第四章 恋愛と言う名のダンジョンに臨む

第23話 恋脈を発見するために ~夜の約束~

『朝比奈さんも違うみたいだし』

 酒井さんの一言が俺の心を迷わせ落ち込ませる。


 いや! そんなはずは無い! 

 ……ないはず……


 そもそも今日一緒に台湾スイーツ店へ行くことになったのは、朝比奈さんが一緒に行きたいと言ってくれたからだからな。

 人と話すのが苦手で大人しい朝比奈さんが、一緒に行きたいと思ってくれている時点で、俺を嫌いなわけはない。

 嫌いなわけは無いけれど……それイコール『好き』かどうかは、分からない。

 そして『好き』イコール『恋愛対象』と言う公式が百パーセント成り立つわけではないところが難しいところだ。


 朝比奈さんのことだしな…… 

『恋愛』そのものをどこまで理解しているかすら危うい気がする。

 俺のことも、ただの『尊敬する先輩』レベルにしか思っていないかもしれない。


 ……あ、やっぱ自信無くなってきた。



 思い返してみれば、俺は今まで自分から告白したことが無い。別にモテるって自慢しているわけじゃないぜ。

 そうじゃなくて、目の前で泣いている女の子を必死に慰めていたら、なんとなくそのまま付き合い始めるってパターンばかりだった。要は流されやすいタイプってことさ。

 だから、ちゃんと自分で『好き』を自覚して、自分から行動を起こしたことが無いんだ。


 こえーな。物凄く怖い。

 はっきりNOと言われたら? 気まずくなって仕事がやりづらくなったら?

 考え出したら、怖くて仕方がない。


 でも今回は、逃げたくないって思うんだ。


 勇気を振り絞って俺からいかなくちゃ、朝比奈さんの気持ちはわからない! 

 前進あるのみだ!


 でもどうすればいい?


 彼女が俺の事をどう思っているのか、知りたくてたまらない。

 まずは、かどうかをさり気なく探ってみるしかないな。

 だが……今までそれを読み間違えてばかりいた俺に上手くできるのだろうか?

 トラップいっぱいの女心なんて、まるで迷宮のようだったからな。


 でも朝比奈さんは違う。

 物凄く正直だ。彼女の言葉には無いし、も無い。

 だから……大丈夫。俺にだってできるはず!



 携帯を取り出して画面を開いた。


 今朝の俺を褒めてやりたい。Line交換を済ませてあって本当に良かった。

 これで俺が連絡をとっても不自然は無いし、面と向かって言いづらいことも、文字だったら言えるかもしれないし。


 俺は居ても立っても居られなくなって、朝比奈さんにLine を打った。

 兎に角、繋がるための一手を。


『業務連絡。ライムジュース飲みました。今夜味の報告をしてもいいかな?』


 既読は付かない。そりゃそうだよな。

 もう仕事が始まるぎりぎりの時間。

 昼休みまで待とう。



 慌ただしい午前中の仕事を終えて、携帯を確認したが、やはり既読にはなっていなかった。


 もしかして……彼女、本当はLineはあまり使ったことが無いのかもしれない。

 急に不安になって立ち上がった。

 不思議そうに見上げた柳川さんに、「昼行きませんか?」と声をかける。

「そうだね。そろそろ行こうか」


 全身を目にして、朝比奈さんを探す。

 探して何を言うのか……決めてないけど。


 食事を始めて直ぐに彼女が現れた。俺は柳川さんに断って、慌てて朝比奈さんのところへ飛んで行く。


「朝比奈さん」

 振り向いた瞳が、驚きと共に申し訳なさそうな色に変った。


「Line送ったから、後で見てくれるかな」

「え! はい。すみません。確認していませんでした」

「今日の夜、ジュースの報告してもいいかな」

 その言葉に、あきらかにほっとしたような顔になる。


「もちろんです! 大丈夫です」

「じゃあ、後で時間連絡するから」

「はい!」

 言いたいことは山ほどあるのに、言葉が上手く見つからない。


 その時、後ろから佑の声がかかった。

「よ!」

「おお、佑」

「あれ? 朝比奈さん、元気?」

「あ、重原さん。はい、元気です」


 本当に驚いた顔をしているから佑は気づかず声を掛けて来たらしい。

 朝比奈さんの方も一瞬驚いたような顔になったが、次に数回口をパクパクさせた後、「失礼します」と言って去って行った。


 俺は追いかけることもできず、ポカンとしてしまった。

 それに比べて、横の佑はにこにこしている。


 うーん。佑の奴、まだ勘違いしたままなのかもしれないな。

 こいつのことも、どうしたらいいんだろう……


 朝比奈さんも佑に何か伝えたそうだったしな。

 なんだろう?


「最近、よく二人でいるとこ見るな」

「それは……仲良くなったからに決まっているだろ」

 佑にとって朝比奈さんは好きな人の妹。そして古くからの知り合い。

 俺が親しくなったと言ったら、色々思う事があるかもしれないな。

 だからこそ、誤魔化したくない気がした。


「そうか……」

 目を見開いた後、安心したような顔になった。


「大切にしてやってくれよ」

「なんだよ。なんかお前保護者みたいな口ぶりになっているぞ」

 その言葉に、物凄く慌てて言い訳する。

「あ、いや、同じフロアだから良く知っているし」


 突っ込んで色々聞きたいが、そうすると俺が佑ののことを知っていることがバレる。

 今はまだそっとしておいてやりたいからな。


「わかった」


 俺のこの言葉に佑が静かに言った。

「本気なんだな」

「ああ」

「そうか、応援するぜ」

「サンクス」


 口にして更に覚悟が決まった。

 頑張るぞ!


 しばらくして既読のついたLineに時間を送る。

『今夜十時でいいかな?』

『了解しました』


 これでよし!

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