第14話 誰かのためなんて百年早い

 待ち合わせ場所にやって来た佑の表情。

 どう見ても失恋して失意のどん底に落ちた顔に見えない。

 いや寧ろ嬉しそうな顔をしている。


 なんだろう? なんかいいことでもあったのかな?


 静かなところで飲みたいと言う佑の要望で、軽く食事した後ホテルの展望バーに来ている。

 カクテルを飲みながら、眼下の無数の光に目をやると不思議な気持ちになった。

 あの光の一つ一つにみんなの生活があって、毎日笑ったり泣いたりしているんだよな。自分の存在がその中の一人なんだと思うと、ちっぽけに感じてしまう。



 珍しく黙って、静かに酒を口に運び続ける佑の横顔は、とても穏やかだった。

 学生時代から見知っている顔とは違って、今日の彼は大人びて見える。

 これが恋する男の顔か。

 ちょっと羨ましい気持ちになって、俺は頬杖を突きながら彼を眺めていた。

 

「で、俺に聞いて欲しい事があるんだろう」

 思い切ってこちらから切り出してみる。


「連日で悪いな」

「お互い様だろ」

「もしかしたら······可能性はゼロじゃ無いかも知れないんだ」

「え?」

「女神、俺の事気にしてくれてるかもしれない」


 驚いて佑の顔をまじまじと見た。

 誰からそんな事を聞いたんだろう。慎重な佑がいい加減なソースsourceを信じるとは思えない。信憑性のある情報源だろうな。

 

 でも今日西村君から聞いた話の印象では、佐久間さんと美鈴さんは頻繁にデートしているようだった。楽観的な要素は何一つ無いのだが、どういうことだろうか。


「だから……昨日は弱音を吐いて悪かったな。心配しただろう。俺大丈夫だからさ。もう少しがんばれるから、それだけ言いたかったんだ」


 佑の奴! 何カッコいいセリフ言ってんだよ!


 泣き言でもなんでも聞いてやると思っていた俺、拍子抜けした。

 そして改めて、佑に惚れ惚れする。

 どこまでも一途な奴……


 でも同時に、本当に大丈夫なのかと心配になってきた。

 誰に何を聞いたんだろう。

 女神と直接話したんだったら問題は無いだろう。でも佑の微妙な言い回しに、女神とでは無い気がした。

 他の信頼できる情報源……


 そこでまた、朝比奈さんの顔が過った。

 

 いや、今回はバグじゃない。断じてバグじゃない。

 だって彼女しか思いつかないからな。


 朝比奈美鈴さんの妹、里桜さんと二人で話をしたのかもしれない。

 何を?

 里桜さんは佑に何を言ったんだろう?

 それは真実だろうか?


 心配するなと言うことは、俺を巻き込みたく無いと思っているんだろうなと思いつつ、不安を拭い去ることができない。


 昨日の朝比奈さんの印象では、真面目な人で嘘が付ける人では無いと思う。

 でも、こう言っては申し訳ないが、かなり個性的、いや頓珍漢な受け答えが得意な気がする。そんな彼女と佑の会話を想像すると、話が噛み合っていたのだろうかと疑問に思った。

 いや、むしろ噛み合っていなかった確信しかないのだが……


 佑の奴だって、自分で里桜さんの事を『不思議ちゃん』とか命名していたじゃ無いか!

 そんな不思議ちゃんから何を聞いて、佑はこんなに嬉しそうに笑っているんだろう……


 

 家に着いてからも、俺はなかなか寝付くことができなかった。


 心配するなと言われているんだから、俺が下手に口を出すのは迷惑になるだろう。

 恋愛なんてものは、そもそも人に頼るものじゃないしな。


 それは分かっている。痛いほどわかっているし、今までだって余分な事をして散々失敗してきた。


 それでも、やっぱり、佑のことを放っておくことは出来ない。

 そう思った。


 佑に気づかれずに、少しでも助けられることは無いのだろうか……


 そこで、重要なことに気づいた。


 俺、朝比奈美鈴さんの顔を知らないんだ!


 社内で『秘書室の聖女』とまで言われている美人の顔を知らないとは、どういうことなのだろうか?

 自分で自分に呆れてしまう。そんなに俺は噂に疎いのかな。

 でもそれほどの美人だったら、社内ですれ違ったら気づくだろうに。

 

 自分が今まで、社内の人、特に女性の顔をちゃんと見ていなかったのだと言う事実に思い至って愕然とした。


 俺は何をやっているんだろう。

 社内の人とは当たり障りのない付き合いにしなければならない。

 そう思うあまり、今まで誠実に周りの人の事を見ていなかったのかもしれないと、反省の心が沸き上がった。

 

 そんな俺が佑の役に立ちたいなんて、百年早いな。

 俺は相変わらずのバカだ……


 布団を頭までかぶって、いたたまれない気持ちのまま眠りについた。




 アラームが鳴る前に目が覚めてしまった。

 首が痛い。疲れが取れていない。

 でも、会社休むわけにもいかないしな。社会人は辛いぜ。


 ぼーっと天井を見上げたまま考える。


 俺にとっては佑はとても大切で、特別な友人だ。

 でも、だからと言って、佑のためになんていう押しつけがましい気持ちはダメなんだよな。そんなことばかり考えているから、俺は目の前の人とちゃんと向き合ってこれなかったんじゃないのかな。

 誰かのためになんて詭弁はもうおしまいにしたい。

 

 がばっと起き上がった。


 俺は佑のためじゃ無くて、自分のために、朝比奈さんと知り合いになりたいと思っているんだ。 

 だったら、四の五の考えて先延ばしにする必要は無いな。

 

 俺は、今日朝比奈さんに声をかけよう。

 ちゃんと俺自身の希望として、彼女に向き合ってみよう!

 

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