第5話 仙草ジュース

 昼休みの社食カフェテリアは、いつも通りの混雑具合。

 俺は職場の柳川さんと食べることが多い。


 新婚ほやほやの柳川さんは愛妻弁当に変ったので、俺の横でそれを広げて食べているんだけれどね。

 素直に羨ましいなと思う。でも、いつまで続くかなと冷めた目で見ていたりもして。柳川さんの奥さんも共働きだから忙しいと思うからさ。


 俺の姉貴が良くぼやいているんだけど、共働きでもどうしても女性の方が家事負担が大きいって。

 だから俺は、万々が一結婚できたら、家事もちゃんと手伝ってあげられる男になりたいと思っているんだ。実家じゃ何もやっていないけれど。

 パン焼いてゆで卵作るくらいしかやらないけど。後そうめん茹でられる。

 洗濯機も回せるし、でもアイロンはやってないな。

 こうやって心の中であげつらっていると情けなくなってくる。

 結局家じゃお袋にまかせっきりなんだよな。

 下手に手を出すのも邪魔になるし。

 まあ、でもいざとなれば……やる気になればなんとかなるだろう。


 と、そこまで考えたところで自分の愚かさに気づく。

 俺はまた、誰かに気持ちになっているのかな。

 俺も懲りない奴だ。

 苦い思い出が頭を過ぎり、俺は思わず頭を左右に振った。



 酢豚セットをゲットすると、柳川さんが確保しておいてくれた席に腰を下ろす。オープンなイートインスペース。大きな窓に面しているけれど、見渡せる景色は無く隣のビルの窓ガラスが見えるだけ。

 でも鏡面のようなそこに移り込んだ空は、今朝の雨が嘘のように晴れ渡っていた。


 あれ? 天気回復したんだ。

 それだけで、心も軽く感じるのは不思議だ。



 酢豚を口に運びながら何気なく周りを見回した。

 朝比奈さんは見当たらないなと思う。


 俺はなんで彼女を探しているんだろう?

 会ったら何を話すつもりだ。

 ああ、仙草ジュースの味を教えてあげようと思っているんだ。知りたそうにしていたからな。


 そう思い至ったところで、ようやく目の前のジュースのカップにストローを差し込んだ。プツッと弾ける音がして、少しだけ黒い汁が漏れ出てくる。

 慌ててストローを口元に運び軽く吸い上げた。


 タピオカストローと同じ太めのストローに、勢いよく黒い液体が流れ込んできた。


 甘い……


 黒い色味から、ついついブラックコーヒーの味を想像しながら飲んだら、思ったより甘かった。ちょっと漢方薬のような草っぽい香はあるけれど、嫌な感じでは無い。

 苦みも臭みも無く、体に良さそうな味って感じかな。

 これじゃ説明になっていないか。


 その時俺は盛大に咽てしまった。

 ストローの先から黒い塊が、ちゅるんと喉元に投げ込まれたから。


 柳川さんが驚いたように背中をトントンと叩いてくれた。

 

 忘れていた。底に仙草ゼリーが入っていたんだ。

 太いストローを通り抜けた塊を心構え無く飲み込んだら、そりゃ咽るよな。


 ゼリーは柔らかったけれど、液体の方と同じ漢方ぽい味。甘さも同じ。


「柳川さん、すみません。ありがとうございます」

「珍しいもの飲んでるな」

「ええ、駅に新しくできたジューススタンドです」

「ブラックコーヒーオンリーの柿崎君のことだから、それもブラックコーヒーだと思っていたよ」

「俺もその味想像していたんですけど、やっぱ違いました。割と甘いです」

「そっか」


 柳川さんは笑いながら、愛妻弁当に箸を戻した。


 同じ中華系と思って単純に組み合わせた酢豚だったけれど、俺的には微妙な組み合わせだったかもと思う。

 それでも残さずにランチも仙草ジュースも平らげて席をたつ。


 トレーを返しに返却カウンターへ向かうと、配膳カウンターへ向かう朝比奈さんが見えた。手元にライムジュースは無い。

 話しかけようか一瞬考えたが、朝比奈さんが隣の女性と話している姿を見て、そのまま出口へ向かうことにした。


 丁度自動ドアの横で、佑が意味深な笑みを浮かべて立っているのが見えた。


「なんだよ」

「熱い視線がきてるぜ」

「はあ?」

「ほら」


 佑の指差す方を見ると、こちらを見つめる朝比奈さんと目が合った。


 え? こっち見てる。

 

 ちょっと固まった俺に佑は笑いを噛み殺している。

 そんな俺達の様子には関係なく、朝比奈さんは軽く会釈をして友人の方へ向き直った。


「お前らタイミング合うな」

「お前が言わなきゃ合わなかったんだが」

「じゃあ感謝して今日のビール奢りな」

「何だそれ」


 俺は思わず吹き出した。こいつの憎めないところだ。


「久しぶりに二人で飲むか」

「そうこなくっちゃ」


 佑の奴、何か話したいことでもあるんだろう。これは一緒に飲みに行きたかっただけだな。

 あいつのお節介のせいで目が合っちまったじゃないかと心の中で悪態をつきながらも、嫌だと思っていない自分を感じていた。


 朝比奈さんも俺のこと見てくれていたんだ。

 そう思ったら、胸の奥が熱を持った。




 


 


 

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