第17話 真っ直ぐな女性
『それ……誘ってる?』
俺が投げかけた一言の意味、朝比奈さんは本当に分かっていなかった。
でなかったら、あんなに真っ直ぐな瞳を向けてはこないだろう。
そんな彼女の様子を見て、俺は一つの確信に至った。
初めて会った時感じた彼女の印象は間違いでは無かったと。
とても真っ直ぐで裏表のない女性なんだと思う。
きっと他人を試そうとか、他人を利用しようとか、そんなことは考えたことが無いんだろうな。
それは、これまで散々女性の言動に振り回されてきた俺に、温かな風を運んでくれた。
今まで俺の周りにいた女性は、残念ながら違ったタイプばかりだった。
言葉通りに受け取って、驚かれたり、怒られたり、泣かれたり……色々あったなぁと改めて思う。
天邪鬼な要求ばかりしてくるくせに、言葉の裏を読めと責められた時は、流石に頭に来たな。思い出すだけでムカムカしてきた。
でも朝比奈さんはそんな言葉を投げつけてこない。
いつも正確に伝えようと一生懸命で、時間がかかっても、ちょっと他の人と感覚がズレていたとしても、その言葉の一つ一つに彼女の誠心誠意が込められていることが伝わってくるんだ。
それは俺に物凄い安心感を与えてくれた。
ああ、そうか。だから俺は彼女ともっと話したいと思ったんだな。
話してみたら……思っていたよりもずっと可愛くて、なんか嬉しいんだけど。
でもさ、無自覚であんな言葉を言うのは反則だよな。
俺みたいな勘違い男が出るぞ。危険すぎるだろ!
自分が吐いた気障なセリフを思い出して、急に恥ずかしくなった。
ちょっと調子に乗り過ぎた。
二人で見上げた空は、いつにも増して鮮やかな
その時、朝比奈さんが慌てたように下を向いた。
なんだか赤い顔をしているぞ。
なんだろう?
俺の言った言葉の意味に気づいたのかな。
次に思いつめたような顔でこう言ってきた。
「すみません。思った事が口から漏れてしまったみたいで……また一緒に台湾スイーツ店に行って欲しいと言うのは私の願望ですけど、言ったらご迷惑かなと思って言わないでおこうと思っていたのに、いつの間にか溢れちゃったみたいで、すみません! どうかお気遣いなく!」
申し訳無さでいっぱいになった顔で頭を下げる。
うん? なんか勘違いしている?
俺は一瞬どう答えるべきか迷った。
そんな言葉言って無いよと伝えるべきか、聞いたふりをするべきか。
どちらにしろ彼女は困惑するに違いない。
だったらそこは有耶無耶でもいいか。
だって、その申し出は俺にとって嬉しいことだからな。
「俺の願望もダダ漏れていたかな」
「!」
「また行こうよ。今度は夏の太陽味、ライムジュースを飲んでみたくなったからさ」
朝比奈さん、ほっとして嬉しそうな表情が戻る。
そしてこぼれ出た柔らかな笑顔……
ああ、この笑顔!
あの時、俺の心を鷲掴みした笑顔だ!
「よろしくおねがいします!」
深々と下げてくれた頭の位置。髪留めの地味な黒のバレッタが見えたことに違和感を覚えた。
おいおい、お辞儀の角度九十度以上だぞ。
俺はまた可笑しくなって笑ってしまった。
戸惑ったように顔をあげた朝比奈さんだったが、笑っている俺を見て安心したようにもう一度あの笑顔を見せてくれた。
「こちらこそ。善は急げだから明日の朝行こう」
「は、はい」
笑顔のやり取りって、こんなにも嬉しいものだったんだな。
その後は朝比奈さんもだいぶ落ち着いたようで、スムーズに会話が進んだ。
過緊張にならなければ、ちゃんと普通にだって話せるじゃん。
俺は心の中でそう思った。
会社のエントランスに着いた時、一瞬佑の事が頭を過ぎった。
今二人で歩いているところをあいつが見ていたら、どんなふうに思うかな?
きっと冷やかしながらも喜んでくれる気がする。
でも佑と朝比奈さんが、お姉さんのことでどんな会話を交わしたかはまだわからない。二人の間で微妙な雰囲気になるかもしれないから注意しておかないといけないな。
あ、でも俺は佑の想い人を知らない事になっているんだから、下手に間に入るのもおかしいか。
ごちゃごちゃ考えて黙り込んだ俺を、朝比奈さんが心配そうに見上げていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと仕事の事思い出して」
「大変ですね。お疲れ様です」
共感したように頷いてくれた。
一緒にエレベーターに乗って口を閉じる。
結局佑とは会わなかったので杞憂に終わった。
朝比奈さんは軽く会釈して二十五階の人となっていった。
佑の好きなお姉さんの美鈴さんはどんな女性なのだろう?
みんなの噂から想像すると、朝比奈さんとは違うタイプにしか考えられない。
似ていない姉妹なんだろうな。
お姉さんのこと……もう少し仲良くなれたら、聞いてみても大丈夫かな。
さり気なく。兄弟姉妹の話って感じでなら、なんとかなるかな。
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