第22話 気をつけます

 今日もいいお天気。今日は柿崎さんと一緒にまたあの台湾スイーツ店に行って、仙草ジュースを買う約束になっている。


 昨日の夜はワクワクして寝付けなかったけれど寝起きはバッチリ。

 電車が遅れてお待たせしちゃったら困るから、早く行こう。


 ふーっ。

 でも早く着きすぎちゃった。お約束場所に余りに早くからいたら、柿崎さん気になさってしまうわね。程よく、五分前くらいに着いたことにしないと。


 柱の陰に隠れていよう。

 でも気になって、ついつい約束の場所に目をやってしまう。

 だって、柿崎さんが先にいらっしゃってしまったら、もっと申し訳ないし。


 あ、目が合っちゃった。


 まずい! 柿崎さんも早くいらしていたんだわ。

 どうしよう! 結局お待たせしてしまったわ。


 頭がプチパニックになって固まっていたら、柿崎さんの方からいらしてくださった。

 ああ、やっぱり、柿崎さんは優しい方だわ。

 怒りもしないで笑ってくださったもの。



 一緒に列に並べただけで、心臓がバクバクしているの。

 この間一緒に並んだ時も緊張したけれど、ここまで心臓の音がうるさく無かったのに。今日はどうしちゃったのかな。なんか、頬まで熱くなってきたわ。

 思わず下を向いた私に、柿崎さんが驚くべき提案をしてくださった。

 ライムジュースの味の報告に、Lineを使うのはどうかって。


 私、Line交換しているお友達なんてほんの少ししかいなくて。

 もちろん同期Lineとか、そういうのには加入しているけれど、一回も発言したこと無いし。

 ちゃんとやりとりしているのは、家族とさーやだけ。

 こんな私が、柿崎さんとLine交換だなんて!

 失礼の無いようにお返事できるかしら?


 でも……柿崎さんだったら、きっと丁寧に教えてくださるわね。

 そう思ったら、とても嬉しくなった。

 これから、柿崎さんとお話できるんだわ。



 無事アカウント交換が終わったところで、柿崎さんの同期の方とお知り合いになった。とっても可愛らしい女性で、同じフロアでお仕事されているみたい。


 同期か……いいな。柿崎さんのこと、ずっとずっと前から色々ご存じなんだろうな。敬語でお話しなくていいし。


 あれ? 私なんでこんなこと思っているんだろう?

 

 同期の酒井さんのこと、なんでこんなに羨ましく思ってしまうのかな。

 きっと、素敵な女性だからだわ。

 私も彼女くらい可愛くておしゃべりが上手だったら……


 そんな酒井さんが、『二人は付き合っているの?』なんて、とんでもないことをおっしゃった!

 柿崎さんは優しいから、私が傷つくと思って即座に否定なんかされなかったわ。

 本当に申し訳なさすぎる。

 私が昨日、一緒に台湾スイーツ店に行って欲しいなんてわがままを言ってしまったからこんなことに!

 どうしよう……謝っても謝りきれないわ。



「朝比奈さんは、営業企画部で何の仕事しているの?」


 結局会社までお二人とご一緒させていただけたの。

 一人で歩くのも寂しかったから、ありがたいことだった。

 酒井さんも優しい方で、あれこれ話しかけてくださって、色々教えてくださったし。


「庶務担当です」

「ああ、だからかきじんと知り合いだったんだ」

「はい。お仕事で色々お世話になっています」

「かきじん、実は仕事の鬼だしね」

「はい、とてもわかりやすく説明してくださるので、こんな私でもミスせずにお仕事できました」

「そっか~だって、かきじん。後輩に仕事をちゃんと教えられてえらいじゃん」

「……」


 柿崎さんあまりお話されなくて、きっと女性二人が話しやすいように気をつかっていらっしゃるんだわ。

 やっぱり私、遠慮すべきだった。

 でもおしゃべりが上手な酒井さんは、柿崎さんにも順番にお話を振られていて、凄いなって思っちゃう。私もみんなに話しかけられるようになれたらいいのに。


「私達同期で結構仲がいいのよ。だから良く飲みに行くんだ」

「そうなんですか」

「朝比奈さんの同期は?」

「仲はいいと思います。私はお酒が弱いのであまり参加していないのですが」

「そっか。えーっとうちのフロアでいったら誰と一緒?」

「あ、人事の片山君です」

「ああ、片山君。あの子ちょっとツンデレっぽいね」

「そ、そうなんですか?」

「私の印象だけど」

「おお~お勉強になります」

「かきじんは誰にでも優しいからさ、ついつい勘違いする女の子が多いんだよね」

「確かにお優しいですよね」

「だからさ、気をつけてね。あなたも」

「気をつける? ああ、確かにそうですよね。柿崎さんが対処に困るような失敗をやってしまったら余計に心配させてしまいますからね。心労を増やさないように気をつけます」

「……そうだね。そうしてもらうといいかな」

「酒井さんもお優しいです! 同期を大切に思う心が伝わってきました」

「あ、ありがとう。ま、まあね。これくらい当然のことよ」

「私も早く、酒井さんみたいに周りに配慮しながら仕事ができるようになりたいです」

「あ、し、仕事ね。そうね。柿崎君のことは私に任せて、あなたは自分の仕事だけちゃんとこなせばいいのよ」

「ありがとうございます!」

 

 酒井さん、とても凄い方だったわ。

 やっぱり入社四年目になると、自分のことだけじゃなくて、他の方のことまで気を配れるようになるんだわ。そのうえで新米の私には、自分のことだけがんばればそれでいいとおっしゃってくださるなんて……

 私もがんばらないと。

 そのためには、まず目の前の仕事をきちっとこなすことね。


 今日は先輩女性社員とたくさんお話できて良かったと思ったの。


 でも、酒井さん、ちょっと微妙な顔されていたような気が……

 どうしよう。私また変なこと言っちゃったのかな!

 後で柿崎さんに迷惑かからないよね?



 柿崎さんの周りには、素敵な女性が一杯いるんだな。

 私みたいに甘えたお願いする人なんて、きっといないはず。

 もう、一緒にジュースを買いに行ってくださいなんて言わないようにしないと。

 ううん、もう一緒に会社へ歩いて行きたいなんて思っちゃいけないわね。

 これ以上困らせたくないから。

 


 でも……心に広がる寂しい気持ち……どうしたらいいの。

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