第29話 不確定な日々を過ごすには幸せエネルギーが必要だ
始業時間ギリギリに席に滑り込む。セーフ!
一呼吸おいて、直ぐに仕事に取り掛かった。
でもこの高揚感、無敵感が半端ないぜ。どんな仕事だって楽々こなせそうだ……と思っていたのだが、朝から少し重い話になった。
以前うちの会社は、社員のための保養所を自社でいくつか保有運営していた。
でも最近は利用者も減っているし、維持管理費も高い。費用対効果が見込めないためどんどん廃止になっていた。その最後の施設、葉山にある『
時代はアウトソーシングだ。宿泊施設は、それを専門としている会社と契約するほうが費用も抑えられる。分かってはいる。分かってはいるけれど、寂しい気持ちはぬぐえない。
俺も最初にこの仕事に配属になった時、『
お茶請けに出してくれた手作りのプリンが甘さ控えめで美味しかったのを覚えている。
話し合いでは、このご夫婦含めた従業員の今後の処遇や、施設の今後、土地の売却先など淡々と進んでいった。
今年いっぱいか……
こんなに寂寥の念に包まれるくせに、自分がそこを利用したことが有ったかというと、それは無いのだ。なんとなく、子供連れ家族の泊まるところのイメージが強かったのもあるが、どうせ行くならおしゃれなホテルの方がいいなと思ってしまったからというのが本音だ。
つまりは、そう言うことなのだろうな。
ニーズが無くなれば終わりになってしまう。
会社は営利目的だから、赤字を抱える訳にはいかない。でもその切り捨てた部分にも、人々の生活が掛かっていて、企業の方針次第で人生設計が変わってしまうことになるのだ。
損害を受けないようにするためには、自分自身の人生も常にリスク管理しないといけないんだよな。
でもそれをし続けるのは疲れる。
ほっとできる瞬間だって欲しいよな。
そんな時、他人との繋がりに癒しを求めてしまうんだろうな……
人間関係だって、もちろん不変なんてことは無いけど。
むしろ一番先が読めないのかも知れないけれど。
でもせめて、朝比奈さんとだけは、安心した関係を築きたいと思ってしまうのは、俺の儚い願望なのかな。
そんな事を頭の隅で考えながら、打ち合わせは終了した。
ため息一つ。朝飲めなかったコーヒーを飲みに給湯室へ行った。
そこへ狙いすましたように酒井さんがやって来た。
今一番見たくない顔かもしれない。はっきり言って面倒くさい。
こんなタイミング良く来るなんて、ちゃんと仕事してるのかな?
まあ、でも丁度良い機会だ。前回のリベンジをさせてもらうぜ。
「かきじん、今日は朝ぎりぎりだったね。体調でも悪いの?」
「別に大丈夫だよ」
「そっか! 良かった。ところでね、ちょっと相談に乗ってもらいたいことが有るんだけど……今日帰りがけに一緒に飲みに行かない?」
「あ、俺、彼女と約束あるからパス」
「えええー!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした酒井さん。
してやったり!
俺はせいせいした気持ちになった。
「彼女って一体……まさか、あの後輩ちゃん!」
「そ、朝比奈さんと付き合うことになったんだ」
「……かきじんは優しいからさ、ああいうちょっとぽや~とした子放って置けないのかもしれないけれど、それで付き合うっていうのはどうなのかな~」
コイツやっぱうぜー!
俺はムッとした顔で答えた。
「朝比奈さんは仕事もきちんとできる子だよ。今までもミスなんか無いし」
あーでも、このまま怒らせるのもまずいかもな。こういうタイプの女性はあること無い事言いふらす時もあるからな。
俺は出来る限り穏やかな口調で続きを言ってやった。
「酒井さん、俺の事は心配しなくて大丈夫だから、自分のことがんばれよ」
酒井さんは一瞬ふんと言う顔をしたけれど、その後無言で給湯室を去って行った。
ふーっ! やれやれだぜ。
朝は満タンだった幸せエネルギーが、次々と使い果たされていく感覚だ。
疲れた……
それでもがんばろうと思えるのは、夜はまた朝比奈さんと話せると思うからこそ。
これからは安定供給できると思っただけで、心が軽くなる。
よし、もうひと頑張りするぞ!
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