第18話 聖女発見
一日の始まりに明るい気分になると、その後も前向きな気持ちになれていいな。
ちょっとやりにくかったり、苦手だったりする仕事でも、サクッと頑張ってしまおうと思えた。
今日は
利用状況やメニュー、調理スタッフの管理体制など、担当者と一緒に、実際に昼時の様子を見ながら打ち合わせをした。
ここのところ利用率が下がってきているので、メニューの見直しが必要とこと。社内アンケートを取ることになった。その他にも新しいスタッフのための社内通行証の発行や辞めたスタッフの分の回収など、細かな事務手続きも忘れずに終わったところで、担当者をエレベーターまで見送った。
甘粕さんとほっと一息つく。
その時、背後からの女性の声が耳に届いた。
「あ、朝比奈さんお久しぶりです!」
朝比奈?
思わず振り向いてしまった。
人間の耳とは不思議な物だ。今まで気にしていなかった時は、聞こえていても聞こえていなかった言葉が、意識し始めた途端に、確実にピンポイントで聞き取れるようになるんだからな。
お昼を食べに来たのかな。そう思いながら振り向いた先に、朝比奈さんの姿は無かった。聞き間違いだったかなと思って顔を戻した時、ふと別の考えが頭を過る。
もしかして、姉の美鈴さんの方かもしれない!
慌ててもう一度振り返って見た。
少し先で話をしている女性陣。何人かいたのでわかるわけないかと思ったが、一人だけ特別なオーラを放つ姿があった。
今流行りのワイドパンツ姿の女性陣の間で、一人きりっとスーツを着こなしている姿勢の良い女性に目が吸い寄せられた。
グレーのタイトスカートのスーツ姿。
朝比奈さんと同じグレーのスーツでも、リクルートスーツとは月とスッポンの個性的でおしゃれなデザイン。女性らしいラインのフォルムだけれど、決して強調し過ぎない上品なメリハリ。
肩先で揺れている柔らかなダークブラウンの髪の毛先は緩くウェーブしていて艶やかだ。指先まで気を配っていると思われる所作の美しさに、思わず目を奪われた。
もしかして、あの人が
俺の予想を裏付けるような会話が耳に飛び込んできた。
「朝比奈さん、
「ええ、でも時々ここのレアチーズケーキが食べたくなってしまうのよ。今日は我慢できずに買いに来ちゃったの」
隙の無い身のこなしに反して、会話はとてもフレンドリー。
一緒に和気あいあいとみんなと話して、その後颯爽とエレベーターへと消えて行った。
なるほど。
俺はそんなことを頭の片隅で考えながらも、目の前を通り過ぎた女性が朝比奈美鈴さんだったと確信した。
確かに……似ていないな。
いや、顔立ちを細かく確認できたわけではないから、全然似ていないわけでは無いのかもしれない。でも醸し出す雰囲気は全然違う。
朝比奈さんは生い茂る雑草の一部になろうとしている感じだが、美鈴さんの方は百合を思い出させる。凛とした立ち姿もさることながら、目に見えない香だけで存在感を感じさせてしまうような女性だ。
あれが佑の想い人か!
俺は心の中で、佑の勇気に感動してしまった。
いや、ちょっと蛮勇に近い気がしなくも無いが……
正に高嶺の花! 女神と言う表現がピッタリだな。
そしてふと、朝比奈さんのことを思う。
彼女が地味な恰好をして過ごしているのは、お姉さんと何か関係があるのかもしれない。勘ぐるのは良く無いと思いつつも、心配になってしまう。
やっぱり、無理に聞くのはやめておこう。
彼女の方から何か話してくれるまで待つ方がいいかもしれないな。
その後は結局、佑とも朝比奈さんとも会うことは無く、いつもの慌ただしい一日の業務を終えたのだった。
今日は早く帰って明日に備えよう。
明日はライムジュースだ!
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