第6話 男同士で飲むのも楽しい
佑とは大学からの付き合いだ。同じ会社に入社できたのはそれだけの縁があったと言うことなのかな。
あいつは明るくて宴会の盛り上げ担当、みんなをアッと驚かせて笑顔にするサービス精神旺盛な奴だ。
だから人気もあるんだけれど、なぜか彼女は作らないと宣言している。
実際アタックした女性陣は、悉く断られている。
その理由を聞いたことは無いので、俺も彼の本心は分からない。
そんなあいつに俺はよく助けられてきた。
学生時代から……
今現在の俺は、会社ではなるべく他人と距離をとるように心がけている。それは今までの苦い経験からだ。
俺は佑のようにみんなを楽しませる話術も魅力も無いけれど、人を笑顔にしたいと言う気持ちは、人一倍強い方なのだと思う。
特に、泣いていたり落ち込んでいたりする人を見ると、ほって置けなくなってしまうんだよな。ついついいらぬお節介心を出して慰めて……勘違いを生むのだ。
お陰で碌な目に合ってこなかった。
高校の時は便利屋扱いされたな。
落ち込んだり困った時だけ頼られて、こき使われて、後はポイ。
いい人いい人どうでもいい人だ。
くそっ! 今思い出しても腹が立つ。
大学の時には、俺が好きだから優しくしてくれたと勘違いした女の子に、いきなり彼女としてふるまわれた。
別にそれでも嬉しかったんだ。最初のうちは。
可愛い彼女が出来て良かった……そう思っていたし。
でも、自信のなさの裏返しからなのか、嫉妬深い子だった。
俺が他の女の子と楽しそうに話していると直ぐに泣いて拗ねる。
果ては自分以外の女の子と話さないで欲しいとまで言われる始末。
ほとほと困り果てていたところを、佑に救ってもらった。
何をどう彼女に言ったのかはわからない。でも、その次の日、彼女は去っていった。
未だに彼が何を言ったのかは謎だけれど、どうせ俺が変態に見えるようなことでも言ったに違いない。そう言う機転と言うか、ウィットに富んだ返しの上手い奴だからな。
そんなわけで、俺の彼への信頼は厚い。
普段は憎まれ口ばかり言っているけれど。
他人に深入りしないことをモットーに過ごしてきた俺。
それなのに、今日はちょっと心が動いてしまった。
別に朝比奈さんは泣いていた訳でも無いし、親切にしてあげたとかでは無くて一緒にジュース買ってどしゃぶりの雨の中を歩いただけだけれどな。
でも落とした定期入れを放って置けなかったり、わざわざ仙草ジュースの味を教えてあげようなんて思う辺りは、やっぱり俺のお節介心がまた顔をもたげてしまったんだろう。ダメだ。いつくになっても学習しない奴だな。
もうこれ以上考えるのはやめよう。
朝、朝比奈さんと一緒に体を拭いたエントランスの壁にもたれて、佑を待っていた。エレベーターの扉が開く度目をやるのだが、直ぐ行くと言ったわりにちっとも降りてきやしない。誰かに捕まったのかな?
そんな何回目かのチーンと言うエレベーター到着音。
俺の目は違う人物を見つけて固まった。
朝比奈さんだ! しかも一人!
当の朝比奈さんの方は気づかないようで、真っすぐに出口目指して歩いている。
リクルートスーツのようなグレーのスーツ姿は、お世辞にも年齢相応の女性には見えない。
これ以上深入りしない方がいいと警戒音が鳴った。
俺はさり気なく鞄の中を覗くふりをしてそのまま彼女をやり過ごした。
うん、これでいい。
これで彼女とは元の仕事仲間だ。
ほっと息を吐いた瞬間、バシンと肩を叩かれた。
「おっまたせ! 行こうぜ」
佑の能天気な声にもう一度息を吐く。
「なんだなんだ。なんか様子が変だぞ。あ、そうか不思議ちゃんと何かあったか?」
いや、その無駄に察しがいいところいらないからさ。
俺はわざと不機嫌な顔を作って言う。
「んなことあるわけないだろう。お前が遅いから待ちくたびれていただけだよ」
「わりいわりい。出がけに岩橋のおしゃべりに捕まった」
「先輩らしいことしてるじゃん」
「あったりまえだろ。俺は一日も早く仕事の出来る男になって出世するのさ」
「お前昔からそれ言っているな。仕事で自己実現ってタイプなのか」
「んなわけあるか。女にもてるために決まっているだろ」
「お前今のままでもモテているから関係なくね?」
「いや、女神はこんな程度では振り向かない」
「め、女神?」
俺は心底驚いて声をあげる。
こいつ、高望みタイプだったのか。好きな女性がいるんだな。
その人はきっと、とても素敵な女性なんだ。
彼をここまで恋焦がれさせているんだからな。
俺は初めて佑の秘密を知った気がして、楽しくなった。
これは今日の酒で吐かせなければ。
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