第20話 伏兵現る
次の日の朝も快晴。
俺は上機嫌でいつもより早い電車に乗った。
浮かれすぎている自分が滑稽に思える。でも待たせてしまうよりいいからな。
今日は台湾スイーツ店の近くの柱のところで待ち合わせ予定。
待ち合わせ時間より早いけれど、まあいいかと思いながら向かった。
おかしいな。朝比奈さんの方が早く来ていると思っていたんだけれどな。
俺はなんとなく、朝比奈さんは緊張して早く来ているのではないかと想像していたんだよね。違ったようだと思いながら周りを見回して、俺は自分の予想が外れていなかったことに気づく。
一本向こう側の柱の陰。ちらりとこちらを振り返った朝比奈さんの姿があった。
目が合って、慌てたように前を向き直している。
その様子がおかしくて、可愛くて、俺はその心のまま朝比奈さんが立ちすくむ柱まで歩いていった。
「おはよう」
「お、おはようございます」
相変わらず丁寧にお辞儀をしてくれる。
「朝比奈さんも早かったね」
「すみません。早めに着いてしまったのですが、でもあんまり早くにいるのも申し訳ないと思いまして……」
アタフタと言い訳している。
そうか、早すぎても悪いと思っていたんだ。細やか過ぎる心遣いに嬉しくなってしまう。
「気遣いありがとうな」
俺のその言葉に、ほっとしたように顔を上げた。
「じゃ、早速並ぼうか」
「はい」
いつもの笑顔で嬉しそうに頷いてくれた。
相変わらずの長い列。でもサクサク進んでいくのでストレスは無い。
俺は昨夜から言おうと思っていた言葉を、さり気なく彼女に言った。
「ライムジュースの俺の感想を伝えたいからさ。良かったらLine交換しない?」
「は、ははい!」
驚いたような顔の朝比奈さん。でもなるほどと思い至ったらしく、鞄から携帯を取り出した。ミントグリーンのケースで覆われた携帯。そこにはマカロンのストラップが付いていた。淡いピンクの糸で編まれた可愛らしいマカロンにはビーズのような飾りも付いている。
やっぱり女子力高いんじゃないかな。
いや、マカロンのストラップが女子力高いかはわからないけれど、スイーツ好きとか可愛い物好きとかは、やっぱり女の子らしいよな。
携帯を握る彼女の美しい指先にドキドキしながら、二人でアカウント交換をした。
やっしゃー!
一仕事終えたような爽やかな気分になって列の前に視線を向ける。
だがその時、思わぬ伏兵が現れた。
「あれ~かきじんだ~」
列の数人前から振り返った顔。
げ! 同期の
なんでこんな時にこいつが現れるんだよ。
俺はさっきまでの浮かれた心がプシュッとぶっ潰されたような気持ちになる。
「かきじん、またここに並んでいるの? ブラックコーヒー派っていうのはフェイクで実は甘党なんじゃないの~」
どうとでも言ってくれ。どうでもいいから前向けよ!
その時、酒井さんの目が朝比奈さんを捉えた。
そしてしたり顔で前を向いた。
何を思った? 嫌な予感しかしないんだが。
注文して品物が出来上がるまで数分かかる。
運の悪いことに、酒井さんが出来上がりを待つ間に、俺達の注文も済んでしまった。これじゃ一緒になっちまうじゃないか!
案の定、彼女は俺達の方へと歩み寄ってきた。
「そっか~かきじん。だからか~」
「何がだからかだよ」
「会社の人かしら?」
視線を向けられた朝比奈さん、自ら酒井さんに挨拶をする。
「営業企画部の朝比奈です。よろしくお願いします」
「あ、営業企画部なんだ。わたしはかきじんと、あ、ごめん、柿崎君と同期で同じフロアの総務部総務担当、酒井真綾です。よろしくね」
酒井さんも挨拶を返した。
「いい雰囲気だけど、二人は付き合っているの?」
いきなり投げかけられた言葉に、なんと答えたらいいか言いよどむ。
付き合っているわけでは無い。そもそも俺達は出会ってまだ数日だ。付き合うも何も、そんなに簡単に関係が進展する訳が無いんだ。
じゃあ、なんで一緒にこんなところに並んでいるのか?
それは、もちろん二人でここに来たかったからで間違いない。
その気持ちはまだはっきりした形になってはいないけれど、これから大切に育てていきたい気持ちだ。他人に土足で踏み込まれたくなんかない!
俺は憮然とした表情のまま黙っていた。
が、朝比奈さんの行動は違っていた。慌てたようにブンブンと顔を横に振った。
「め、滅相もございません! 柿崎さんとはたまたま台湾スイーツのお味の報告をしあっただけです。新しいお店の味でしたから」
ああ……やっぱり。こうなるよな。
朝比奈さんはとても繊細だ。
俺が朝比奈さんを傷つけないために黙っていると考えたんだろう。そして同期に俺が誤解されないように、自ら即座に否定してくれたんだ。
それは分かっている。分かっているんだが……否定されるとやっぱり凹むな。
だからと言って、このままなし崩し的に付き合っているって話にしていいわけでも無い。お互いの気持ちを確かめ合ってないんだからな。
心の中に、言いようのないモヤモヤが広がった。
だから、他人の仲を冷やかす奴は嫌いなんだ。
ギリギリで冷静さを保とうとしていたが、次に放たれた言葉には殺意すら沸いたぜ!
「そっか、お付き合いしているわけでは無いんだ。良かった」
良くねー! 断じて良くない!
だから勝手に決めつけるな!
こいつがいると、折角美しかった朝比奈さんとの関係が、ややこしいことになりそうで嫌だな。いや、もうなりかかっている。
俺はどうしたら酒井さんを遠ざけられるか頭をフル回転させていた。
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