第13話 探偵気分を味わう

 朝比奈? って最近聞いた名前だな。

 あ、でも秘書室って言っているよな。あの朝比奈さんは営業企画部だから、そうか、同じ苗字の人ってことか。


 俺は一瞬止まった思考に活を入れる。


 全く、昨日から俺の頭はどうかしている。バグが激しくて直ぐに思考が止まってしまう。


「そうか、秘書室の朝比奈さんのことか」

朝比奈美鈴あさひなみすずさん。めちゃくちゃ美人でできる人ですよね。多忙役員のスケジュール調整に困ったら朝比奈さんに頼めって言われているくらい」


 俺の仕事は役員と直接関わり合いになることは少ないが、コンプライアンス担当、もっと大きく捉えて法務部としては、役員に報告や指示を仰がなければならないことがたくさんあるのだろう。会社の方向性に関ることも多いし、利益や損失にも直結しているしな。


 そんな至急の時に、上手くスケジュール調整してくれる有能な秘書。

 それは会社にとっても大切な存在だし、そんな女性に惚れた佐久間さんはやっぱり人を見る目がある人なんだろうな。


 って、ん?

 ということは、佑の好きな人って、秘書室の朝比奈美鈴さんなのか!


 それはまた、確かに女神と呼ぶに相応しい女性らしいが、これはもう佐久間さんと付き合っている可能性が高そうだな。もしかしたら、結婚を前提とかで話が急ピッチで進んでしまっているかもしれないし。

 俺は焦って確認したくなったが、上手く言葉が出てこない。


 目的を隠して情報を得る難しさを実感する。

 探偵ってスゲー!

 仕方が無いので、なけなしの知識をフル稼働して追求を試みた。

「その秘書室の朝比奈さんと佐久間さんの残業減にはどんな関係があるんだい?」


 最後に残しておいたエビに嬉しそうにかぶり付いていた西村君、一瞬口の動きが止まる。ゴクリと飲み込んだ後小声で言った。

「二人が付き合っているって噂ですよ。デートの目撃情報もあるし」

「そうだったんだ。噂になっているんだ」

「社内にファンが多い二人ですからね」

「なるほど。そんな人気の二人がブライダルの提携先を利用してくれたら、社内での認知度も上がるかな。割引できるサービスがあるのに、イマイチ利用率が上がらないんだよな」


「柿崎さんも仕事の鬼っすね」

 片山君がすかさず余分な一言を放つ。

「そうか?」

「そうですよ。なんでも宣伝に繋げようって思うところが凄いです」

 褒められている実感は湧かないが、コイツの冷静なツッコミは面白い。だが、質問の意図が有耶無耶になった。まあ、それでいいのか。いや、良くない。

 

 そんな俺の焦りを知らない西村君。それでも有用な情報を答えてくれた。

「宣伝するなら今のうちですよ。まだ担当内に結婚式の招待状来て無いし」


 今すぐ結婚とかいう話では無さそうだ。

 ひとまず胸を撫でおろす。とはいっても、ぐずぐずしている場合ではなさそうだな。

 俺は真相に辿りつけた喜びよりも、佑のことを思うと気持ちが沈んできてしまった。


 いや、いけない。今は後輩とのコミュニケーションの時間だ。

 余分なことは考えちゃいかん。

 なんとか物思いから戻ってきたところで、片山君と西村君の会話に耳を傾ける。


「やっぱ朝比奈の姉さん、めちゃ綺麗だよな」

 片山君が珍しく本音を吐露している。 

 冷静で、むっつりスケベ系と思われる片山君がここまでストレートに褒めると言うことは、そんなに美人なんだな。俺は会ったことが無かったなんてどんだけ運が無いんだろうか?


「誰が綺麗だって?」

「え? 聖女の事だけど」

「マジ? 知らなかった」

 西村君が素っ頓狂な声を上げた。

「朝比奈って同期の? 姉妹? でも似てねえよな」

「あ、ヤバイ。お前知らなかったの? やばいやばい」

 片山君は焦ったような顔で、俺に懇願するような瞳を向けた。

「柿崎さん、今のは聞かなかったことにしてください。人事が人事情報漏らしたなんてシャレにならないんで」

「あ、おう。まあ聞かなかったことにするから大丈夫だよ。西村君もな。他の人には言うなよ」

「はい」


 二人のほっとしたような顔を見ながら、俺はしょうもない問いをぐるぐる回していた。


 おい、なんかまた朝比奈って名前が聞こえたぞ。

 今度は同期の朝比奈って言ったよな。

 同期の朝比奈ってのは、流石に一人だよな。二人いるとかじゃないよな。


 という事は、朝比奈里桜さんは、秘書室の朝比奈美鈴さんの妹。

 佑の好きな人は朝比奈美鈴さんで、朝比奈里桜さんのお姉さん。


 佑の女神は、朝比奈さんのお姉さんだったんだ!


 遅ればせながら繋がった頭の中の回路。

 俺はその事実に驚く。と同時に、佑は朝比奈さんが美鈴さんの妹だと知っていると確信した。


 佑は絶対知っている気がする。じゃあ、なぜ知っているんだ?

 きっと美鈴さんとも里桜さんとも古い知り合いという事なのだろう。

 いつ頃からなのか……

 三人の関係が気になった。めちゃくちゃ気になるが。


 だが今はそんなことは後回しだ。

 

 佑にチャンスは残されているのだろうか?




 職場に戻って仕事を再開しても、俺の心の中は晴れることが無かった。

 佑の気持ちを考えると、なんと言ってやればよいのか言葉が思いつかない。


 黙って見守るしかないな。

 俺は今日知った事実は胸の奥にしまって置くことにした。


 ……のだが、何故か佑から今日も飲みのお誘いがきた。


 仕方がない。失恋話に付き合ってやるか!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る