第53話 ステイタスじゃない恋(美鈴編)

 重原君と別れた途端、電車のドアに寄りかかった。力がどっと抜ける。

 今日は色々あった日だったわ……

 色々ありすぎて、立っていられない。


 重原君に告白されるなんて、思ってもみなかった。今までどんな気持ちで彼は私を見てくれていたんだろう。申し訳ない気持ちと、驚きでいっぱいになって、どう答えたらいいのか混乱している。

 さっきまではいつでもでいなきゃって思っていたけれど、もうそんなイメージを演じることができないくらい、今は疲れ切っていた。


 佐々木さんが追いかけてきたのも予想外のことだった。水曜日にお話しして終わりになったはず。佐々木さんも納得されたと思っていたから、まだ私を好きだと言われて、嬉しい気持ち半分、困った気持ち半分。


 どうしたらいいんだろう……

 二人の気持ちは有難いし、私にはもったいないことだわ。

 私は誰と付き合うべき? 好きなのはどっち? それともまだ見ぬ誰かが運命の人?

 

 そう言えばりおが言っていたわ。

 柿崎さんのこと好きって思ったら、彼のことを知りたくて、一緒に居たくてたまらなくなってしまったって。

 私はどちらと一緒にいたいと思っているの?


 そもそもって、どうしたらわかるの?


 思わずりおに電話してしまったのだけど、りおの純粋さに己の歪んだ心を思い知らされたわ。

 私も、いつの間にかでしか人を見れなくなっていたのかも。

 かつて付き合った人達みたいに。


 実は恋愛に関して、あまり良い思い出が無い。

 過去に二度ほど付き合ったことはあったけれど、どちらの彼も私を人として見てくれてなかった気がする。単なる『ステイタス』。


 、凄いだろって。


 そのうち、別の人気のある人のところへ去っていった。

 去られたのは、きっと私に魅力が足りないからだと思った。だから、そのことを恨む気持ちは無い。でも、ショックだった気持ちは残っている。


 社内で『聖女』なんてあだ名がついていることは知っている。

 有難いと思う反面、そのイメージを崩したらいけないのかしらと憂鬱な気持ちにもなった。

 時々そのあだ名を真に受けた男性に告白されることはあったけれど、流石に私も学習したから丁重にお断りさせてもらったわ。

 

 でも、佐々木さんは違った。ちゃんと私のことを見てくれていると感じた。

 努力屋で尊敬できる男性ひと。だから、付き合っている女性で自分のイメージをあげるなんて考え方は持っていない。そんなことしなくても、彼自身が既に完璧なステイタスを得ているのだから。

 だから、私に期待しているのは、彼のステイタスを落とさないことだと思っていた。


 そして私にとっても彼は、最高のがそろっている男性ひとだった。

 言い換えれば、安心してお付き合いのできる男性ひと

 イケメンで仕事ができて、優しい。誰から見ても完璧な男性で、きっとみんなから羨ましがられるわ。『聖女』とまで言われた私が、そのイメージにふさわしくない男性と付き合う。そんなこと、周りのみんなから望まれていない。いつでもみんなの希望をかなえなくちゃ。

 

 無意識に、そんなことを考えていた。

 なんて嫌な女。私何様のつもり!


 そっか。また私、間違ったんだ……


 


 物心ついた頃から、『可愛い』と言ってもらえることが多かった。

 みんなの声に応えると、みんなが喜んでくれたり褒めてくれたりしたから、それが嬉しくて、一生懸命頑張るようになった。

 始まりは、そんな純粋な思いだったと思う。

 

 でも、いつの間にか私にできた大それたイメージが、私を蝕む。

 

 イメージを崩さないように、必死になった。そして、無意識にしがみついていたんだと思う。


 でも、それはとても辛くて。 

 本当は泣きたかったのかもしれない……



 重原君と初めて会った時、私泣いていたんだよね。

 後にも先にも、外で泣いたのはあの時一回きり。


 あの頃はまだ、頑張ればみんなに喜んでもらえると思っていた単純な私。

 みんなから推薦されて、吹奏楽部のフルートのソロパートを引き受けた。

 だからみんなの期待に応えたいと一生懸命練習して……でも、私のいないところで、みんな私の悪口を言っていることに気がついたの。

『美鈴ってさ、たまには遠慮してみんなにもチャンスをくれればいいのに』

『いっつも自分が一番でないといられないんじゃない』

『がんばってませんって感じの爽やかな顔しててむかつく』


 そっか、みんなに嫉まれてたんだ私。空気が読めていなかったんだ。

 なのに、みんなが褒めてくれるからみんなが喜んでくれているって勘違いしていたんだわ。バカみたい。

 部室に入ることができなくて、私はそのまま逃げるように屋上へ向かった。

 どうしても涙が溢れて、それを隠せるところが屋上しか思いつかなかったから。でも、当然ながら屋上には出られなくて、手前の階段に座りこんだ。

 

 声を殺して泣いた。

 誰にも気づかれないように。


 でも、そんな私の唯一の場所に飛び込んできた人がいた。 

 学年の違う男の子。びっくりして、最初どうしていいかわからなかった。

 でも、びっくりしたのはきっと彼のほうよね。女の子が一人で泣いていたら、さぞ驚いたでしょうに。

 でも彼は、見ず知らずの私をとっさに笑わそうと必死になってくれたの。たくさんたくさんギャグを言って、私の心をほぐそうとしてくれて。


 はっきり言ってネタ自体は良く覚えていないんだけれど、でも彼の誠実な心がヒシヒシと伝わってきて、物凄く嬉しかった……

 みんなの心が見えなくて、怖くなって、迷子になりかけていた私を、元の道へ導いてくれた男の子。


 そんな彼が、今日告白してくれた。

 思いもよらない言葉だったから、私はまた上手く答えられなかったけれど。


 でも、彼は今日も優しかったわ。

 私のことを頑張りすぎるって。甘えていいって。

 

 私が笑ったら、ものすごく嬉しそうに笑ってくれて……


 から好きって言ってくれたのよね。

 ずっと好きだったって。

 

 唐突に、顔が赤くなるのを感じた。

 あの頃からって、そんなずっと長い間私を好きでいてくれたなんて……

 そんなに長く一人の女性を思っていられるものなのかしら?

 

 あの時も彼は誠実だった。そして、今日の彼の目も、変わらず誠実で温かかった。


 あの日と変わらない男性ひと。 

 いつだって自分の想いよりも私の気持ちを優先してくれる男性ひと

 

 重原君の瞳を思い出したら、ドキンとした。心臓の音が急に大きくなる。


 こんなこと、初めてだわ!



 いつも完璧にこなすことに必死で、相手の顔色ばかり見てきた気がする。そうして求められていることに応えることしか考えてなかった。


 でも彼が私に求めることは、こと、肩の力を抜いてこと。

 きっとそれだけなんだろうな。


 そしてそれができた時、ものすごく嬉しそうに笑ってくれる。

 あの笑顔、もう一度見たいな……


 そうか! 

 これがりおが言っていた気持ち。好きってことなのかもしれない。

 

 この先に進みたい!

 素直にそう思った。



 でも、まずはもう一度佐々木さんとお話しないと。

 彼は私を一人の女性として見てくれたのに、私は彼をステイタスとしてしか見ていなかったこと、ちゃんと謝らないと。

 そして、感謝の気持ちとともに、お断りしよう。

 

 今回も私は間違ってしまった。 

 でも重原君は、私が間違って落ち込んでいると、いつもタイミング良く助けてくれるの。

 

 きっと、彼は私の救世主ヒーローなんだわ。

 心がふわっと温かくなった。

 

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