第27話 ずっと見ていたい
昨夜はドキドキしてあんまり眠れなかった。
でも、柿崎さんをお待たせする訳にはいかないわ。
気合を入れて支度を始める。
いつものようにスーツを取り出そうとして、ふと手が止まった。
会社で仕事がしやすい恰好、周りの方が不快に思わない格好って、本当はどんな格好がいいんだろう。考えても分からなかったから、ついついスーツをそのまま着てしまっていた。セットだと迷わなくてもいいし。
でも、今日はなんとなくこのスーツを着ていきたくない。
こんな個性の欠片も無い服。私じゃない……
これからお仕事に行くのよ! 遊びに行くわけじゃないのよ!
柿崎さんに呆れられたらどうするの!
自分の心の中でいっぱい自分を戒める言葉をつぶやくけれど、どうしてもスーツを着て行きたくなかった。
なぜ?
それは……柿崎さんに少しでも綺麗だって思って欲しいからだわ。
自分の本音に気づいて泣きたくなる。
こんな私でも、少しでも良く見て欲しくてしかたないんだわ。
そしてできることなら、私が好きな私自身を見せたい。
クローゼットの中を覗き込む。スーツの他には、好きな花柄のスカートや、ふんわりシフォンのワンピース。本当は着ていて柔らかい素材が好きなんだ。
でもそれだとリゾートみたいに見えてしまうかなと心配になって。
堅苦しく無くて、弾けてもいなくて、柿崎さんの横に並んでも困らせない洋服って、どんな感じだろう?
必死になって考えて、ようやく決めたコーデ。
これは、初めて素の自分を秘めた会社服。
なんか恥ずかしいな。
柿崎さん、なんて言ってくれるかしら……
待ち合わせ場所に現れた柿崎さんを見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
昨日までも緊張していたけれど、あんなの序の口だったってわかったわ。
柿崎さんの声、柿崎さんのしぐさ、柿崎さんの背中。
何を見ても心臓がバクバクしてしまう。
そして、私が悩み抜いて着て行った服装を似合うっておっしゃってくたさった時は、息が止まるかと思った。
だって見つけてくれたから。私の中の私を!
柿崎さんが案内してくださったのは、ビルの谷間の美しい公園。
木々の緑も涼し気な水面もキラキラしていて、カチカチに固まっていた私の心も解けてくる。爽やかな風に運ばれてくる花の香を感じて、ここに連れて来てもらって良かったって、心の底から思った。
とっても不思議なんだけど……
柿崎さんのお陰で滑らかになった舌は、一杯楽しい言葉を紡ぎ出せるの。
自分がこんなにおしゃべりだったなんて、嘘みたい。
柿崎さんの好きな物、好きなこと、好きな音楽。
一緒に語り合って、たくさん笑って。
そして、もっともっと欲しくなる。
私の心を惹きつけて止まない……柿崎さんの笑顔!
優しくて、眩しくて。
ずっと、これからもずっとずっと、この笑顔を見ていたい……
どうしても、そう思ってしまうの。
でも……柿崎さんにそんなこと言ったら、きっとドン引きされるわよね。
柿崎さんのこと、もっともっと知りたい。
片時も離れずこうして横に居たい。
一人占めしたい!
そんなことしちゃいけないってわかっているのに。
無理だって知っているのに。
気持ちに歯止めがかからない。
どうしよう!
こんなこと、初めてでどうしたらいいかわからない。
自分で自分の感情がコントロールできなくて、自分が怖い。
どうしたらいいの!
気持ちが駄々洩れて、柿崎さんに一杯迷惑をかけてしまったら……
そうだわ!
先に謝っておこう。
先にお知らせして、柿崎さんに危ないから逃げてくださいって、お伝えしておかなきゃ。
私の感情が爆発してしまわないうちに。
柿崎さんを巻き添えにして粉々に打ち砕いてしまわないうちに。
もうすぐ会社へ向けて歩き始めないといけない時間。
私は覚悟を決めた。
柿崎さんに私の気持ちを正直に伝えようって。
でも……やっぱり心は止められないから……
せめて想うことだけ、許してもらえたらいいな。
そっと、想うだけ。見つめるだけ。
気をつけるから。爆発しないように我慢するから。
だから……好きでいることを許してください!
その時、思いもかけないことが起こったの。
柿崎さんの胸、温かかった……
目の前に押し当てられた胸からは、ドクドク波打つ心臓の鼓動がそのまま伝わってきて。
だから気づいたの。
あ、一緒だ! 私の心臓と。
柿崎さんも、私と同じように、爆発しそうな心でいてくれたんだって。
そして、柿崎さんからの夢のような言葉。
私、柿崎さんを好きになっていいんだ!
ずっと好きでいてもいいんだ!
ああ……神様、ありがとうございます!
体の力が、一気に抜けた。
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