第7話 佑の想い人
今夜は俺の奢りと言うことで、佑の酒のピッチも軽快だ。
よし、このままジャンジャン飲ませて口を割らせるぞ。
俺は一緒のペースで飲むフリだけして、佑を観察し続ける。
今日は裏通りの釜めし屋。初めての店だがなかなかの味だ。
一緒に頼んだ焼き鳥のタレが絶品で、いくつでも食べたくなってしまった。
いつもは酔いつぶれない程度に節度ある飲み方をする佑が、珍しく早い。
やっぱり何かあったのかなと思いながら、頃合いを見て話を振ってみた。
「で、お前の女神ってどこにいるんだよ」
「う~ん。女神はな~ずーっと目の前を走っているんだ。頑張っても頑張っても追いつけない」
珍しく落ち込んだ様子の佑。俺は詮索心が吹っ飛んで本当に心配になった。
「おいおい、佑大丈夫か? 女神と何かあったのか?」
「……女神に彼氏ができたらしい」
「まあ、女神とお前が言うくらいの女性だから、きっとモテるんだろうな。それで落ち込んでいるのか」
「いや、そんなことは今までだってあったからな。早く追いついてやるって思ってきたさ。でも今回は法務部のコンプライアンス担当係長がお相手みたいだ。それはいくらなんでもハイスペック過ぎる。俺は永遠に追いつけない……」
俺は驚いてビールを吹き出した。
佑の好きな女性は社内。しかもコンプライアンス担当係長の彼女。
ターゲットが絞られたが、件の係長、佐久間係長は男性の俺から見ても隙の無い身のこなしだ。
女神と佐久間係長。
確かに想像すると美し過ぎるお似合いカップルのようだ。そんなところに打ってでるだけの力は、まだ佑には無いかもしれない。
「佐久間係長のお相手って、誰なんだよ」
はっとした様子で佑が顔を上げた。
大分酔っているのに、彼の口は頑固だった。
「悪い。忘れてくれ。俺の単なる片思い。長ーい長ーい恋煩い」
いつもは明るくておしゃべりな佑の寂しそうな顔に、俺もそれ以上深追いする気は失せた。
「わかった」
そう言って、お冷を頼む。
「そろそろお開きにするか」
彼をアパートの部屋へ送り届けてから自宅へ向かう。
彼のアパートから俺の自宅まで。実は歩いて二十分くらいだ。
だから学生時代からよく行き来していた。
学生時代から彼女は作らないと豪語していたのは、女神と関係あるんだろうな。
社内の女神、同じ大学ってことか?
いや、同じ高校とかもありか。
もう長い付き合いである佑の一途で純粋な一面に、俺はなんとも愛おしい気持ちになった。
やっぱりいい奴だ。
いつも周りを盛り上げるのに全力で頑張っていて、自分のことは二の次。
片思いの相手に告げることすらせずに全力で自分を鍛え上げようとしているストイックさ。そんなあいつの本当の魅力は見た目だけじゃわからないだろうな。
俺のお節介精神がムクムクと顔をもたげてきた。
女性と接する時にはこのお節介精神は危険行為にしかならないけれど、男性相手、特に佑相手だったら発揮してもダメじゃないよな。
日頃世話になっているし。
俺に協力できることは無いかな。
そうだ、まずは佐々木係長の彼女が誰なのか調べてみよう。
誰に聞けばいいのかな? 聞いても不自然でない人って誰だろう?
そうだ。一ノ瀬係長が同期だった。でも……ちょっと聞きづらいな。
やっぱ無理だ……
俺は帰り道を歩きながらぐるぐると考えていた。
家に帰ってビニール袋に入れっぱなしだった折り畳み傘を玄関に広げる。
乾かしておかないと仕舞えないからな。
その時、ふとライムジュースはどんな味がしたんだろうと思った。
ジュースをクルクルと回して嬉しそうにしていた朝比奈さんの顔が浮かぶ。
聞いたら、きっと一生懸命説明しようとしてくれそうな気がする。
どんな言葉で説明するのか想像して、きっと俺では思いもつかないような言葉で返してくるんだろうなと思って吹き出した。
玄関での一人笑い。家族が見たらスゲー冷めた目をされそうだ。
慌てて口を閉じて部屋へ行ってスーツを着替える。
Tシャツとジャージになって、ふぅっとベッドに大の字になろうとして、酒と焼き鳥の匂いを感じた。シャワーが先だ。
階下の部屋はもう静かだ。おやじとお袋はもう寝ているらしい。
そんなに遅くなってないぞと思いながら時計を見ると、もう零時を回っていた。
思ったより飲み過ぎたらしい。
シャワーの湯を勢いよく出して頭から浴びる。
ザーザーと掛け流していると今朝の『滝行』の言葉を思い出した。
またフッと笑ってしまった。けれどすぐに心の中に警戒音が鳴る。
これ以上の深入りは危険だ。
俺は今日感じた甘酸っぱい感情の数々もシャワーで一緒に洗い流した。
第一章終わり
【作者より】
ここまで読み進めてくださった皆様、本当にありがとうございます。
とても嬉しくて感謝の気持ちでいっぱいです。
明日からの第二章は、ようやくヒロインの里桜サイドも入ってきます。
なんとなく地味なヒロインですが(笑) 少しでも魅力的になるようにがんばりたいと思います。 引き続き、お時間のある時に覗いてみていただけたら嬉しいです。
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