第54話 とある人事採用担当者の考察(片山編)

「片山、今日飲みにいける?」

 昼休み、スマホのバイブが震えた。同期の卯坂からだ。

 時々······と言っても、月に一度は一緒に酒を飲みに行っている。互いに酒が強いので、心配せず飲み合える貴重な飲み仲間。

 普段の飲み会だと、周りがみんなぶっ倒れても俺一人シラフで、結局みんなの看病をして終わることが多い。でもこいつとは、いつまでも飲めるし、いつまでもしゃべっていられる。そういう関係は有難い。

 とは言え、そういう関係っていったい何なんだ?

 飲み友達。戦友。そんな感じか。

 百歩譲っても恋人関係じゃねえな。でも、何かあると、卯坂と飲みたいって思うんだよな。卯坂はどう思っているんだろうか……


 今回はやってきた卯坂を見て、ちょっと驚いた。

 元々可愛くて同期の間でも人気があるんだけどさ、今日はさっぱりスッキリした顔をしていた。それは髪型のせいだけじゃないと思う。

 丁寧に手入れをしていただろうゆるふわカールの髪を、バッサリと切った心境はなんだったんだろうな。


「髪、似合うじゃん」

「そう。ありがとう。でもみんなに失恋したのって言われた」

「失恋なのか?」

「そうだよ」

「そっか」

「いや、違うわ」

「どっちだよ」

「やっぱ違う。私がこうしたかっただけ。だって本当はこっちのほうが好きだから」

「似合うからいいと思うぜ。俺はショート好きだから、こっちのほうがいいと思うけど」

「マジ?」

「マジ」

「ふぅん」

「別に俺がいいって言っても意味ねえか」

「そんなことないよ。嬉しかった」

「おう」


 いきつけの居酒屋で、いつも通りのメニューを注文する。二人とも飲むのがメインだからな。つまみのようなものばかり頼んでしまうんだよな。


「実はさ、この間話したゲームの続きなんだけど、最近パーティー組み始めた奴がめちゃくちゃカッコいいんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

「よく周りの奴や敵のこと見ていてさ、丁寧にサポートしてくれるんだよな」

「へえ、凄いね」

「痒いところに手が届くみたいなね」

「ふうん」

「そのくせさ、戦わないといけない時はめちゃくちゃ勢いがあって勇猛果敢。自分が犠牲になっても構わないくらい熱血。あいつリアルでもゼッテーイケメンだと思う」

「また始まった。片山のゲーム考察」

「これが俺の学び方。俺はこうやって考察力を磨いてきたんだからな」

「でもさ、ロールプレイゲームなんて普段の自分と違う人になりたいって思うじゃん。だから、その人リアルと反対の人じゃないのかな。本当は弱虫でずる賢くて、だからゲームの中だけは面倒見がよくてカッコいい人になりたいって願望の表れ」

「まあ、そういう奴もいるとは思うけどさ、あいつはそんな匂いしないんだよな」

「匂いって、酒で鼻までやられてる奴」

「お、言ってくれたな」

「ゲソお替りしていい?」

「嗜好がおやじだな」

「だって好きなんだもん」

「半分っこな」

「いいよ」

「で、話戻るけどさ」

「……」

「あいつは多分リアルも気配り半端ない奴だと思うんだよ」

「なんでそう思うの?」

「プレイスタイルが素直。だから人を惑わすなんてできない。それにな、気配りってのは普段からやってないと、ゲームの中だろうとどこだろうとできねえんだよ。自然と出てしまうものだからな」

「滲み出るものなんだ……本人の意思とは関係なく」

「そう! だからあいつは普段から他人に気配りできていて、それを自分の評判のためにやってるわけじゃなくて、本気で人のために動いているお人好しな奴ってことになる」

「お人好しで悪かったわね」

「え?」


 一瞬動揺した卯坂の瞳が、落ち着きなくさ迷った。

 俺は心の中でにやりとする。やっぱな。予想通りだわ。


「あ、いや、別に。お人好しでもいいじゃないって言いたかっただけ」

「いいと思うぜ。むしろ俺はそういうやつの方が好きだ。後、割に合わないことコツコツやっている奴とかさ。地道にニッチな部分攻めている奴とかさ、カッコいいよな」

「そうなんだ。面白い美学持っているんだね」

「おうよ。俺も同じだからな、単に俺自身を否定したくないだけだけどな」

「自分で自分のこと肯定できるって素敵だよね」


 さっきまでの気まずそうな瞳はどこへやら、卯坂の表情が柔らかくなる。

 自分で自分を肯定……こいつもそれを一生懸命やってきたんだろうな。


「だろ。でさ、最近気づいたんだけどさ」

「何を?」

「あいつ」

「まだ、その人の話続くの?」

「ダメか?」

「別にいいけど」

「あいつはさ、リアルは女の子だと思う」

「……そ、そうなんだ。へえ~」

「なんだよ? 考察おかしいか?」

「べ、別にあんたが女の子だと思えば、それでいいんじゃない」

「まあな、所詮ゲームの中のことだからな。どっちでもいいと言えばいいんだけどさ、気になるよな。案外可愛い女の子かもな。でも中身男前みたいな。恋しそうだぜ」

「ば、バッカじゃないの! ゲームのプレイヤーに恋するなんて」

「だな」

「そうだよ」

「あーあ、どこかにあんな子いないかな」

「……」


 卯坂は黙って焼酎割を飲んでいる。


「そういや、お前はゲームしないの? こんなバカな俺のゲーム話、延々と聞いてくれるのお前くらいなんだけど。男友達にも呆れられるのにさ」

「ま、まあ、そんなの出来る女の嗜みよ。相手の話題に合わせられる程度にはね」

「そっか。そのわりにオタクネタにもついてこれるよな」

「だから、嗜み」

「いい嗜みだな」

「でしょ」

「で、キャラ名はインテリっぽく『レプスクリーブ』、愛称『レプス』とかつけちゃうんだろ」

「……そんなカッコいい名前じゃないよ」

「そうなのか? ラテン語で『卯坂』って読めるなと思ったんだけどな」

「なんでそんなところに気づくのさ」

「そりゃ……オタクなめんなよ」


 卯坂は急に大笑いし始めた。

 聞いているこっちの気持ちも高揚させてくれるような、明るくて屈託のない笑い声。

 俺もつられて笑いだす。


 わはははっと二人で笑う姿は、きっと周りから見たら飲んでハイになったみたいに見えるんだろうな。ちょっと驚いたように振り返った周りの席の人達も、やれやれという表情で視線をそらしていった。


「やっぱ、片山って面白い!」




 帰り際、卯坂が俺の腕に抱きついてきた。

 いや、正確には抱きついたでは無くて、よろめいた拍子に慌ててつかまっただけ……だけど。

「大丈夫か?」

 そう言って覗き込むと、予想外の顔がそこにあった。卯坂の顔が赤い。酒で酔ったわけでは……ないはず。

「ごめん、ちょっとクラッとしちゃった。ちょっとだけこうしていてもいい?」

「おお、いいよ。道の端でちょっと休もうか」

「うん」

 そう言ったら逆に緊張してしまったようで、更にぎゅっとしがみついてくる。俺の腕に柔らかいものが当たった。


 やべえ! なけなしの俺の余裕がぶっとんじまった……


 その後の展開は、流石の俺も考察外だっだぜ。

 まさか、あんなこっぱずかしいことを言わされるとはな。

 




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