第24話 もっと知りたい

 今日はシャワーも夕食もさっさとすませて、もう後はLineを待つばかり。

 メッセージのやり取りをするだけだけれど、なんとなく気になって身だしなみは整えてある。お化粧も薄っすらと。


 時計を見る。九時十五分。

 十時までまだ四十五分もある。

 いつもだったら、音楽を聴きながら好きな手芸をやったりするんだけれど、今日は緊張して何にも手につかない。

 クーラーの音がやけに大きく聞こえるわ。


 その時、Lineの着信音が鳴った。


 あれ? 私時間間違えていたのかしら?

 慌てて開くと、さーやからだった。


 ふー緊張しすぎだわ。


『やっほー元気?』

『元気だよ。さーやは?』

『私も元気。ごめん、里桜。まだ柿崎さんの情報何にも集められていないの。もうちょっと待っていて』 

 さーやの律儀な言葉を聞いて、報告を怠っていたことを申し訳なく思った。

『さーや、ごめんなさい! 実は柿崎さんとLineで直接お話できるようになったの。だからもう大丈夫だから』

『な、なにー!』

 ペンギンが目を見開いて驚いているスタンプが送られてきた。かわいい。


『いつの間にそんなに進んでいたの!』

『え? 何にも進んでいないよ。柿崎さんからご報告を受けることがあってLineのアカウントを交換しただけだから』

『ご報告って何?』

『ジュースのお味の報告』

『なにそれ?』


 またまたさーやからLine電話が入る。興味深々で質問してきた。

「ちょっと、どういうこと。詳しく教えてよ」


 そこで私は、昨日からのことを簡単に話したのだった。


「それは脈ありよ!」

 さーやが興奮気味にそう言った。

「脈ありって?」

 さーやが驚いたような顔になった。

 ああ、やっぱり私は知識が足りないからいつも会話が上手くできないんだわ。

 もっと勉強しないと!


「もう~どんだけ初心うぶなのよ。柿崎さんも里桜のことを気にしているってこと。もしかしたら里桜のこと好きかもしれないよ」

「そ、そんな恐れ多い事を! ご迷惑ばかりおかけしているのに」

 思わず声が裏返ってしまったわ。もうさーやったら。

 落ち込んでいる私を励まそうとしてくれるなんて優しすぎるわ。


「うーん、じゃあさ百歩譲って迷惑だったとして、それでも里桜にLineするって言ってるのはなんでだと思う?」

「有言実行の方だから」

「へ?」

「ジュースのお味を報告するためにLine交換したから、それを報告しないと終わらないって思っていらっしゃるのよ。きっと」

「それは単なる口実。普通はLine交換したいって言うのは、ってことなのよ」

「え!」


 さーやが変なこと言うから、ドキドキしてきちゃったじゃない。そんなこと、あるはずがないわ。だって今回のジュースの事は、元々私がお願いしたことなんだから。

 

 柿崎さんは真面目でお仕事ができて尊敬できる先輩。

 無意識にお勧めしてしまったライムジュースの味を柿崎さんがどう思われたのか、私が心配していることにちゃんと気づいてくださったの。

 だからわざわざご報告してくださるだけよ。気配りが素晴らしい方なんだから!


「ジュースの件は元々私がお願いしたことなのよ。それで、あんな誤解を受けるようなことになってしまって……申し訳なくてどうしたらいいのかしら」


 ふーっと大きく息を吐いて、さーやが私を真っ直ぐに見た。


「柿崎さんが里桜のことなんとも思っていなかったら、そもそもそんな誤解を受けるようなこと一緒にしようなんて言わないよ」

「でも柿崎さんはお優しいから、きっと断れなかったんだと思う」

「危険と分かっているのに?」

「後輩思いの方だから」

「うわー凄い信頼」

「じゃあ、聞き方を変えるわ。里桜、柿崎さんと一緒にお店に行った時、柿崎さん笑ていた?」

「それは……とても優しい笑顔だったわ」

「ね、その笑顔は演技?」

「そんなはずないわ。いくら柿崎さんがお優しいと言っても演技なんてされるはずないもの」

「答えは出たでしょ。柿崎さんは里桜を嫌ってなんかいなし、迷惑とも思ってないわよ」


 さーやの言葉に、私の中の何かが弾けた。


 柿崎さん、怒っても困ってもいない……そう思ってしまっても、いいのかな。

 それは私が罪悪感を消し去るための言い訳では無いんだって、思ってしまってもいいのかな。


「本当に大丈夫なのかな……」

「大丈夫! 安心して」


「ありがとう。さーや」

 なんだか泣きそうな気分になった。さっきから柿崎さんのLineが待ち遠しい気持ちと共に、どうやって謝ったらいいか、そればかり考えていたから……



「ねえ、りおの正直な気持ちはどうなの? 柿崎さんとお話していてどんな気持ちだった?」

「それは……とっても嬉しかった。それにお話していると、さーやと話している時みたいに、とっても安心できるの。だから変なこと言っちゃっても大丈夫って」

「りおったら~今さり気なくめちゃくちゃ嬉しいこと言ってくれたでしょ。もう一度言って~私と話しているとどんな気分になるって?」

「えっと、さーやと話しているととっても安心できて楽しいの」

「きゃー! りお大好き!」


 さーやが画面の向こうから大量の投げキッスを送ってくれた。

 そんなさーやだから……私、大好きなんだよ。


「という事は、柿崎さんとお話していると楽しいってことだよね」

「うん」

「もっともっと話したくなるでしょ」

「うん、もっとお話したくなる」

「もっともっと柿崎さんのこと知りたくなるでしょ」

「うん、もっと柿崎さんのこと知りたい」 

「それは恋ヨ!」 

「え!」


 今度は胸が爆発したような気持ちになる。

 これって恋なの?


「りお、その気持ちに素直になっていいんだよ。柿崎さんとどんどんお話してみて。きっと柿崎さんもお話したいと思っているから、こうやってLine交換してくれたんだよ」

「ねえ、さーやも重原さんのこと知りたいって思っているの?」

「もちろん! もっともっと重原さんの事を知りたいよ。一緒に喋って遊んで、たくさん重原さんの事を知りたい。だって私は重原さんに恋しているからね」

 

 さーやの言葉がキラキラと私の中に降ってくる。

 そうなんだ……

 もっと知りたい。もっと話したい。

 それは、私が柿崎さんに恋しているから思う事なんだ!


「もう時間だね。じゃね〜頑張れ!」

「さーや! いつもありがとう」


 時計を見れば十時五分前。


 さーや、本当にありがとう!

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