第26話 真実の口に手を入れて誓う ~告白~
流石に今朝は十分前にしか行かれなかった。
でも、予想通り、朝比奈さんはもうス〇バの前に立っている。
「おはよう!」
「おはようございます」
「早くにごめん。眠くない?」
「大丈夫です!」
いつもよりも緊張した面持ちの朝比奈さん。動きがちょっとぎこちない気がしなくもないけれど、きちっと挨拶を返してくれた。
「飲み物買いたい?」
「え? あ、いえ私は大丈夫ですが、柿崎さんが御入り用でしたらお供いたします」
時代劇がかった口調になっているぞ。ふっと笑ってしまったら、「はぅ」と口走って慌てて下を向いてしまった。
あれ? なんか今日はいつもと雰囲気が違う気がする。
それに、服装も……
いつものカチカチスーツ姿では無くて、白のアンサンブルニットにモカ色のセミロングフレアスカート。
柔らかい印象が彼女そのもので、はっきり言って可愛い。
俺の視線を感じたらしく、彼女がますます下を向いた。
「あの……スーツで無いとダメだったでしょうか……」
「いや、うちの会社はスーツの方が珍しいよね。スーツ着用は接客の必要な部署くらいだから、朝比奈さんの営業企画部は大丈夫だよ。それに、似合っているよ」
俺の言葉に息絶え絶えになる朝比奈さん。大丈夫だろうか?
とりあえず、外の空気を吸わせてやったほうが良さそうだ。
「実はここで待ち合わせたのは、単にわかりやすい場所だったから。本当の目的は違うんだ。付いて来て」
「はぃ……」
俺は店に入らずに、そのままいつも利用している駅の出入り口とは反対方向へ歩き始めた。朝比奈さんも静かに後ろをついてくる。
いつもより早いので、人通りは少しだけ少ない。それでも並んで歩けるほどの広さはないので、俺は背中を気にしながらも前を歩き続けた。
出口を出て、そのままビル群の中を進む。ようやく二人で並べるスペースを得て、朝比奈さんを振り返った。
「並んで歩こう」
「……ふはぃ」
外の光の中に出てようやく、呼吸再開したような朝比奈さん。ため息と共に返事をすると、俺の横三十センチくらい離れたところに進んでくる。
さり気なくその距離を詰めると、また体を固くさせるのが感じられた。
あんまりいじめちゃ可哀そうだな。
おれはまたふっと笑って距離を戻した。
彼女の呼吸が落ち着くのを待ってから話しかける。
「駅のこっち側来たことある?」
「あんまり無いんですけれど、新人研修の時に、同期のみんなと花見をしに来ました」
「ああ、花見したことあるんだ! こんな都会のビルの間に、あんな緑の空間があるのって驚きだけどいいよね」
「はい。とっても綺麗でした」
朝比奈さんは俺の向かっている場所に気づいたらしく、ようやくニッコリした。
最寄り駅には、歩いて十分ほどのところに昔から残され、護られてきた美しい緑の公園がある。これぞ都会のオアシスって呼ぶんだろうな。
一時間も早く来てもらったのは、こういう
会社と反対側なので、会社の人に会うことも少ないだろうし。
特に、あの酒井なんかに会って邪魔されたくないからな。
都会の中の公園は、ジョギングの人や犬の散歩の人など、思い思いに朝を楽しむ人々がいた。もちろん、早出のサラリーマンたちも通り過ぎてゆく。
とは言えど、まだまだこの時間なので、人通りも少なく、清々しい空気が漂っていた。
噴水の横のベンチに腰を下ろして、俺は買っておいた日本茶のペットボトルを二本取り出す。
「もし良かったら、飲む?」
「あ……」
朝比奈さん、散々逡巡した後、
「では、お言葉に甘えます」
と言って、片方のボトルを受け取った。
こういう場合は、先輩の好意に甘えるべきか、甘えない方が良いのか、一生懸命考えていた様子が顔に全部出ている。
ほんと、わっかりやすいな。
可愛くなって笑ってしまう。
なんか、俺、緊張しているにも関わらず良く笑っているな。
自分でも嬉しくなった。
水と緑のマイナスイオンを感じながら、二人で取り留めのない話をする。
前に飼っていた犬の話から、ペットの話になった。朝比奈さんは一人暮らしでグッピーの家族がいることが判明。
お姉さんとは一緒に住んでいないんだなとふと気になったが、今はそのことは突っ込まないことにする。
好きな音楽は意外や意外、似ていることが分かって盛り上がった。
仕事モード以外は緊張しやすい彼女も、好きなことを話す時はスムーズだ。
このまま俺との会話に慣れてくれたらいいなと、いつか敬語を止めてくれたら嬉しいなと思う。
楽しい時間はアッと言う間に過ぎて、そろそろ会社へ向かって歩き出さないといけない時間になってしまった。二人で立ち上がる。
そして俺は、意を決して声を掛けた。
今こそ、決める時だ!
「「あの」」
同時に声をあげた。
互いに顔を見合わす。
「昨日から一緒のタイミングが多いね。朝比奈さんからどうぞ」
俺は無性に嬉しくなって、笑いながら先を促した。
レディーファーストだからな。
一気に頬を赤らめ俯いてしまった朝比奈さんだったが、トートバッグの持ち手にギュッと力を入れると覚悟を決めたように顔を上げた。
「あの、柿崎さん」
眼鏡越しでも感じる。吸い込まれそうなくらい真剣な眼差しがとても美しかった。
「あの、柿崎さん、私、柿崎さんのことが好きです!」
え! これは……
思ってもみなかった展開にパニックになる。
しまった! 先に言われてしまった!
いや、え! 朝比奈さんから告白って!
「すみません! 私、柿崎さんが好きなので、もっと柿崎さんのこと知りたいっ、いつも一緒にいて欲しいってわがまま言いたくなってしまうんです。でもご迷惑をおかけしないように気をつけます! だから……」
次の彼女の言葉に、俺はもう考える間もなく体が動いていた。
「好きでいてもいいですか?」
なんでこんなに愛おしいんだろう……
祈るように向けられた瞳。小動物のように震わせている体。
丸ごと全部、俺の腕の中に包み込んだ。
「ごめん。びっくりさせちゃったね。でも……」
ぎゅうっと彼女を抱きしめて、精一杯優しい声で囁く。
「俺も朝比奈さんが好きだ。だからこれからも俺を好きでいて欲しい」
彼女の震えが止まった。
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