第25話 私も嬉しいです
『こんばんは』
送って直ぐに既読が付いた。
携帯を前に、正座で待っていただろう朝比奈さんの姿が思い浮かんで、思わず笑ってしまう。
『こんばんは』
『まずはライムジュースの報告をするよ』
『はい』
画面越し、しかも文字だけなのに、かしこまっている様子が伝わってくる。
まずは彼女の緊張を解くことを優先しないとな。
なるべく仕事モードの雰囲気を醸し出す。簡潔な言葉で、朝比奈さんが伝えてくれたライムジュースのイメージが俺の感じた印象とピッタリだったこと、とても爽やかで癒されたことを伝えた。
『そうおっしゃっていただけて安心しました』
『朝比奈さんはどうだったの。仙草ジュース』
『とてもおいしかったです。こちらは大地の恵みって感じでした』
相変わらず真面目に面白い表現をするなと吹き出してしまう。
『大地の恵みってどういう感じ?』
『わかりづらくてすみません! 草花のエキスが凝縮されていると思いましたので』
『なるほど! その通りだね』
『それから、柿崎さんに教えていただいていたので咽ずに済みました。ありがとうございます』
『それは良かった』
彼女の言葉は突拍子も無いように見えて、不思議と核心をついているなと感心してしまう。俺は漢方薬の味って言っただけだけど、確かに、漢方で使われている草は自然、つまり大地から生えている物だよな。やっぱおもしれえこと言うな。
それに……咽ずに上手く飲めたんだ。良かった。
さて、ここからが本番だ。俺は心を引き締めて文字を打ち込む。
『今朝はごめん。俺がちゃんと酒井さんを断らなかったから、朝比奈さんに嫌な思いをさせてしまったね』
送信ボタンを押した途端、朝比奈さんからの謝罪コメントが届いた。
『すみません! 今朝は私のせいで柿崎さんにあらぬ誤解がかかってしまって、ご迷惑をおかけしました』
『いや、全然迷惑じゃないから!』
『嫌な思いなんて何もしていません。大丈夫です!』
また同時にメッセージが交換される。
『良かった。そう言ってくれて安心したよ』
『ご迷惑で無かったとおっしゃっていただけて安心しました』
『なんかタイミング一緒に届くメッセージって嬉しいね』
『すみません。タイミングが一緒になってしまいまして』
『一緒って、俺は嬉しいよ』
……
しばらく間があって、俺は失敗したかと焦る。彼女を戸惑わせてしまったかなと心配になって慌ててメッセージを打とうとした時、着信があった。
『私も本当は嬉しいです』
え! なんか朝比奈さんらしくない言葉!
これはLineだから聞けた彼女の本音……だよな。
俺は不意打ちを食らって動揺する。でも次の瞬間、顔がにやけて止まらなくなった。なんだ、この嬉しい言葉は!
彼女も嬉しいと思ってくれたんだ。ということは、俺のこと少しは気にしてくれているってことだよな。そう思っていいよな。
舞い上がる気持ちを抑えようとして、我に返る。
抑える必要なんてないんだ。このまま突っ走ればいいんだって。
このチャンスをしっかり掴まなければ。
『朝比奈さん、もし嫌で無かったら、明日も一緒に会社に行ってくれないかな』
……
しばらくの間。
祈るような気持ちで返事を待つ。多分ほんの一分くらいしかたっていないのだと思う。でも俺には、永遠とも思える間。
『ご迷惑では無いですか?』
『迷惑なんて思っていないよ。楽しみだし、一緒に行けたら嬉しい』
俺はなけなしの勇気を振り絞って、気持ちをストレートに伝えた。
『嬉しいです。よろしくお願いします』
待ち望んだ言葉!
思わずガッツポーズをする。
『でも、また今朝のように誰かに誤解されたら、柿崎さんにご迷惑がかかると思うのですが』
続いて送られてきた言葉に、俺は思わず叫びたくなった。
君が好きだ!
でも、その一言をLineで送るって、どうなのかな?
嫌だな。俺のプライドが許さない気がした。ちっこいプライドのくせに。
『俺は誤解されてもかまわないから。心配しないで。それから、明日今日よりも早い時間に待ち合わせでもいいかな?』
……
俺の言葉の意味を図りかねているのかな。少し時間が空いてじりじりとしてしまう。
『誤解されても大丈夫とおっしゃっていただけて、ほっとしました。明日、何時でも大丈夫です』
『じゃあ、早いけど七時半にス○バの前で待ち合わせでもいいかな?』
『はい、大丈夫です』
『ありがとう。じゃあ、今日は早く寝て明日に備えよう』
『はい』
『おやすみ』
『おやすみなさい』
おやすみと言えただけで、こんなに嬉しい気持ちになるんだな。
俺はそんなささやかな幸せに浸りながら、腹にぐっと力を入れる。
明日! 決めるぞ!
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