第10話 次の朝にもう一度会えるのは小説の中だけ
「おやおや~りおのそんな顔が見られるなんて~かわいい~」
「え? いや、もうさーやったら」
まだ電話中だったこと、忘れていた……
私は慌てて携帯に集中する。
「柿崎さんの情報ゲットしたら教えるからさ、りおも重原さんの情報ゲットしたら教えてね~」
「あ、うん。わかった」
「まあ、そうはいってもりおは無理しなくていいよ。何かフロアで噂を聞いたらでいいからさ。わざわざ聞かなくていいからね。って、なんか言っていて不安になってきた」
「何が?」
「だってりおってバカ真面目だからさ。情報集めてなんてお願いしたら、仕事と同レべルで集めそうな気がする」
「そんなこと無理だよ。尋ねられる知り合いなんていないもの。同じフロアの人とは仕事以外で話したことあまりないし」
「ふむ。話すの苦手って言っているけどさ、仕事はちゃんとできてるじゃん」
「それは、仕事は『
「必要なことはちゃんと必要なタイミングで言ったり聞いたり出来るってことだよね。だから自信持っていいと思うよ」
「さーや~」
私、急にぐっと目じりが熱くなっちゃった。
やっぱりさーやは素敵な女性だ。気配りが細やかで、言って欲しい言葉を言って欲しいタイミングで言ってくれる。
本当に本当に、カッコいい。
さーやのためにも、重原さんの情報一杯集めよう!
次の朝は晴天。夏の始まりを感じさせる青。
空気はまだ少しひんやりとしつつも暑さを秘めている。
駅の構内を出て空を見上げた直後、私はさり気なく周りを見回してみた。
昨日柿崎さんはあの扉から出たみたいだから……と少しだけ注視してみたけれど、姿は見えなかった。
今日は時間が違うんだわ。
というか、なんで私柿崎さんを探しているの。また一緒に会社まで歩いて行きたいと思っているのかな。今日みたいなお天気だったら、のんびりおしゃべりしながら歩けるのに。
いやいやいや。
頭を自分で小突いた後、私は真っすぐに前を見て歩き始めた。
昨日の出会いが素敵な出会いだったとしても、立て続けに会えるなんて展開は、好きな恋愛小説の中だけの話。現実ではそう甘くはない。
そんなに都合の良い展開がゴロゴロしていたら、世の中みんな運命の人と出会えてラブラブハッピーになっているはずだものね。
そんな甘い話は無い!
いつもの通勤路。いつもの風景。
いつも通り一人で歩く。
そして会社のエントランスをくぐってそのままエレベーターに乗り込む。
昨日は体を拭くために壁際に避難したけれど、今日はそんな必要ないからね。
二十五階で降りて、いつも通り一息ついて、いつも通り仕事を始めた。
今までと何も変わらない日常。
これが私の現実。
今日少しだけ違ったのは、お昼休み直ぐに
入力していたデータが急ぎだったから、最後まで入力していたらフロアの人影が少なくなっている。
「ふぅ~やっと終わった~」
「お疲れ!」
「え?」
小さく呟いたはずの声に返事を、いや労いの言葉を掛けてもらって、私は驚いて後ろを振り向いた。
そこには爽やかな笑顔の重原さんが立っていた。
「あ、あの」
「お昼これから?」
「あ、はい」
「ごめん、ちょっとだけいい?」
「はい」
重原さんから個人的にお話ってなんだろう?
ふいに柿崎さんの顔が頭に浮かんで、頬が熱くなった。
わ、わたし重症だ!
重原さんに話しかけられて柿崎さんのこと思い出すなんて。
慌てて顔を引き締めた。
あ、でも丁度良い機会だわ。さり気なく重原さんのことをリサーチしよう。そうしたらさーやに話せるし。
私が真っすぐに重原さんの顔を見上げると、いつも堂々として明るい重原さんが、ちょっと言いづらそうな顔をして口ごもっている。
なんだろう? そんなに言いづらいことなのかしら?
すーっと息を吸った重原さん、思い切った様子でこう言った。
「朝比奈さんって、
「え? あ、はい。千葉の成田の美山小学校に小学五年生まで通っていました」
「俺も美山小出身なんだよ」
「え? そうだったんですか! ごめんなさい。気づいていませんでした」
まるっきり想像していなかった話で驚く。
「いや、学年も違うし覚えていなくて当然だよな。ただ同じ小学校出身ってちょっと嬉しいなと思ってさ」
「はい、嬉しいです」
なんだ、そんな話をわざわざしに来てくれたんだ。
私はほっとしてちょっと力が抜けちゃったけれど、このチャンスを逃してはいけないと思い至る。
早速リサーチ開始だわ。
「あの、重原さん、ちょっとお伺いしたいことがあるのですがいいですか?」
「な、何?」
何か言いかけようと口を開きかけた重原さん、私の言葉にお先にどうぞと言うジェスチャーをしてくれた。
いざとなると、何て聞いたら良いのか思いつかない。
だったらさーやが一番聞きたいことを聞くしかないわ!
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