 やった! そのが見たかったんだ。いつもしているからね。冷静ぶっちゃって。そんなの崩してやりたくなるんだから。

 お転婆な私をドウドウってなだめる役があいつなら、あいつの鉄仮面を時々剥がして覗いてやるのが私。

 そんな恋なら面白い!


 私はそんな恋がいいな。


 気まずそうに頭をポリポリ掻いた片山。グッと私の肩を引き寄せると耳元に囁いた。


「俺と付き合ってください。ぜってー大切にするから」


 やっぱりむかつく!

 片山のくせにカッコつけ過ぎだぞ。

 今日からこいつの仇名は気障男きざおだわ!

 

「良くできました」

 私は小さく呟いて、ぎゅうっとあいつに抱きついた。


 ミイラ取りがミイラになった日。


 

 

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