第36話 キャラが変わる出会い

「昨日は失礼なことを申し上げてすみませんでした。もし私でも何かお役にたてることがあったら、いつでもおっしゃってくださいって、朝比奈さんからの伝言。確かに伝えたからな」 


 俺は今、苦手な酒井と給湯室だ。本来なら話すのも嫌だけれどな、里桜からの伝言だからしょうがない。ほぼ棒読みで言ってやったけどな。


 今朝のこと、会社までの道のり、周りを見回して酒井を探す里桜に、俺は最初驚くより呆れる思いだった。俺なんかもう酒井と顔合わすのも面倒くさいと思っているくらいなのにな。

 里桜は酒井に言い過ぎたと思っているらしい。俺の言っていることの方が正しいと思ったからだとしても、言い方が良く無かったかなと気にしていて、一言謝りたいのだと。でもって、酒井があんなふうに嘘を言ったのには、何か理由があったのかもしれないと心配までしているんだよな。

 マジで、お人よしだなと思う。まあ、そんな里桜だから好きでもあるんだけれどな。


 俺も、最初はそんなの気にするなと言ったよ。それに酒井さんが何か悩みを抱えていたとしても、嘘を言うのは良い事では無いし、俺達が力になれるとは限らないともな。

 その言葉に、里桜は素直に頷いた。

「そうですよね。かきざ……じん……さんのおっしゃる通りですね。誰かのために何かをしようなんて、うぬぼれ過ぎですね。私ったら、直ぐ調子に乗ってしまいます……」

 カックリしたように俯いた。


 ん? なんか最近俺も同じようなこと、考えてなかったっけ?


 そう思ったら、自分に失望している里桜のことをほうって置けなくなってしまった。


「まあ、俺から里桜の気持ちは伝えておくよ。元々は俺と酒井さんとのトラブルだし、俺から言うのが筋だろうからな」

「かき、あ、じんさん! いえ、お手を煩わす訳にはいきません。じんさん、ご心配をおかけしてすみませんでした」


 そんなふうに言われたらさ、逆になんとかしてやりたくなっちゃうんだよ。


「大丈夫だよ。俺も酒井さんとはもう一度きちんと話しておかないといけないと思っていたから、ついでに伝えておくからさ」

「じんさん······ありがとうございます! すみません。わがままを言いまして」

 うるうると嬉しそうな瞳で見つめられたらさ、伝えないわけにはいかないだろう。


 でもさ、酒井の奴は相変わらず人の好意を無にしやがる。


「何それ? あんたの彼女バッカじゃないの。どこまでお人よしなんだか。それとも私のことバカにしているの?」

「俺の彼女は天使だからな。お前のことを馬鹿にもせず本気で心配している奴だよ」

「はぁ? 天使! かきじん、キャラ変わったね。クールで優しい男かと思ったら、厨二入ったおのろけ野郎。うわ! マジうざいわ」

「どうとでも言え。キャラが変るくらいの出会いってものも、世の中にはあるんだよ。酒井、おまえにもそれくらいの出会いがあるといいな。まあ、お前の場合はまず自分が変ることだな。ちょっと変わったら、きっと別の人生が開けてくるぜ」


「……まじ、うっざ」

 一瞬戸惑いと泣き顔が混ぜこぜになったような顔をしていたが、結局捨て台詞を残して、プリプリしながら去っていった。


 ふーっ。これで役目はハタしたぜ。


 でもやっぱり、酒井はこえーわ。

 給湯室から出たところで、入れ違いに入ろうとしていた柳川さんに気づいたら、コロリと表情を変えてにこやかに挨拶してたよ。

 女の愛想笑いは七難隠すんだな。



 そう言われてみれば、酒井の奴、今、結構をさらりと言ったぞ。


 あんたのって言ったよな。ちゃんと認識してくれたんだな。これでもう、煩わしい思いをしなくて済む。

 それに……いい響きだ。

 

 もう一つ、重要なこと。

 キャラが変った……

 そうかもしれない。俺は会社の中では、周りとなるべく距離をとって過ごそうとしてきたんだ。だから今までは話をしても当たり障りの無い会話だけだった。

 クールな印象になっていても当然なのだと思う。


 でも、実際の俺はどうだったろう。

 お調子者で単純。場当たり的だけど一直線。悪戯好きだけどビビり。

 そんな自分を隠し始めたのは、いつからだろうな。


 今まではマイナスで、自己嫌悪を引き起こしていたこんな性格が、なんとなく朝比奈さん、もとい! 里桜の前だと良い形で引き出されているような気がする。

 気がするだけかもしれないけれどな。でもそれは俺の気持ちを安定させてくれるんだ。


 俺と言う人間の本質は変わらなくても、それが良い形で現れる時と、悪い形で現れる時があるのは、やっぱり相対する相手次第なんだなと改めて思う。

 そんな『好きな自分』を引き出してくれる人と出会えることは、人生において最高の宝なのかもしれない。

 そんな人と一緒に過ごせたら、最高だよな。


 俺は自分の幸運を噛み締めた。

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