第19話 姉のようにはなれない

 今日は夢のような日だったなと思う。

 柿崎さんと一緒に会社まで歩いて行かれるなんて、私の頭の中の想像でしかないと思っていたもの。


 まして……柿崎さんの方から話しかけてくれたなんて、びっくり!

 こんな奇跡みたいなことが私の人生にも起こるんだ。

 嬉しいな~

 今日はお天気も良かったし、ゆっくりお話できて楽しかったな。


 シャワーを浴びて夕ご飯を食べなら、一人でニヤニヤとしてしまう。

 誰かに見られたら、きっと変に思われるわね。

 でも、誰も見ていないからいいかな。

 グッピーたちは呆れているかも知れないけれど。


 ふと携帯に目をやる。

 そうだ! さーやに話そう。応援してくれていたからね。

 Line画面を立ち上げてメッセージを入力しようとして手が止まる。

 

 うーん、でも今日はジュースの味を報告し合うために、たまたま一緒に歩いて行っただけだし。

 い、一応明日も一緒に台湾スイーツを買いに行くことになっているけれど……

 でもそれは、柿崎さんが私の拙いプレゼンでライムジュースに興味を持ってくださっただけのことだし。

 こんな事でさーやに報告するのは、おかしいかな。

 柿崎さんの親切を特別なことのように言うのは誤解を招くわね。


 盛り上がった心が急にしゅんとして、私は携帯をテーブルに戻した。


 浮かれ過ぎだぞ! りお!

 自分で自分を戒めた。


 さーやが友達になってくれた時も、今みたいにとっても嬉しかった。

 社会人になって、会社の中で、こんな風に安心して話せる友人ができるなんて思ってもいなかったから。でも、今日はもっとドキドキしている。

 それは柿崎さんが男性で先輩だからだと思う。

 異性のお知り合いなんて、私いないもの。


 だって、私はとは全然違うから……


 眼鏡を外して木製フレームの鏡を覗き込む。

 小さい頃は奥二重で重い感じだった目元。今はちゃんと二重に見える。

 姉ほどぱっちりとはしていないけれど、そこそこ大きな瞳……だよね。

 でも眉とか鼻筋とか口元とかの一つ一つが、姉とは微妙に違うせいでこんなに美人とは程遠くなっちゃうんだな。

 それに比べてすずねえちゃんは、どのパーツもバランスもパーフェクトなんだもん。

 本音を言ったら……やっぱり羨ましい。


 はぁ~


 思わずため息が出た。


 でも、顔の違いは別にそれほど気にしてはいない。

 一番違うのは性格と運動神経だ。


 四つ年上のすずねえちゃんは好奇心旺盛でスポーツ万能。明るくていつもクラスの中心にいるような女の子だった。

 何でもできて可愛くて優しくて、子供の頃の四歳違いはとても大きくて、お姉ちゃんは物凄く大人に見えた。

 

 極度の緊張症で運動音痴な私は、それでも大きくなったらお姉ちゃんみたいになれると思っていたんだけれど、いつまでたっても上手くできるようになんかならなくて。


 そして気づいたの。


 私はお姉ちゃんみたいにはなれないんだって。


 小学校四年の時だったと思う。運動会で家族が見学に来ていた。

 中二のすずねえちゃんのところには、すずねえちゃんの同級生で妹弟が小学校にいる人達がたくさん声を掛けにやってきた。女の子も男の子も両方。

 中にはお姉ちゃんのファンみたいな感じのお友達もいて、とっても人気者なんだなって思ったんだ。

 

 でも妹の私を見てみんな驚いていた。


「え? あの子美鈴ちゃんの妹なの?」

「そうだよ」


 姉は何の迷いも羞恥も無く、明るく笑いながらそう言ってくれたけど、一緒にいた友人たちはあからさまに気の毒そうな顔をしていた。


 必死で走ってもビリになってしまう私。緊張してダンスで間違って一人目立ってしまった私。ドンくさい私がお姉ちゃんの妹なんて、みんな信じられなかったんだろうな。


 あの日から……私はますます緊張で喋れなくなった。


 でもね、ちゃんとわかっているんだよ。


 すずねえちゃんにはなれなくたって、私だっていいところはあるはずだってね。

 ドンくさくたって、慎重と思えばいいし。

 緊張しやすいから準備を丁寧にやるようになったし。

 

 そうやってマイナス言葉を、必死でプラス言葉に変えてきたんだ。

 

 小学校四年生の私よりは、ずっとずっと進歩していると思う。


 すずねえちゃんはあの頃とちっとも変わらなくて、優しくて温かくて大好き。

 でも、お姉ちゃんの知り合いに私が妹だってこと、知られたくないんだ。

 やっぱり無意識に比べられるのが怖いから。


 もうあんなふうに、気の毒そうな目で見られるの嫌だから。


 私は私。


 朝比奈里桜あさひなりお

 

 それだけでいいの。


 

 じゃあ、なんで姉と一緒の会社なのかって?

 そう思うよね。私もなんでこうなっちゃったのかなって思う。


 緊張が激しい私は就職活動も上手く行かなかったの。面接が物凄く苦手で。

 自己PRとか、長所とか短所とか必死に考えて文章にして覚えていったんだけれど、いざとなると頭真っ白になって何も言えなくなっっちゃって。

 

 本当はお姉ちゃんの会社は受けないつもりだった。

 でも全然内定貰えなくて……藁にもすがる思いで、この会社が最後に開催した試験に申し込んでしまった。


 そしてもらえた唯一の内定通知。


 卑屈になるつもりは無いけれど……でも、どうしても思ってしまうんだ。

 受かったのは、お姉ちゃんのお陰かもしれないって。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る